第1.設問1について

1.課題1について

(1)解答方針

まずは、解答の大枠を決めましょう。具体的には、Jの発言「それでは…これを「課題1」とします。」から、「後者のような引換給付判決」をすることができるという結論が求められており、理由付けとして、引換給付判決をすることができないとすると、引換給付判決と比べてどのような不都合が生じるかを説明することが求められていることを読み取る必要があります。

引換給付判決は処分権主義と第1テーゼという2つのレベルで問題となりますが、「どのような事実を判決の基礎にすることができるかという問題」には言及不要とされていますので、この点は捨象します。ただし、後述するように、設問1は当該問題を捨象したことでかろうじて問題として成り立っており、教室設例に近いと言わざるを得ないと思います。

処分権主義との関係では、訴訟物の枠内では質的又は量的一部を認容する判決(=一部を棄却する判決)をすることも、通常の原告の合理的意思に反しない限りは可能であること(事前知識。なお、被告に対する不意打ちとならないことを付加的に要求しても良いのですが、通常の原告の合理的意思は被告としても当然想定しておくべきですので、両要件は同じことを別の角度から表現しているに過ぎないように思います。いずれにせよ趣味の問題ですので、好きな立場で書いてください。)を想起し、上記不都合というのはXにとっての不都合を指していることを前提に立論していきます。

課題1で問題となるのは量的一部認容の可否です。前提として本件訴訟の訴訟物(のサイズ)を確定する必要があります。引換給付との関係で、訴訟物のサイズは「Ⓐ無条件>Ⓑより少額>Ⓒ1000万円>Ⓓより多額」の順に小さくなっていきます。本件では、無条件での本件建物明渡請求はなされていませんので、他の3つが候補となります。訴訟物のサイズは主として課題2との関係で問題となるのですが、ここで前提と結論程度は先出しして論じておくのが良いでしょう。

(2)課題1の具体的な解答

前提として、本件訴訟の訴訟物のサイズは上記「Ⓑより少額」であることを論じておくと良いです。理由については課題2との関係で後述するとしておけば良いです。上記「Ⓓより多額」は訴訟物の枠内なので量的一部認容が問題となることを指摘しましょう。

次に、「増額した立退料」の支払との引換給付判決はできないという仮定の下では、裁判所は、請求棄却判決をする他ないと書きます。「増額した立退料」との引換でなければ正当事由は認められないという裁判所の心証が前提にあるから当然のことです。

請求棄却という結論はXにとって極めてクリティカルです。仮に当該判決が確定してしまえば、法定更新が認められ、再訴で増額を主張してひっくり返すという戦略が取れないからです。もちろん、控訴審で増額を主張するという戦略はあり得ますが、時機後れと判断される可能性もありXにとってのリスクは否定できません。

以上を前提とすれば、Xと同様の地位にある通常の原告の合理的意思に照らせば、請求棄却判決よりも「増額した立退料」との引換給付判決を望むはずであり、当該引換給付判決を行ったとしても246条違反とはならないと説明することになります。

なお、補足的な理由として、引換給付判決は引換給付に係る債務名義となるものではなく、Xが強制執行に着手する条件となるに過ぎない(=Xは強制執行を断念すれば立退料を支払わなくて済む)という点を書くのもありでしょう。ただし、賃借人側からの立退料支払請求を予備的反訴として認める見解(高橋等)もあり、「強制執行着手の条件」という位置付けが唯一絶対とまでは言い切れないという微妙な問題にも派生します。現場での時間配分との兼ね合いで決めることになるでしょう。

(3)課題1が教室設例であること

「増額した立退料」との引換給付判決を行っても246条違反とならないという結論に対しては、「立退料を1億に増額しても良いのか」という常識的な反論が予想されます。当該反論に対しては「246条との関係では問題ない」と説明することになります。第1テーゼとの関係では許されないのです。「増額した立退料」の主張は当事者から出ていないのだから当然ですね。第1テーゼとの関係を捨象したからこそ、例え立退料を1億に増額しても違法ではないというある意味非常識な結論が導かれるわけです。今年の問題は「言いにくいことをあえて言わせる」という裏テーマがあるように思います(設問3の課題2も「言いにくいことをあえて言わせる」問題のため)。実務的ではありませんが、理論をマスターしているかを確認するという意味では良い問題だと思います。

 

