ニャンコの闘病記録4
2019年5月19日
17日以降少しずつ元気を取り戻し、膝の上に上がりゴロゴロとリラックスしてくへるようになりましたが、
お水は少し飲むようになったけど量は少なくやはりご飯は食べず。
また病院へ連れて行き、
ご飯を食べないのは病気のせいか、ストレスか、もう少し時間がかかるだろうって事で、
今日と明日、点滴とビタミン剤をしてもらう事にしました。
咳も出ていたのでネブライザーもしてもらい帰宅。
帰宅するとカバンから出てすぐにご飯を!!!
食べた??と思いきや食べるフリ、、
ポロポロと落としてうまく食べられてないぃ´д` ;
でも、食べる気はある事に歓喜(pq´v`*)!!
2019年5月20日
やはりご飯をしっかり食べていない。
お水もしっかり飲めてない。
病院で血液検査と点滴をしてもらいました。
結果はやはりご飯を食べていない事で肝臓の数値が少し悪くなってきています。。
病院で点滴、ビタミン剤、強制給餌をしてもらって帰宅。
強制給餌で食欲が少し出てくれるといいなぁ。
この日の夜中、21日になってからご飯を少し食べてくれました!
嘔吐はなくなったけれど下痢が続いている。
この辺りからだんだん体調も良くなって、食欲も戻り便も尿も問題なく完全復活は26日ごろでした。
約2週間、やっと元気を取り戻して安心!
発作も最初の2回以降起きていないので薬は与えていません。
ニャンコの闘病記録3
2019年5月16日
昨日に続いてぐったり。
発作は起きてないけれど元気な姿は無く心配でひと時も目を離せない。
2019年5月17日
相変わらずぐったりで、嘔吐もあり、ご飯も水も口をつけないので再び病院へ。
先生に麻酔の影響なのか聞いてみると、さすがに麻酔は抜けてるから麻酔の影響ではないと。
やっぱり引越しがかなり負担になっちゃったのかな。
ご飯を食べないと、肝臓に別の病気が出るからと強制的にご飯を与える強制給餌と、水分補給のための点滴、ビタミン剤を入れてもらって帰宅。
ツライのに何度も病院へ連れて行くのは可愛そうだけど頑張って( ; ; )
ニャンコの闘病記録2
2019年5月15日
前日からの続き
どうか発作がありませんように!
願っていたのにも関わらず朝10時頃昨日と同じ症状の発作が起きてしまいました。
すぐにまた病気へ連れて行き、
頻繁に発作が起こっているため、起きてくることを信じて麻酔検査をしてもらうことにしました。
半日預けて夕方にお迎えに行くことになり、心が痛みながら先生に託しました。
何かあればお電話します。
どうか電話ありませんように!
気が気でないまま仕事に行き、幸い電話も無く病院へ
ニャンコさん!目覚めてくれてた。゚(゚´Д`゚)゚。!!
それだけでもホッとした
気になる検査結果は、
脳と首に何も異常なし!!(゚o゚;;
え、、ではなぜ!?´д` ;
原因不明の突発性てんかん
と診断されました。。。
今後はてんかんの薬を一生続ける事に。
それと検査で分かった事が他にもありました。
慢性の肺炎が疑われる
確かに実家にいた時に咳をしているのを見かけた。
父がタバコを吸ってたな。。
それに尿結石。腎臓にも結石があると。
もともと結石が出来やすく、若い時に手術もした事があり、phコントロールの餌を与えていたんだけど、
実家でここ数年の間に新しい猫さんが加わって、餌の分別が出来ずに普通の餌も食べていた。。
ただ、尿は問題なく出ているので今後からしっかりphコントロールの餌だけに切り替えて行く事になり、
高齢な事もあってロイヤルカナンのユリナリーエイジングケアのご飯1本に切り替える事にしました。
肺炎の方はひどい状態ではないので咳が続いた時だけ病院でネブライザーをしてもらう事にしました。
とりあえずてんかんの薬、コンセーブを1日2回12時間おきに投薬することで帰宅。
麻酔の影響もあってか、ぐったり状態。
夜に薬を飲ませたけれど、しばらく後に嘔吐で薬を吐き出し、夜中の間何度も嘔吐してしまいました。
とても薬を与えられず、とりあえず休ませる事にしました。
ご飯もたべず、水も飲まず、ゲージの中でぐったり。
検査よく頑張ったね、辛かったね。
ニャンコの闘病記録
愛猫の闘病記録を残しておきます
