うみわたれのブログ

うみわたれのブログ

うみわたれは自分の内側にやさしく触れる空間です
わたしはただ、ありのままに表現します








うみわたれのブログ







うみわたれは自分の内側に触れるスペースです。


内側にやさしく触れる、そしてそこから広がる可能性


を感じるスペースです。





うみわたれのブログはわたしの日々の意識の成長を綴ったブログです。





うみわたれの活動日についても


こちらのブログでお知らせいたします。




* うみわたれの活動日について




* オーラソーマについて




*パーミストリーケアについて









うみわたれのホームページ  https://umiwatare.shopinfo.jp








エネルギーを注ぎたいものができたかもしれなくて、

そしたらどんどん動いているよ。



言い切ることが苦手なわけではない。

だけども、「かもしれない」とわたしは仲良しで

「かもしれない」というときほど

わたしの内側は満ちている。



ボトルはわたしの内側を映し出すわけで、

外側の表現の「かもしれない」という雰囲気なんてひとかけらもなくて、

はっきりとした色が現れている。



簡単に言えば、満ちている。

よしってかんじとか

楽しみとか

たぶん、、ないわけではない不安とかも含めて

満ちている。



そして、超えたところで

自分自身の潜在的可能性を認め、

必要に分かち合われていることもまた、

わたしの内側に流れている。






B37 地上に降りた守護天使

B31 ファウンテン泉

B18 エジプシャンボトルⅠ/ターニングタイド

B32 ソフィア


わたしは自分の可能性の泉に手を伸ばしている。

そして変化を迎えていることを感じている。

変化の渦の中でわたしの意識と無意識、

陰と陽、過去未来や静と動・・

あらゆる二極が溶け合っていく。



ネガティブに見えていたものでさえ、

わたしという存在の協力者で

わたしはわたし自身にくつろいでいる。



1本目のシェイク潜在的可能性のロイヤルブルーが

4本目では意識に現れ、

その力が分かち合われていることをゴールドが表している。





鍵は実践、行動、
どうしたら活用できるのか試してみること。
両サイドに現れる14と5、
ところどころで見えてくるレッドのエネルギー、
一歩踏み出すはじまりの1と
タロットのⅠ マジシャンがおしえてくれる。



「かもしれない」への信頼とか
自分の感覚をいつだって信頼していたとしても
こうやって内側、魂の声が聞けると
また信頼が深まっていくね。


今日からB31ファウンテンのボトルとワークしていくよ。
それは、「魂が伸びをするスペースを与える・・」
なんてヴィッキーが言っていたけれど、
動き出す前にストレッチは重要なわけだから、
ここから始まることが見えてくる。


オーラソーマボトルと色と数字、
やっぱりおもしろい。
わたしにとって、自分といることに微笑むことを
オーラソーマはサポートしてくれるよ。






この2ヶ月くらい、選ぶボトルに変化があるような気がしていたのだけれど、
色味を変えて同じようなメッセージが戻ってきた。

B37地上に降りた守護天使
B55キリスト
B52レディナダ
B36慈悲心

から

B37地上に降りた守護天使
B112大天使イスラフェル
B23愛と光
B36慈悲心


3本目は同じピンクの質を持ちながら
ローズが添えられている。
そして、2本目はターコイズとロイヤルブルーというまったく別の色味に
キリストの情熱や目覚めのエネルギーをそのまま乗せて
大天使イスラフェルがやって来た。


繰り返しやってくるメッセージ、
あれこれ見せ方を変えながら
わたしがわたしに送るメッセージ。


こういうのに気がつくと
いつだってわたしを見てくれているわたしがいることに
ありがたく思う。
わたしを見守るあたたかい眼差しに
やさしい気持ちがやってくる。


いつだって投げ出さないでいてくれる。
それはこの数ヶ月とか、数年とか、この生だけでなくて、
いくつもの生を共にやってきてくれた内なる存在。






自分と共にあることに幸せを感じている。



4本目は未来からやってくるエネルギーというけれど、
ちょっとした気づき、
ちょっとした意識の変化によって、
わたしたちは未来からやってくるポジティブなエネルギーを受け取ることができる。


4本目は慈悲心
わたしはすでにそうしたスピリチュアルな愛を受け取っている。
いまそれに包まれている。


自分を織り成す一層一層、
一枚一枚の花びらのあたたかさを感じながら
新しい年も進んでいこうと思います。


2025もサンキューエブリワン!





