令和2年の予備試験民訴の解説をします。

交通事故をネタにしているものの交通事故プロパーの要素は問題となっておらず、問われているのは重複訴訟の禁止、既判力の客観的範囲及び一部請求後の残部請求の可否という極めてオーソドックスな内容です。ただし、「判例の立場に言及しつつ」というのが何を要求しているのかは悩ましいところです。当該文言の意味を正しく理解できているかどうかで明暗が分かれたものと思われます。これが今年の問題の最重要ポイントです。設問1は判例の立場では妥当な結論が導けないように事実関係が設定されています。設問2では、そもそも判例理論を適用できないように事実関係が設定されています。出題者がわざわざ事実関係を作りこんでいる意図を読み取れれば自ずと正解に辿り着けるようになっています。詳細は小問の解説の中で説明します。

 

1.設問1

問われているのは、①受訴裁判所は本訴についてどのような判決を下すべきか、②判例の立場に言及しつつ答えること及び③本訴についての判決の既判力の客観的範囲、の3つです。②は①の検討プロセスを指定しているに過ぎないので、大きく①と③に項目を分けて議論するのが良いでしょう。

 

(1)①受訴裁判所は本訴についてどのような判決を下すべきか

ア.判例の立場

まず、前提として「本訴」の意義を確認しておく必要があります。本訴とはXがYに対して提起した消極確認の訴えをいうものと定義されています。不存在確認の対象とされているのは「本件事故による損害賠償債務が存在しないこと」です。本訴においては一部と残部の区別など存在しない事が重要です。

これに対しYがXに対して提起した反訴は500万円を一部請求である旨を明示して請求するものであり、当該請求に対する判決の既判力は原則として残部には及びません(皆さんご承知のとおりです)。

さて、判例(百選で小林秀之先生が解説を書いている判例です。令和元年の本試験でも出題されており、「再登板」の判例です。)の立場を前提とすると、反訴の提起により本訴は訴えの利益を欠くに至り、本訴に対しては却下判決がなされるべきということになります。しかし、判例の立場で押し切ろうとすると2つの不都合が生じます。

 

(ア)1つ目の不都合

1つ目の不都合は、設問2で回答に窮するということです。すなわち、設問2では、前訴判決の既判力によって、後発後遺症に係る損害賠償請求が妨げられかねない状況が設定されており、かかる状況の中でいかにして当該請求を正当化するか立論することが求められています。設問1で却下判決と回答してしまうと設問2の前提を充たさなくなってしまうわけです。受験生的には極めて重大な問題です。

 

(イ)2つ目の不都合

2つ目の不都合は、本件事案においては本訴の方が反訴よりも紛争解決能力が大きく、裁判所の心証にも適合する解決が図れるということです。すなわち、裁判所としては、本件事故による(人身)損害は一切発生していないという心証を抱いています。本訴を却下し反訴を生かすことになれば、反訴に対し全部棄却判決をすることになります。当該棄却判決が確定した後に、Yが残部請求を行うことは信義則によって封じられる可能性が高いでしょうが(これも皆さんご承知のとおりです)、信義則ですから確実に発動すると断言はできません。この点、残部に係る判断に既判力が生じていれば時的限界や期待可能性といった例外的な議論が出てこない限り、確実に矛盾主張遮断という効力が生じます。

既判力という制度的効力と信義則というアドホックな一般条項では紛争解決基準としての解決力、安定性に差があるわけです。

 

イ.自説の立論

以上を前提とすると、なんとしても本訴を生かしたいわけです。立論の仕方も特に難しいところはなく、2つ目の不都合として説明したところを論じれば足ります。判例自身が紛争解決能力の大きい方を生かすという説明をしている以上、本件では本訴を生かすという立論は判例を前提にしても問題なく可能です。なお、判例は、給付訴訟の方が、執行力がある分だけ紛争解決能力が大きいと説明していましたが、本件では反訴請求は全部認められないという心証を裁判所が抱いている以上、執行力は問題となりません。事実関係が作りこまれています。この点にも言及すれば加点要素になりますので、余裕があれば言及すべきでしょう。

 

ウ.結論

さて、以上の立論で本訴の却下は防げました。本訴に対して本案判決をすることになります。裁判所は本訴請求を全部認容すべきという心証を抱いていますので、下すべき判決は「全部認容判決」です。

