デヴィ夫人はご自分のことを上級国民であると自覚しているからあのような発言をしたのだと思います。


つまり、中国と戦うのもご自身ではないし、パンがなければケーキを食べればいいじゃない的な感覚で、リップサービスのつもりで放言したのではないだろうか?


悪意はないと思うけど、悪意がなければ何をいってもいいのかと思うのだ。

そこには上級国民と大衆との越えられない壁というものをどうしても感じてしまう。


カムイの「どうせ暇なんでしょ」もたぶん、悪意はないのだろう。


悪意はないと思うけど、お客さんのことをどこかで軽くみてるとは思うのだ。

デヴィ夫人が大衆のことなどそこまで興味関心がないみたいに。


大衆演劇の役者は口上挨拶の際に「一段高いところからではございますが…」とお約束のようにはいうけれども、お客さんと役者との距離感はやはりひとそれぞれなのだと思う。


お客さんの中には役者のことを勝手に友達か、それ以上のように感じているひとも中にはいると思いますけど、役者はそこまで考えてないのだろうし、勝手にそう思ってくれるぶんには別に構わない程度のスタンスなのではなかろうか。


旅人よっちゃんと西園寺との距離感を考えてみてほしい。明らかに旅人よっちゃんのワンサイドだと思うのだ。西園寺は別になにもリアクションしてない。距離感のバグには留意するべきだ。


写真だとか送り出しなどでつべこべいう役者が増えている背景には、客側の過剰な要求だったり不遜な態度というのもあるかも知れないが、役者も役者で客のことなどそこまでは思ってもないだろうし、ぶっちゃけなんとも思ってないと思う。


そりゃ、よく観る顔ならば覚えてはいるだろうけど、覚えているというだけで特別な存在だと認知されているとは限らないと思う。


ただ勝手にブログを書いてるというくらいで特別だなんて思うはずがない。勘違いも甚だしい。


役者のカモにされがちな人の特徴。

池田大作と信者との距離感みたいなものではなかろうか?


信仰とはある種の勘違いによって支えられている面もあるように、ファンは役者やアイドルを岡惚れすることで成り立っている。


自分だけスペシャルだとか思わない方がいい。それは思い込みに過ぎないのだから。


高市早苗ファンになるのは別にいいけど、高市早苗は別に国民のことをそこまで考えてないと思うぞ。

経歴なんて名乗ったもん勝ちのところあるよね。西園寺の終身名誉顧問然り、大衆演劇blogger然り、沓掛時次郎然り。


彼女の経歴についてはそれこそどこの馬の骨かもわからないようなものである。





小池百合子然り、政治家は支持されてしまえば経歴などそこまで問われない世界。実にヤクザな世界である。


高市早苗には届かない声。

デヴィ夫人にもおそらく届かない。


大衆演劇の役者からしてみれば、別にその日の舞台が開ければそれでいいのだ。


お客さんが忙しかろうと、病気だろうと、金欠だろうと、生活が苦しかろうと、カミさんが干からびていようと、ぶっちゃけ、どうでもいい。とりあえず、来てくれれば誰でもいいのだ。来るもの拒まずなのだから。どうせ暇なんでしょ?


別に役者がお客さんのことを救済できるわけではないからね。役者など無力である。


デヴィ夫人も無力である。彼女が放言したところでひとを怒らせることはあっても、世界を変えるだけのパワーはたぶん、ない。


高市早苗は仮にも首相なのだから、発言には留意する必要がある。大衆演劇の役者ではないのだから。適当なことを公の場で言うべきではない。


デヴィ夫人でさえ炎上するのだ。いわんや総理大臣をや。


カムイは別に炎上してない。一部の狂信的な輩が根に持って私怨で悪戯に焚き付けてるだけである。そもそも、そんなに人気ないだろうという声が大衆演劇界隈の一般的な認識である。


役者とはなんぞや。役者に人間性など求めてない。役者は役者にしかできないことがあると思うのだ。そこを突き詰めることこそ大事だと思う。正解はないのかも知れないけど、滑るようなことはするべきではないと思うぞ。いくらお客さんが少ないからといっても観てないとは限らない。観てるやつはちゃんと観ていると思うのだ。


どうせちゃんと観てないだろう、なんて思ったら大きな間違いである。お客さんを舐めない方がいいと思う。大衆演劇を…


政治家も国民を舐めない方がいいと思う。


失われた30年。