2.課題2について

(1)解答方針

上記「Ⓑより少額」の立退料との引換給付判決が訴訟物の枠を超えるのであれば246条違反です。課題2で問われているのは訴訟物のサイズの確定のみです。

訴訟物は請求の趣旨及び原因によって特定されるわけですが、次に、量的一部認容との関係で本件訴訟の訴訟物(のサイズ)を確定する必要があります。設問文を読む限りでは、引換給付判決は可能という結論が求められているような印象を受けます。そして、「より少ない額が適切」というX発言がキーポイントであることも設問文で示されています。後は以上の点をつなげるだけです。

(2)課題2の具体的な解答

引換給付との関係で、訴訟物のサイズは「Ⓐ無条件>Ⓑより少額>Ⓒ1000万円>Ⓓより多額」の順に小さくなっていくことは先述しました。「1000万円の支払を受けるのと引換えに」という訴状の文言からすると、当初は訴訟物のサイズはⒷだったが、「より少ない額が適切」というX陳述によりⒶに変更されたと考えたくなりますが、これはトラップです。「1000万円の支払を受けるのと引換えに」という請求の趣旨の意味内容について、第1回期日にてJが釈明を求め、これに応じて上記X陳述がなされているという事実経過に鑑みると、本件訴訟の訴訟物のサイズは当初からⒷだったと考えるのが合理的でしょう。請求の趣旨ぐらいはちゃんと書けと思いますがXは代理人を付けずに本人訴訟でやっているようなので仕方ありません。「額によるかもしれない」という誘導への配慮として、通常の原告の合理的意思として想定される金額を越えて極端に少額な金額を訴訟物の枠とすることは、訴状の解釈として許容される限度を超え、極端に少額な立退料との引換給付判決を行うことは246条違反となると留保を付けておくのも忘れずに。

 

第2.設問2について

1.解答方針

 設問2は明らかなサービス問題です。時間をかけずに手早く終わらせることが重要です。とはいえ、点を取りこぼしてはいけません。重要なのは以下の3点です。①本問の問題状況は適格承継説の急所であることを前提として説明、②「承継」とは、より広く紛争の主体たる地位が移転することを意味すると解釈すべきという一般論を展開、③あてはめ。

2.設問2の具体的な解答

(1)適格承継説の急所

 設問文のなお書きでYに対する訴えの訴訟物が債権的請求であることがわざわざ明記されています。他方、Zに対する訴えの訴訟物は物権的請求権です。つまり明らかに訴訟物が違うわけです。訴訟物が違うのに当事者(本件では被告)適格の承継などあるわけがありません。このような事例は適格承継説に対する攻撃材料として使われる典型例です。なお、Yに対する訴えの訴訟物が物権的請求であったとしても、適格承継で説明することは困難です。ですから、実はYに対する訴えの訴訟物なんか本当はどうでもいいんですが、より問題点が明確になるようにという出題者からのサービスと理解するのが良いでしょう。

(2)紛争の主体たる地位の移転

 近時の有力説ですので皆さんご存知でしょう。紛争の主体たる地位の移転がどのような場合に認められるのかは正直よくわかりません。私の知る限り、この点を明確に論じている文献はありません。要するにブラックボックスです。みんな何となくのフィーリングで議論をしているわけです。高橋先生は①主要な争点が共通、②旧当事者間の紛争から承継人との紛争が派生ないし発展したものと社会通念上見られる場合の2要件を提示されています。あんまり踏み込んだことは書かずに、この2要件に乗っかれば良いでしょう。

(3)あてはめ

 Zに固有の主張はないでしょうから主要な争点は共通です(①)。YがZに本件建物を賃貸したこと、Zをも退去させなくてはXとしては本件訴訟の目的が達成できないことから「派生ないし発展」も肯定できるでしょう(②)。これだけです。

 

第3.設問3について

1.課題1について

 設問文で要求されているのは、(i)「以後予想されるXとY双方の主張立証活動」(ii)「却下決定を得るのを容易にするためにXがYに対してすることができる訴訟法上の行為」に言及した上で、(iii)「Y自身が最終期日に本件新主張をしたとしたら、時機に後れたものとして却下されるべきである」との結論を導くことです。

