呪われた一家と呼ばれたフリッツ・フォン・エリックと息子たちの悲劇を描いた作品。A24製作。

 

伝説的なプロレスラーである父に育てられたケビン、デヴィッド、ケリー、マイクの4人の兄弟。ケビンとデヴィッドは父と同じプロレスラーに、ケリーは円盤投げの選手となりオリンピック出場を目指していた。父の悲願である世界ヘビー級王者になるべく邁進する兄弟たちだったが……。

 

次々と悲劇に見舞われた兄弟たちだが、実はもう一人末っ子がいる。しかし、末っ子も同じように悲劇的な人生を歩んでいたために映画化ではカットしたらしい。悲劇が重なりすぎてるからカットってどんだけ気の毒なの……。

 

とてもエモーショナルで見ごたえがある作品だった。『パスト ライブス 再会』とは別のベクトルのエモさで、『パストライブス』が街並みの映り方やライティングを計算しつくした完璧な構図だったのに対して、本作はとにかく人物に寄りまくったショットが目立った。どのシーンでも思いっきり人物に寄っていて、表情はもちろん肉体を克明に捉えていく。キャストたちは徹底的に鍛え上げているのだが、顔の表情だけではなくて、その肉体に刻まれた家族の歴史やプレッシャーも徹底的に拾い上げようとしているかのようで、常に圧迫感がある映像が特徴的。ミケランジェロの作品を見ているときのような感覚というか。すごく有機的なビジュアルイメージがバーンと迫ってくる。

 

とても仲が良い兄弟たちと幸せな一家。しかし、デヴィッドの死を皮切りに次から次へと不幸に襲われていく一家。その裏には、自分の望みを叶えるために期待するだけ期待し、強制するだけ強制しておいて肝心の部分では放任する父親と、肝心な部分ですべて宗教的な論理に回収して突き放してしまう母親という問題があった。両親を敢えて悪者然とは描かずに、少しずつ蓄積されていく澱のように息子たちそれぞれの心の奥底が侵食されていくという描き方が上手い。同じシーンでもひとりひとりが細かい表情の芝居を行っており、兄弟間の力関係や愛情、父親からの期待値の差、それぞれが本当に求めているものなどが、台詞以外の部分でも伝わるように構成されていた。それだけに、父親と話す際は字幕も敬語にした方が良かったかなと思った。必ず「Sir」をつけて応答していたし、父親と話すときは固くなるのだがその感じがあの字幕だと伝わりにくいかなと。

 

めちゃくちゃ身体を大きくしつつ、真面目で繊細な雰囲気を丁寧に演じたザック・エフロンも良かったし、最初の方は周辺にいてあまり感情を見せないものの、後半に行くに従ってどんどん葛藤や苦しみを滲ませていったジェレミー・アレン・ホワイトも素晴らしかった。トクシック・マスキュリニティの解体という重要なテーマを、この二人が十分すぎるほど説得力を持って表現していたと思う。

 

あと、あの兄弟の空気感が「本物」に見えたのが凄い。リアリティラインを超える終盤のあのシークエンスも良い塩梅で、自然と涙が零れてしまった。とても辛いが、A24にしては珍しく誰にでも薦められるまっすぐな良作。