感謝がいっぱいのとき、

それはいつもわたしのはじまりときの合図で

たくさんの感謝を感じながら、

わたしははじまりを感じているよ。



はじまりって言ったって

特別何かが変わるわけではないけれど

ただ内側ではじまりを感じてる。



うみわたれのブログがすっかり止まっていたことには

特別理由はないのだけれど、

ここに来て感じることは、

旅の移動の間にいたようなそんな感じがしているよ。



電車とかバスとか飛行機とか

そういう乗り物の中で

窓から見える景色、

車内で見られる光景や聞こえてくることに

何かしら感じてはいるのだけれど、

なんかちょっと遠いような他人事なかんじで

いまここに来て、

わたしは移動のギャップの中にいたのだと気づく。



そして、ここに降り立って

いま大きく伸びをして

はじまりを感じている。



あらゆることが通り過ぎていくことを

わたしは乗り物からの眺めているようで

そうした景色や光景から

何かしら感じてはいたのだけれど

それらを捕まえて言葉にすることができずにいたよ。



ここに書くとかってことだけではなくて

わたしの中でも言葉にならないままで

やってきたと思ったら

次の瞬間には見失っているような

そんなかんじを繰り返していたよ。



でもいまここに来て

わたしがはじまりを感じて

伸びをして、内側に広がりを感じているのなら

わたしにとって必要な時間であったのだと思う。



あの時のあの出来事がこう効いている、

あれがこの理解を助けている、

みたいなのはないのだけれど

ただわたしは自分を感じている。



あれ!

これ!って一部を指差して表現するのではなくて、

ただ全体を感じている。



はじまりっていったって

移動の間も

それはすでにはじまっていたわけで

あの地点が、この地点がって

どこか一部をはじまりの地点にするというよりは

自分を感じているこの瞬間に

全体を感じているこの瞬間に

わたしははじまりを感じている。



わたしが目にしようがしてまいが、

聞いていようがなかろうが、

通りすがりであれ、何であれ、

すべての存在が

いまここにいるわたしにはじまりを与えてくれる。

わたしの全体を感じさせてくれる。



だからはじまりといっしょに

感謝も共にやってくるんさ。

サンキューエブリワン!

やっぱりこれやね。




前のブログを振り返って

「ローズピンクを待ちながら」を

まんまとさせられてきたのだと気づく。



そういうのでいうと、

こうやって言葉にしておくことの

おもしろさがあるのだろうね。



はじまりを感じてるとか言いながら

こうしていくんだとかっていうのが

あるわけではないのだけれど

自分の自然さを許しながら過ごしていこうと思います。



サンキューエブリワン!
















新しく誕生したローズピンクのポマンダーは

まだ日本にやって来ないでいるけれど、

それを待つ時間がわたしのローズピンクへの気づきを深めているよ。



ローズの重なる花びらが作り出す影に

無条件の愛の理解が広がっていく。



自分を愛するということの背後に

自分自身の影も含めて受け入れるということがあるのだと、ローズピンクはおしえてくれる。



自分自身の影をやさしく抱くように存在するローズに

その美しさのわけを見る。

いいかんじのする自分自身だけでなく、

影やネガティブさも含めて受け入れる。



その存在を通して、

全体で在ることの美しさに

わたしたちは触れている。







嫉妬しているのだと誰かが涙した。

自分の中にあるネガティブさに

彼女は苦しんでいたけれど、

自分自身のネガティブさを抱きしめているようで、そこには影が彼女の美しさの一部に変容する可能性があった。



世界は変容する。

ネガティブさを隠したり、

否定したりではなくて、

それを受け入れ、解き放つ。



ローズが開いていけばいくほど、

影に光がもたらされるように

わたしたちが自分自身の影を受け入れるなら

それは光へと解き放たれる可能性がある。



きっと、ローズピンクがやってくるまでの時間は

わたしたちがわたしたち自身の影を見る時間なのだと

何であれ、わたしたちの意識の成長や変容の可能性をサポートしてくれるのだと

全体で在ることの素晴らしさをここでも受け取っているよ。



ローズピンクポマンダーの誕生に愛と祝福を・・

ローズピンクへの思いが、やさしい層を作っていく。

待つことのこのあたたかい心地を楽しみながら、

ローズピンクポマンダーがやって来るのを待っているよ。