この手の映画は観る人を選びます。
単なるサスペンスものを期待したならば、展開の整合性の無さに面食らうことでしょう。
そもそも理屈の通らない箇所が山のようにありますし、それだけでウンザリする人も多いと思います。
なので、この手の映画が低評価となるのは当然であり、寧ろ評価出来ない人が多い方が健全であるとさえ思えるのです。
では、3時間もの上映時間が退屈かと言うとそんなことはなく、ホワキン・フェニックスの演技を観るだけでも十分に価値のある映画だと思っています。
その上で、この映画は観客を不快にさせる要素をふんだんに含んでいますし、大凡幸福へと向かう展開の全てが覆ります。
それこそこの監督独自の視線であり、暗い側面だからこそ描けるものもあるのです。
心の闇は誰しも持っていて、それを見詰めるに暗闇に向き合う為には闇に向き合うことも必要です。
そういう意味でこの映画も意義があるのかもしれませんが、個人的には全くオススメ出来ないというのが本音です。
なので、この映画は個人的な興味を満たす為のもので、純粋に楽しむ映画ではないですね。

この映画でも大きなテーマとなっている母親との関係は多かれ少なかれ全ての人が関わるものです。
そして、この映画の内容は監督自身の実体験が元になっているようにも感じました。
この映画ではその関係性を赤裸々に語っていて、観客者自身も自分と重なる部分もあったのではないか思うのです。
親離れ出来ない子供と、子離れ出来ない親というのは、どちらも問題があり、もしかしたら近年はその人数も増えているのかもしれません。
この問題は当事者でなければ実感出来るものではなく、映画の視点だと彼等の言い分に納得がいかなくなるのも仕方ありません。
だからこそ、登場人物の台詞に心惹かれることはありませんでした。
逆に共感できる人物が全編を通して全く居なかったのが、寧ろ凄いとさえ思えました。
中盤で立ち寄った劇団員たちは極めてポジティブな存在ですが、そこで描いた素晴らしいものも、その後に盛大に破壊する為に用意されたような気さえするのです。
どれだけ素晴らしいものを飾っても、この作品の根底にある悪意が透けて見えるので、どうしても表現通りには受け取れません。
だから、こういった不快なものを見せられて、影響を受けてしまう人には辛い映画かもしれません。

この映画を観て思い出したのは「未来世紀ブラジル」です。
ブラジルもかなり幻想的な面を持つ映画でし、終わり方も救いが無い点も共通しています。
ラストのドーム状の構造物で、主人公が裁かれるのも似ている気がします。
話の展開から考えると、この映画のラストの舞台はあまりに脈絡がなく感じたのです。
しかし、ブラジルのラストを思い出した時、何かしらの影響があるような気がしました。
勿論、ブラジルとは内容も全く違いますし、偶然の一致の可能性の方が高いです。
ただ、私は鑑賞後の何とも言えない味わいも含め、ブラジルを思い出したのです。

最後にフォアキン・フェニックス関連で言うと、彼の代表作「JOKER」のアーサーもまた母親との関係が重要なファクターでした。
勿論、この映画があったからこそ、本作の抜擢はあったのでしょうが、もしかしたらこの問題は今のアメリカの側面を描いているのかもしれないとも思ったのです。
近年のアメリカの白人男性は様々な問題を抱えていると聞きます。
この映画でも、そんな人々の心境を象徴的に描いているのかもしれないとも感じたのです。
だとしたら、現在の状況はかなり厳しいのかもしれないと、そんな想像もしてしまいました。