 

(2)③本訴についての判決の既判力の客観的範囲

なにも難しい要素はありません。③は設問2の前提として、受験生自身に「本訴に対する全部認容判決が有する既判力は、XのYに対する本件事故による損害賠償債務が存在しないとの判断に生じている」と書かせることに意味があります。言質をとるためだけの問題です。114条1項「主文に包含するもの」の解釈を論じた上であてはめをして上記結論を述べれば終わりです。

 

2.設問2

(1)前置き

後発後遺症が発生したため、Yとしては当該後遺症に係る損害の賠償請求を行いたいが、前訴判決の既判力によって当該請求が妨げられるのではないかという問題設定です。Yの立場から、当該請求は既判力によって妨げられないと立論することが求められています。ここでも「判例の立場に言及」することが求められています。しかし、結論を先に言ってしまうと、本件では判例の立場が適用できないように事実関係が設定されています。ですから、学説の立場で、当該請求が可能であると立論する必要があります。学説は色々な立場がありますが、期待可能性の理論を持ち出すのがシンプルかつ分量的にも有利だと考えられます。

なお、「前訴におけるX及びYの各請求の内容に留意して」というのは出題者からのヒントです。単純化して言えば、Xの請求は全部請求だがYの請求は一部請求であり、どちらの請求に対しても既判力ある判断がなされているという点を意識する必要があります。

 

(2)判例の立場

後発後遺症損害の請求を認めるため判例(百選で高地茂世先生が解説を書いている判例です。)が使うロジックは一部請求後の残部請求の判例理論の転用です。すなわち、当初の一部請求には、当たり前すぎて明記はされていなかったが、「(後発後遺症が発生した場合には、その分の損害賠償は後で請求する。)」という見えないかっこ書があり、被告もそのことは当然認識していたはずだという説明です。不明示の明示的一部請求と覚えておくと良いと思います。

 

判例のロジックを使えば、後発後遺症に係る損害の賠償を請求することは、前訴における反訴判決の既判力には抵触しません。しかし、前訴における本訴判決の既判力への抵触を回避することはできません。設問1の③で受験生の皆さんは言質を取られていることを忘れてはいけません。「XのYに対する本件事故による損害賠償債務が存在しない」との判断に既判力が生じているわけです。判例のロジックは被害者からの給付請求につき、通常の原告の合理的意思を読み込んだ解釈を施すものであり、加害者が定立した消極確認請求との関係では無力です(当該消極確認請求の内容を操作することはできません)。

 

(3)自説の選択

判例のロジックが使えないよう事実関係が作られているわけです。しかし、Yの立場からは後遺症に係る損害の賠償請求ができるように立論しなくてはなりません。判例がダメなら学説です!この点は色々な学説が乱立しているところですが、論旨が明快で、かつ、必要な論述量もさほど多くないことから期待可能性の理論を使うことをお勧めします。

なお、テクニカルな立場をとることはそれ自体が大きなリスクです。当該立場を答案で再現できるかどうか慎重な吟味が必要でしょう。そもそも当該立場を正しく理解できていない場合(決して少なくない印象です)は悲惨です。無自覚に積極ミスをしてしまうわけですから。立場を選択する際に、ミスや誤解の心配をせずに書けるかどうかというのは重要な視点になります。

 

(4)あてはめ

本件では、手足のしびれという後発後遺症は前訴段階で生じていた頭痛とは全く異なる症状です。手足のしびれが発生するかもしれないと前訴の段階で想定した上で必要な主張立証を尽くしておくべきだったとは到底言えないでしょう。期待可能性がなかったと立論することは十分可能だと考えられます。これで設問2も終わりです。とっても簡単ですね。

 

3.最後に

今年の問題は、論点自体は王道ながら事実関係をひねることで、当該論点の理解の正確性を問う問題でした。

最重要ポイントである「判例の立場に言及しつつ」の解釈は「空気を読む能力」が要求されている感もありますが、判例の正確な理解等があれば理屈だけで(空気を読まずとも)正解に辿り着くことは可能です。個人的にはもう少し明確な誘導があって然るべきと思いましたが、この点を差し引いても良問だと思います。