藤沢文扇による音楽朗読劇のミュージカル化作品。2022年初演。

 

《あらすじ》

19世紀はまさに音楽に魅了された時代だった。

数多の音楽家が誕生し

人々はその才能を愛で

その美しい調べに酔いしれ

音楽が世界を支配したその時代に

突如として音楽史に登場し

音楽の世界を支配した漆黒のヴァイオリニストがいた

ニコロ・パガニーニ

彼には常にある噂がつきまとった。

悪魔と契約し、魂と引き換えに音楽を手に入れた・・・・と。

街外れの十字路で悪魔アムドゥスキアスと血の契約を結んだ彼は

100万曲の名曲の演奏と引き換えに、命をすり減らしてゆく事になる。

19世紀ヨーロッパの華麗なる音楽黄金期を舞台に

音楽を司る悪魔と

悪魔のヴァイオリニストと呼ばれた男が奏でるメロディーは

ヨーロッパを

そして世界を熱狂させてゆく・・・

公式HPより)

 

初演は観ていないので今回が初見。オリジナルミュージカルということで、色々なポイントから感想を。

 

・音楽

ミュージカルは何といっても音楽!!音楽がダメだと全部だめ!と思っているのだが、本作は素晴らしかった。日本で作られるオリジナルミュージカルは大抵①複雑すぎてメロディラインが印象に残らない②歌謡曲とかJ-POPっぽくなるのどちらかというイメージがあるのだが、本作のナンバーは印象的なメロディラインは残しつつも、ベタにならずしっかり複雑さも残すクラシカルな厚みがあった。しかも、多ジャンルにわたるバラエティ豊かなアレンジも高レベル。基本的に歌は皆上手なのでフラストレーションが溜まることもなく、しっかりとミュージカルを堪能できた。

 

ただし、歌詞については字余りというか、無理やりはめ込んでいると感じる流れの悪いパートが多々あった。言葉ありきで作っているからなのだと思うのだが、もう少しこなれた歌いまわしになるように練ってほしい。歌に言葉を多く載せているので、芝居パートと歌パート!とガッチリ分かれてしまう音楽劇風になっていないという良い点もあるものの、もう少しスムーズに工夫すれば気にならなくなると思う。

 

・ストーリー

発想は面白いし、ストーリー自体も引き込まれる。ただ、ボヤけてしまっていると感じる点も。例えば、パガニーニが悪魔以外に演奏を捧げると身近な誰かが死ぬという罰があるのであれば、それをもうちょっと協調してほしい。さらにいうと、正直言ってジプシー(アーシャ)の役は必要ないのでは?演じる有沙瞳は可憐で歌唱力もあって良かったのだが、彼女の存在意義が希薄な気がした。

 

街中で演奏する彼女の才能をパガニーニが見つけたという出会いでもないので、そもそも彼女に音楽の才能があるのかどうか、彼女が音楽に対してどれほどの情熱があるのかがよくわからない。パガニーニの人間らしい側面を引き出す存在としてはアルマンドもいるので、彼女が必要不可欠だとも思えない。その割に存在感はあるので私にとってはややノイズに思えた(演じている役者が悪いわけではないよ)。

 

そして何と言っても、彼女がいるせいでエリザの存在感が薄れていると思う。1幕は母親、2幕はエリザがフィーチャーされて苦しみを表現するという構成になっているのだと思うが、エリザとアーシャがヒロインポジションでかち合ってしまっている。それよりもエリザにもっとシーンを割いた方がいいのではないだろうか。少なくとも、エリザとパガニーニの出会いのシーンは入れてほしかった。一方で、母親の描写は見事。2幕の登場の仕方も良くて、献身的な母親と毒親との微妙なラインを示しつつ、深い愛と誇り高き母親の尊厳を見せつけて退場する堂々とした設定に唸った。

 

・世界観

個人的にはそんなに好みではないものの、ああいったゴシック調?というのかな?のヨーロッパ的な雰囲気は刺さる人には刺さるだろう。もうちょっと衣裳替えしてくれてもいいかなあとも思いつつ(特に若い頃と中年以降のパガニーニ。あれ?もしかしてあれって衣裳変えてたりするの?)、雰囲気があって安っぽさがない作り込みなのはとても良いと思う。

 

・キャスト

中川晃教や春野寿美礼など手練れ揃いなので、聞きごたえがある。今回初めて観たエリザ役の元榮菜摘も実力をいかんなく発揮していて好印象(ただ、どうしてもファムファタールには見えなかったけど。とても真面目そう)。パガニーニ役の木内健人も声がしっかり出ていて良かったのだが、なんだろうなあ。何が中川晃教や春野寿美礼といった人たちの歌と違うんだろう。これは木内健人が下手なんじゃなくて、中川・春野らが特別っていうことなんだろうけど、音符や楽譜ではなくて「音楽」として降ってくるように歌っているというあの感じ?それこそ悪魔がパガニーニに授けた才能こそが、そういうものなんだよっていうことなのかもしれないけど。