母親失格② | 兄からの暴力に耐えた20年~心の叫び~

兄からの暴力に耐えた20年~心の叫び~

アラフォー、2児の子を持つ既婚者です。
70代になった両親及び兄のこと、ずっと心に蓋をしてきたのですが、彼らの死を予感する年齢になり、幼少期からの心のオモリを誰に叫べばいいのかとウツウツとしている自分に気付き、ここでひっそりと書いてみようと思いました。

 

我が家は転勤族でした。

下手すると1年で転勤もありました。

 

母親になって思ったこと。

 

ありえない。

 

父についていくためとはいえ、情緒不安定な子であるならばなおさら、1年ごとの転校などさせられるわけない。

たとえ浮気されようが離婚されて路頭に迷おうが、我が子ためなら、転校はさせません、単身赴任してください。と、言うべきだったと思う。

それができない心の弱い母、誰かに依存してしか生きていけない母。

 

例え貧乏でおもちゃが買えなくとも、どこへ連れていくことが出来なくても、心から子供に寄り添い・いざという時は強く子供を守ってくれる母、それが一番の母親だと私は思います。

 

私の母は、父の飼い犬のようでした。

 

父が帰宅するまでは、兄の暴力がおきないように最善の注意を払って生活し、兄が父と絶縁状態で不仲な為「パパなんて帰ってこなければいいのに~」と口では言いながら、実際父が帰るときは、玄関で三つ指そろえて待っている良妻になり変わります。

 

どちらが本当の母なのか、、、まだ二枚舌など知らない無垢な私は、父が怒ると面倒だからそうしているのだな・本当は父のことなんて面倒で嫌いなんだな・・・と信じていましたが。

 

今思うに、単に”女”だったんです。

いつまでも父に対して、”いい女”でいたかったのだと思います。

なので、父の言うことはなんでも聞きます。

本当に飼い犬のようでした。

そしていい妻をしていれば、優雅な暮らしが続くと信じているようでした。(兄の暴力はとっくにないことにされているようで、現実とのギャップに苦しんでいるのは私だけでした。)

 

良い母親になることと、良い妻でいること、

どちらが大事なのか・・・

迷う余地など私には一切ないのですが、

母は私とは反対のようでした。