アラフォー シングルマザーのミケです。
日本在住 国際結婚して13年。
アジア出身の元夫(ケン)は
自国の女とW不倫して国に帰りました。
公正証書なし、協議離婚して
パートからフルタイムへ転職。
再出発して子供と幸せになりたい。
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自己紹介 | 国際結婚で裏切られたサレ妻ミケの再出発
離婚までの時系列![]()
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時系列まとめ 不倫発覚から離婚まで | 国際結婚で裏切られたサレ妻ミケの再出発
元夫、ケンについて![]()
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2025年夏休み、私は娘を連れて実家に帰省していました。
これは毎年恒例です。
帰省当日は夜に着いたため、私は明日どうやって切り出そう・・
実家初日、あまり眠れませんでした。
次の日、朝掃除をしている時に、母がふと外国の人が日本で暮らすのは大変よね
的な話題を出しました。
(特にケンのことを言ったわけではなく、何かテレビで見たことだった気がします。この辺記憶があやふやです。)
私は、母に
「そうなんだよ。実はケンもね。もう日本で暮らすのは無理。
国に帰りたいと言ってきたから、多分国に帰ることになると思う」
話しながら途中で泣けてきました。
母は、私にティッシュを差しだしながら
「そう、あなたも大変ね。
でもやっぱり外国人が日本で生きていくのは大変よね。
日本で働いても生活は楽になるわけじゃないしね。厳しいもんね」
と言いました。
私は続けて、ケンが今鬱っぽいこと、
話さなくなったこと(無視されているとは言えませんでした。)
きっと日本の生活に疲れているように見えるから、
国に帰った方がいいことをケンをフォローしながら伝えました。
しばらくして母が、
「ねぇ、国に帰るって離婚っていうこと?」
と聞いてきました。
もし、私が泣かずに冗談めかして
「いや~やっぱり日本の生活難しくってね、
ケンは帰るけど私と娘は時々ケンの国に遊びに行くわ!」
くらいあっけらかんと言えたら、母の口から離婚
という言葉は出なかったのだと思いますが、
恐らく私の表情、雰囲気からただ事ではないと感じたのだと思います。
ケンと夫婦喧嘩してから私は笑えなくなっていました。
私は、ケンとの仲が険悪になっても、
ケンに国に帰ってもいいよと言ったときも、
離婚することは想定していませんでした。
国に帰って、養生したらまた元のような夫婦関係に戻れると信じていたからです。
私はきっぱりと母に
「いや、離婚するわけじゃないよ。
前みたいに単身赴任のようなもの。
ケンもしばらくは国に帰りたいって言っているだけだから」
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↑しばらく帰りたいについては本当に言っていたことで、
国に戻って、また日本で働ける機会があれば戻ってきたい
と言うような発言を喧嘩の時にしていました。
まぁ、ケンのなかではきっと女を連れて一緒に日本に戻って暮らし、
キャー
日本語話せるの?すごい!
日本のこと何でも知ってるのね!
とおだてられるお花畑を描いていたのだと思います。
ケンと13年一緒に暮らしていた私には容易に想像できました。
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母は私に、
「なら今後どうやって暮らしていくか考えないといけないね。
大変だよ。一人で子供を育てるのは。」
と言い、私は正社員の仕事を今探しているところ。
ケンも国に戻って仕送りを送ってくる予定だと伝えました。
この頃から両親は私のことをとても心配するようになったと思います。
両親にとっても、2025年夏から現在までの期間は、普通の穏やかな老後を暮らす夫婦なら経験しなくてもいい心配と苦労をすることになります。
母に話して数日後、母は私に
「お父さんにも話しておきなさい。大事な話なんだから」
と言いました。
母はすでに私がいないところで父に話をしていたと思いますが、私の口から父に伝えたほうがいいということで言ってきたのだと思います。
父にも二人の時に伝えたところ、
「それはシングルになるということじゃないのか?
ケン君の仕事がきついというなら、それを解決して日本で快適に暮らしていけるように考えたほうがいいのではないか。
働いている人はそういうことを言っていい権利がある。
仕事の負担が大きい、嫌なことがあるならそれを会社に言うべきだ。」
男親ということもあり、私の良き相談相手Kさんと同じ意見でした。
私は、ケンから
もう愛していない
君に何の感情もない
と言われているようなこと、
無視されていることはもちろん言えませんでした。
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