 本件では弁論準備手続終結後の時機後れが問題ですから174条が準用する167条の適用があることを説明し(ii)、時機後れとなった理由につき合理的な説明ができない場合には157条1項との関係で「故意又は重過失」が推定されることを論じる必要があります。Yも本人訴訟だったことを考えると、「故意又は重過失」の認定には慎重であるべきとも思いますが、推定を覆すには足りないでしょう。(i)は「訴訟の完結を遅延させる」という要件との関係で問題となります。本件通帳の取り調べだけなら最終期日ですぐに終わりますから問題はないのですが、Aの証人尋問については改めて期日を指定する必要があると設問文で丁寧に説明してくれているので、これを書き写すだけで良いです。あとは結論(iii)を書くだけです。

 

2.課題2について

(1)言いにくいことをあえて言わせる問題

 課題2に対しては、以下のような素朴な議論を考える人がいるかもしれません。「時機後れは不熱心訴訟追行に対するサンクションであるところ、本件で非難されるべきはYでありZではない。なぜなら、Zは弁論準備手続に関与すらしておらず、最終期日の指定直後に引受承継を認める決定がされたに過ぎないからである。したがって、157条との関係ではZに「故意又は重過失」はなく、時機後れの対象とはならない。」。

 しかし、上記議論では重要な点を看過しています。すなわち、兼子説以来の訴訟承継論では、引継対象たる「訴訟状態」の内容として時機後れをも含むと考えてきたという点です。新堂先生ほどアグレッシブではないにせよ、訴訟承継論にさようならすることを要求しているという点で課題2は言いにくいことをあえて言わせる問題だと言えます。もっとも、秋山他「コンメンタール民事訴訟法Ⅲ」では「承継人…については、それまでの被承継人の訴訟追行に対する相手方の信頼に鑑みれば、承継人の訴訟追行をも総合して、時機に後れたか否かや故意・重過失が判断されるべきである。」と論じられており、「総合」考慮(=兼子説の承継という効果を相対化)で判断する見解も少なくとも有力なようです。

(2)あてはめで指摘すべきポイント

 Xとの関係では「故意又は重過失」が推定されてしまいますが、そもそも本件ではXの悪性がそこまで高いとは言えないことを指摘すべきです。本来なら、本人訴訟では「故意又は重過失」の認定は緩やかにならざるを得ないでしょう。

 次に、更新料の先払い(≒更新合意が予めなされている)という事実は結論を左右する極めて重要な事実であることを指摘しましょう。

 また、Zは最終期日の指定後に引受決定がなされ、手続保障がほとんど与えられていないことも念のため指摘しましょう。とはいえ、訴訟承継論というのは、裁判手続の実効性という公益のために承継人の手続保障を犠牲にする発想です。承継人の救済は、被承継人の責任追及で足りる(どの程度実効性があるかは大いに疑問ですが)という開き直りもありますが、根本にあるのは裁判の実効性という公益の優先でしょう。理論的には当該事実の指摘は全く無意味ですが、司法試験ですから石橋を叩いて渡る方が良いでしょう。

 反対方向の論述として、訴訟承継をかませれば時機後れを無力化できるというのは不当、YからZへの本件建物の賃貸はYの体調不良が遠因となっているところ、偶然の事情で結論が左右されるのは不当という反論もあり得ますが、事案の真相に迫るという意味でJとしてはAの尋問を実施したいと考えるのが実務的な相場だと思います。尋問期日が1回入るだけですから大した遅延ではないと指摘することも忘れずに。

 

第4.総評

 今年の問題は「言いにくいことをあえて言わせる」という点で面白い問題だったと思います。設問1の課題2や設問3の課題2ではあてはめでも工夫が必要な作りになっており、理論一辺倒ではないバランスの良さも感じました。

立退料に関しては難しい議論も色々あるのですが、今年の問題で問われているのは先端的ないしマニアックな知識ではなく、246条に関する極めて基礎的な知識です。基礎的な知識を前提に、何が問われていて何が問われていないのかを意識できれば十分な点数がとれるはずです。

設問2はサービス問題なので特にコメントはないです。

設問3は再登板となった174条を適示できなかった人は過去問検討が足りません。訴訟承継と時機後れについては事前知識で対応できる人はほとんどいなかったでしょう。課題2では言いにくいことをあえて言わされることになりますが、少なくとも有力説ではありますし、課題自体が党派的な議論を要求していることからも臆さずに必要な議論を展開すれば良いです。