男の子 去勢済 15歳 アメリカンショートとスコティッシュのミックス
実家で過ごしていたニャンコ、父親の他界がきっかけで我が家へ迎えることになりました。
長距離移動の後、我が家へ着いた時は元気に家中をうろついて匂いを嗅ぎまわっていたのが1時間くらいでキッチンにこもり、その2〜3時間後に始めて引きつけの発作が起きた。
キッチンから出てきてフラフラしながら近寄りすぐそばでパタリと横に倒れ、何かおかしい!と思った時にはすごく苦しそうな声で何度も鳴き口からはヨダレと泡をだして手足が硬直。1分も経たないうちに起き上がったけれど、
すぐ近くの動物病院へ連れて行き、まず血液検査。
結果は良好、内臓からの発作では無い。
こうなると、脳の腫瘍か、首に何か問題がある可能性が疑われると言われCTとMRIを取らないと詳しくは分からないけれど、
もしも脳に異常がある場合、麻酔でそのまま起きてこない子もいるそう。
とりあえず高齢なのと1回目の発作だからすぐ麻酔検査は勧められないので様子を見た方がいいかなーとの事で様子を見ることにしました。
長距離移動でストレスのせいか?聞いてみたら、可能性はあるけれど、発作はもともと何か病気があって、今までは小さな問題だったから大丈夫だったけれど強いストレスがかかったことによって誘発されただけで、何か問題があることには変わりはないと。。
このままストレスの無い生活を送っていたら全く発作が起きないラッキーなパターンと、今回のがキッカケで繰り返してしまうパターンとあるそう。
またすぐ今日、明日で発作が出るようなら話は変わって何かしら対処をしないと、発作が頻繁に起こると熱も出てきて、それが原因で脳に損傷を受けてしまうから、発作自体を抑える薬を使って様子を見るか、費用は10万ほどかかってくるしリスクは高いけど覚悟を決めて麻酔検査をして大元の病気を見つけて同時に治療するか、ご家族で相談して下さいと言われ帰宅しました。
よく鳴く子だけどその日の夜は一切鳴かず、ゲージの中で静かに過ごしてもらいました。
寂しいなぁ
先週父が旅立ちました
母は2年前から脳出血で意識不明のまま寝たきりで入院しているため私が喪主となり、
通夜 葬式とお寺さんとの打ち合わせに墓掃除、墓石の名彫りの手配やら何やらバタバタとやる事に追われて、葬式が終わっても役場や銀行の手続き、公共料金の変更手続きに支払い状況の把握やカードの停止。。
1週間経ってようやく寂しさを感じることが出来てきた。
一年半前に前立腺癌が見つかり、その時すでに骨と肺に転移していたけど入院はせず月1の通院とホルモン抑制剤でなんとか家で頑張ってました。
去年の夏に一度立ち上がれなくなるほど筋力が落ちてしまい1ヶ月体力を戻す為に入院したタイミングで訪問看護師さんとヘルパーさんを入れてもらい再び家で生活を続けていたのですが先月末いよいよ限界が来てしまいました。
入院が大嫌いな父は痛みもギリギリまで我慢して家で生活した事に後悔は無かったと思う。
私自身、父には残された時間を自由に生きて欲しかったのでなるべく家で生活出来るようにサポートに周り、家で好きな事を好きなようにやっている父を見てきたので後悔はあまりないかな、
亡くなる4日前、
もう皆んな来てるのも分かってる、後は頼んだぞーと力強く私と旦那の手を握ってくれた
最後の言葉は亡くなる3日前。
私が夜中、看護師さんがお世話に来ていた時、父には私の姿が見えず、帰ったかぁ、、
と話しているのが聞こえたけどずっと睡眠不足だったので長椅子から起き上がる事が出来ず寝てしまった。
頑張って ちゃんと側にいるよーって声をかけてあげれば良かった、、そこは後悔してしまう
朝、ずっと側にいるよーって声をかけたら目を開けてくれたけどもう返事は出来なかった、、
それからは持続的鎮静で眠りに入ったのでずっと眠ったまま最期は眠るように逝きました。
痛みで苦しむ事なく逝けただろうか。
痛みが出るのが一番嫌で、痛み止めをお守りだと言って大量に持ち歩いていたから最期は痛みを感じる事なく逝って欲しかったけど、そこは本人にしか分からない
もっと一緒に居たかったなぁ。
不思議と悲しみはあまり無いように感じるけれど、
ただただ寂しいなぁ、、