常連客が勝手に店を作った。
大衆演劇界隈では常連客が勝手に劇場を作るとかないんでしょうか?
それくらいの常連客が出てくればこの界隈も捨てたもんじゃないとは思うけど。
常連客が勝手にブログを書くことはあっても劇場そのものが建つわけではないし、集客が増えるわけでもない。結局、潰れたし。
緞帳おろしもしないで、突然ヌルッと終わった。締まりがない終わり方だった。
そもそも誰に向けて書いてるブログなのかもよくわからんし、ターゲットも不明瞭。
大衆演劇を知らない人に向けて書いてるわけでもなく、大衆演劇のコアなファンに向けて書かれているわけでもない。完全なる自己満足の世界だ。
ブログという名の落書き、独りよがりの便所の落書きみたいなものではないか。
まあ、勝手に劇場を建てたところで来てくれる劇団がいるのか、来たところでお客さんは来るのか。
ブログで劇場の設備だとか常連客のマナーだとか安全な場所からいちゃもんつけるのは簡単だけども、いざ自分が劇場を建ててリスクを背負う側になったとしたらあんなしょうもないブログを書くことができるのだろうか?
歌舞伎町劇場でさえ3年持たなかった。江坂にあったシアターyorokobiでさえ今年の5月で廃業していた。3年程度しか持ち堪えることができないのは単純にお金の問題なのは言うまでもない。要は絶望的に儲からないのだ。大衆演劇がアカンというよりも、そもそも演劇自体儲からない。太いスポンサーでも付かない限り、運営もままならない。それが現実である。
シアターyorokobi、やっぱりダメだったか。役者が理想を詰め込んで常設の劇場を運営したとしても、現実の壁は高かったみたいだ。一度くらい観に行ってみたかったわ。
常連客なんて所詮は単なるモブにすぎないのよ。その他大勢の中のひとり。ブログでいくら大衆演劇の教祖のように立ち振る舞ったとしても、信者のひとりに過ぎないのだ。
仏壇の押し売りと変態とのせめぎ合い。
大衆演劇ブログを可視化したら、凡そこんな感じだろう。グロいぜ。
大衆演劇を知らないひとにおすすめできるかといえば正直しんどい。コアなファンしか相手にしてないニッチなエンタメだし、まずは洗脳することから始めないといけない。敷居もハードルも高いのだ。
比較的まともな劇団でさえ、初見では意味不明だと思う。とりあえず3回観てみてといったところで、一回3時間の公演に耐えられる物好きなんてそう多くはない。
たまたま母親が大衆演劇の沼だったとして、子どもがそれに耐えられるだろうか?いまはスマホがある。3時間スマホに触れないのは無理だろう。
スマホによって映画でさえ厳しいと言われている。いわんや大衆演劇をや。
大衆演劇ファンにするためにはマインドコントロールから始めないといけない。もはや、壺や仏壇を売りつけるようなものである。霊感商法だ。
ああ、ジーザス。まるで自慰ざんす。
叩かれたら叩き返す。倍返しだ。
ドラ息子のドラムス。
ようこそ、壺内閣へ。どつぼやで。
全てを笑いに変えるのがエンタメの真骨頂です。
笑えない世の中に笑顔を届けることができるのか。それがすべてです。
だって、どうせ、暇なんでしょ?
バングラデシュのシェイク・ハシナは20年以上の長期に渡って首相を務めていたけど、デモを弾圧して辞任、インドに亡命したみたいです。
高市早苗はイギリスのサッチャーみたいにクレバーではない。狡猾かも知れないけどね。彼女に新たな時代を切り拓くだけの器はない。ただ女性というだけだと思われる。人形みたいなものだ。プロデューサーの手のひらの上で踊らされるアイドルみたいなもの。それはそれで大変とは思うけど、国民に還元できるものは大してない。
蓮舫とどっこいどっこいでは?まあ、思想的には高市早苗の方がヤバいのは言うまでもなく。
蓮舫といえば「二番じゃダメですか」とか二重国籍ばかりが独り歩きしているけど、政治家としての信条はまだ筋が通ってる。
高市早苗の功績をあげるとすれば、麻生太郎同様に公明党嫌いが挙げられる。その結果として公明党は連立から離脱した。まあ、実力行使というよりも、背負っているものがそうさせたというか。日本会議だとか壺だとか。悪びれずに帰ってきた裏金グループと統一教会。それだけ。
首相に就任したところで日本の歴史はびくともしない。歴史的事実として一応教科書に載ったとしても、テストで彼女の名前を書かせるような無意味なことはおそらくしないはず。女性にとっても社会にとってもプラス要素が皆無だからね。
ところで、安倍晋三が襲撃されたのは奈良県で、当時、奈良県の自民党支部を統括してたのは確か彼女だよね。誰が安倍晋三を奈良に呼んだのだろうか?
とりあえず、今まで誰もが成し得なかった地点までは到達できたのだから、良くも悪くも世界は注目しているはず。例えそれが棚ぼただろうと、貫いたわけだから。玉木雄一郎よりかはマシなのは事実である。







