エッセ・オモって知ってますか?


今がシュンです。S的雑談します。


エッセ・オモとは「この人を見よ」という意味です。


ESSE HOMOで、エッセ・オモです。スペイン北西部の田舎町ボルバの教会にあった宗教画のタイトルです。19世紀に描かれたキリストの絵ですね。


2012年、ボロボロになったその壁画を修復しようとしたんです。


元々は左のような壁画でしたが、修復したら右のようになったそうです。


サルのキリストと呼ばれ、センセーショナルに報道されました。


どうしてこうなった?


皮肉なことに、報道されるや否や、この絵を観たいと野次馬、観光客がドカドカ押し寄せたそうです。


人口5000人ほどの町に年間30万人以上の観光客が訪れたとか。


人口5000人だから、与論島くらいですね。

こんなグッズまで作られたりして、何の変哲もない19世紀の宗教画が大化けしたそうです。


大衆演劇における梅沢富美男の夢芝居みたいなものですね。


わざとじゃないそうです。真面目に、真剣に善意から修復しようとしたらこんな絵になってしまったのだとか。


そのストーリー性も含めて、観客がわざわざ観に来たそうです。


ひき肉です、みたいなものですね。バズるとは偶然の賜物なのです。


今からもう15年近く前ですけどね。この絵を修復したひとは当時83歳だったおばあちゃんだそうです。ヒメネスさんですね。

残念ながらもう亡くなったそうですけど、グッズ販売などの版権は彼女のもので、売上の半分は彼女へ、もう半分は町のものになり、相当潤ったらしいです。


大失敗が結局は町おこしになってしまった。


町も元通りに修復するよりもこっちを残したそうです。英断なのか、なかなか狂ってますね。


これを見て、まるで中道改革連合みたいじゃないかと思ったのです。


野田佳彦は立憲民主党の代表として党勢を回復しようとして公明党と合流、中道改革連合を立ち上げた。


その結果、サルのキリストみたいになってしまったわけじゃないですか。


サルのキリストは町おこしに絶大なる貢献をしましたが、中道改革連合はクソの役にも立ちませんでしたね。


枝野幸男も小沢一郎も岡田克也も落選してしまった。まあ、中にはざまあという人もいるかも知れませんけど。


立憲民主党を立て直そうと行ったことが結果的はサルだった。


まさに「この人を見よ」と思ったのです。


有権者が観てるのは結局は政治家のその人自身ではなくて、所詮は政党の名前なんでしょ?


自民党という名前、公明党という名前で投票しているわけだ。


れいわ新選組もいのちの党と変えたらしいけど、山本太郎のいない政党に誰が見向きするのだろうか?

池田大作亡き後の公明党みたいなものですよね。


政治家そのものではなく、属性でしか政治、政党を観てないわけだ。


まさに、この人を見よ。


シャガールの絵みたいに人間が宙に浮いてる状態とも言えます。

ヒューマニズムを掲げながらご覧の有り様ですね。


同じシャガールならば、私と村をあげたい。

代ゼミの西谷昇二もシャガールの牛の目に着目してました。


牛と人間が向き合っているのは対等だと表しているわけだ。


同じ世界に生きて、お互い認識している。


そういう目線が今の政治家には欠損しているのではなかろうか。


中道だか改革だか知らんけど、国民そっちのけで宙に舞い上がって選挙のためだと狂喜乱舞している。


高市早苗もトランプの前で狂喜乱舞していた。


ダメだこりゃという話だ。


高市早苗は消費税を食料品だけ2年間限定で1%にするとかいうのも財源そっちのけで決めたらしいけど、とりあえず選挙のためだけの政策だよね。恒久的ではないし、やってる感だしたいだけ。


野党はそれに対して議論しようにもアレだけ大敗したら議論にもならないわけだ。


この人を見よ。


国民は政党よりも政治家を見るべきなのだろうけど、結局は政党ばかり観てしまう。


小選挙区制、比例代表制、どちらも一長一短ある。


公明党は比例代表でしか勝利できない。今やすっかりオワコンである。


自民党は小選挙区制が優位に働く。小選挙区制とは政権交代を円滑に進めるために導入した制度であるはずなのに、ほぼ活用されてない。結局は組織票でほぼ決まってしまう。


日本共産党も公明党同様に支持者の高齢化によって党勢を失いつつある。もはや日本共産党くらいしか自民党とまともに対峙できる政党は残ってないのだが、それも風前の灯だ。


それ以外の政党は泡沫だからね。参政党にせよ、チームみらいにせよ、次はどうなっているのかもわからない。


立憲民主党は中道を掲げるならば国民民主党と合併するべきだった。公明党と合併したのは悪手だった。野田佳彦の勝負勘が無さすぎた。


かつて言うだけ番長と呼ばれた前原誠司も流れ流れて今は維新に収まっている。番長というほど威勢もすっかり削がれてしまった。


この人を見よ、エッセ・オモは修復しないで大正解だったが、中道改革連合は修復できないのではないか。


一度デリートした方が無難だと思われる。次の選挙までどうするつもりなのだろうか?


枝野幸男は?小沢一郎は?そして、山本太郎は?


彼らはこのまま沈没するのか?それとも這い上がるのか?


鶴見緑地のいのちの塔は閉鎖中。

大衆演劇、役者を観るのか、劇団を観るのか、劇場を見るのか。


そして、客と役者との関係性。まさにシャガールにおける私と村のような目線ではなかろうか?


それなのに、なぜ、「どうせ暇なんでしょ」なんて軽口を叩けるのか?目の前のお客さんを含めた大衆演劇を冷笑できるのか?暇人相手の座興とでも言いたいのだろうか?自分はこんなところで終わる人間ではない。もっと高いところにいく存在なのだと。


そんなこと考えた時点で役者として死んだようなものではないか。チーン。


例の馬乗り座長たちもやや意地悪ではあったが、お客さんを目の前にそんなことをほざくカムイもなかなか意地が悪いと思うのだ。そして、馬鹿を見るのはお客さんなのだった。わざわざ遠くから来てるのに。


馬乗り座長も頑張ってるらしいけどね。興醒めしてしまった。役者としてお客さんを興醒めさせるのはダメ、絶対。


中道改革連合、馬鹿を見るのは有権者。座って笑うは高市早苗。


今がシュンでした。ジャーニー。


次の選挙まで生きられるだろうか?