『自分の評判など気にするな』
~この画像は沖縄県南城市の知念岬から撮った写真です。後ろに映っている島はコマカ島。この日は船が結構し行けず…。海にポカンと浮かんだコマカ島からのキレイな海や空を眺めたい。また沖縄に旅行に来るぞ!と思わせてくれた場所です~
”誰だって、他人から自分がどう思われているか知りたいものだ。良く思われていたいし、少しは立派だと思われたいものだし、大切な人間の部類に入れてほしいものだ。だからといって、自分への評判を気にするばかりに、聞き耳を立てるのはよくない。
なぜなら、人間というのは間違った評価をされるのがふつうのことだからだ。自分が思うように、自分が望むように評価してくれることなんかほとんどない。そういうのとは全然違う評価をされているのがまったくふつうだからだ。だから、腹を立てないためには、自分の評判や評価など気にしてはいけない。他人がどう思っているかなんてことに関心を向けては絶対にいけない。そうでないと、本当は嫌われているのに、部長だの社長だの先生だのと呼ばれることに一種の快感や安心を覚えるような人間になってしまう。”
超訳 ニーチェの言葉
フリードリヒ・ニーチェ 著
白取晴彦 訳
私たちが今まで育った環境は、小さな頃から他人と比べられ育つような環境が普通だったので、他人から自分がどう思われているか、他人と比較して知りたくなるのは普通のことだと思います。
学校の成績の評価があり、兄弟間での評価、仕事や付き合いにおけるコミュニケーション能力の評価、見た目の評価、「普通の」人であるか…学校や環境、SNSなど、評価すること、評価されることが普通になっています。
ふと昔の事を思い出したのですが、小学校の授業で、ペアになり相手の印象を伝える授業がありました。それが何の授業だったのは覚えていませんが、自分が思っている自分と、ぺアになった相手の人に言われた事のギャップが大きくてビックリしました。子供だった私は悲しい気持ちになりました。
職場でのイメージは、厳しい人、怖い人という印象だったようで、一緒に仕事をすると全然イメージが違いましたと言われる事がとても多かったように思います。私の見た目の印象や、他者からの伝聞が理由であるとわかり、複雑な心境であったのを思い出しました。
私は昔から評価されること、比べられる事がとても苦手でした。
それは自分が望んだ通りの評価が得られず、自信をなくしてしまうものばかりだったからだと思います。
自分が育った環境や、考え方がほかの人とは違うように、ほかの人も皆、育った環境や、考え方が違います。
違うということは、人それぞれ見ていること、大事にしていることが違うということになると思います。
例えばですが、いい会社に就職することが大切だと思っている人と、いい会社に就職するよりも、自分がしたい事をするのは大切だと思っている人の二人の人について考えて見ると、いい会社に就職している人は就職していない人をダメだと思い、就職していない人からすると自分がしたい事が出来ていない人をダメだと思います。
ファッションのトレンドを追うことで安心する人と、自分の個性を出したファッションをし自分を表現することに価値を見出す人。
結婚して配偶者・子供と幸せな暮らしをしたいと思う人と、結婚はせずに幸せを感じる生活を望む人。
そう考えて見ると、人はそれぞれ視点が違うんだと感じます。
人それぞれ大切に思う事は同じではないので、他の人と比較することや、自分を押し殺してまで回りに合わせる事は間違いなのではないかと思います。
そう思うと、自分の評判や評価など気にすることや、「他人がどう思っているか」なんてことなどに関心を向けても意味がないことなんだと感じています。
それよりも、自分の評判や評価など気にすることなく、自分が何を望んでいるのかに目を向け、自分らしく生きる事が大切なんだと思います。
いきなりそのような考え方になることは難しいですが、少しずつ社会の常識に疑問を持ち、それが本当に自分に必要なのか、そして必要でないならその考え方を外していっても良いのではないかと思います。
そうすることにより、自分を縛る考え方を減らすことができ、他の人の意見も受け入れ、自分が正しいと思うことを押し付けない気持ちになれるのではないかと思います。
