カンヌ映画祭グランプリ作品。

 

フィンランド人留学生のラウラは、ムルマンスクにあるペトログリフを観るために一人寝台列車に乗り込む。本当は恋人と行くはずの旅行だったが、恋人が仕事で行けなくなったために一人になったのだった。2等のコンパートメントで同室になったのは、粗野な若者リョーハ。酒に酔って失礼なことを言ってきた彼に腹を立てたラウラは旅を止めようと思うのだが……。

 

最悪の出会いをした男女が距離を縮めていくという王道のストーリーでありながら、いわゆる恋愛映画とは一線を画す作品。荒涼としたロシアの大地を走る薄暗い列車と、生活感たっぷりのコンパートメントの室内。たまに外に出ても景色は雪深く、灰色の空が低く垂れこめるばかり。スクリーンから滲み出てくるような冷たい空気が、いいようのない孤独を掻き立てる。

 

控えめだが意志の強そうなラウラは、ロシア語が堪能なフィンランド人として「異邦人」であり続ける。年上で人気者の恋人と2人のときは感じられる幸せも、大勢と一緒にいたり恋人と離れているときにはどどうしようもなく不安になる。淡々としていて決して饒舌ではない語り口なのに、まだ大学生の若い主人公の内に秘めたエネルギーと感情が徐々に満ちてくるのがわかる。

 

教養ある大学生のラウラと、労働者階級のリョーハは本来であれば交わることがない階層にいる。しかし、コンパートメントという密室で共に過ごすうちに、喜怒哀楽のすべての感情を味わうことになる。反発、共感、友情、そして仄かな恋愛感情。偶然にも同じ目的地を目指すことになった2人が、不器用に近づいたり離れたりする様子は微笑ましく愛おしい。

 

ラウラはカセットテープで音楽を聴き、ビデオテープで映像を記録している。スマホで簡単に写真が取れたり、常に恋人と連絡が取れる時代ではないことが、ラウラの孤独や一期一会の尊さを際立たせる。外界からの情報は人間と新聞だけ……世界から切り離されてしまったような列車の旅はどこか現実感が薄く、だからこそ本質的な感じがする。

 

旅を描いた映画なのに、目に映るものはまったく美しくない。見たことがないような吹雪も、全然疲れが取れなさそうな寝具も、まるで美味しそうに見えない食堂車も、なんだかよくわからない酒も、やたらと不愛想なスタッフも、暗くて湿っぽい家屋の中も、「暮らしづらそうだなあ」という感想を抱かせる。それでも、ラウラとリョーハの間に生まれたケミストリーは圧倒的に「本物」で、圧倒的に美しい。こんなに行きたくないなあと思わせるのに、こんなにも素敵だなあと感じさせる旅映画がいまだかつてあっただろうか。傑作。

 

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