
99年に起きた、茨城県東海村での臨界事故で
大量の放射線を浴びて亡くなられた作業員の方がいらっしゃいましたが
そのうちのお一人への
治療の記録です。
当時の報道で(うろ覚えなのですが)ヒロシマ・ナガサキの何十倍もの被ばく量で
まず助からないだろう、という見方ながら2か月以上治療されていて
「なんだか、それもつらそうだなあ」
と思っていたのを覚えています。
その「つらそう」な日々が細かく記されていて
涙なしには読めません。
おもに記録されているのは、
大内さんという、被曝された3名の中で最も被ばく量の多かった方について。
あの事故のとき、本来の作業工程を逸脱して
安全性を軽視したプロセスが臨界事故を招いたと報道されていて
(その通りなのですが)
実は、私の印象としては、
(大変お気の毒ではありますが)被曝された3人の方にも責任がある?
みたいな感じを持っていたのですが
大内さんは、その日にその現場に派遣されたばかりで
まだ、その作業に対する危険性について十分な説明も受けていなかったのだそう。
福島のことでも感じますが
現場の第一線で作業をする人の安全性が、なぜ、そんなに軽視されてしまっているのでしょうか?
読んでいて驚いたのはもうひとつ
被爆当時、大石さんにはまだ十分意識があって
家族や医療の現場の方とお話ができていたということ。
そんな目にあいながら周囲の人に気を遣って
冗談を言って場を和ませたりされていたのだそうです。
助かる見込みのなさそうな人を、2か月以上延命させるのも残酷…?
と思っていたのですが、
現場の雰囲気としては、大石さんが元気だったので
「もしかして、助けられるかも」という思いが、強くあったようです。
そんな、強い思いも、容体が悪化するにつれ
悩みや迷いに変わっていきます。
「このまま治療を続けるのは、彼を苦しめるだけではないか?」
「医療従事者として、治療を断念することなんて、許されない」
「もう一度だけ、ご家族と会話ができるようにしてあげたい」
亡くなられた後のインタビューでも、未だに答えが出せないという看護師さんもいらっしゃいました。
でも、ご家族は最期まで、奇跡を信じられていたようです。
当時、報道でただ聞いていて
ぼんやり「つらそうだな~」と思っていただけの出来事でしたが
そのお一人の、数か月の壮絶さや苦しみが
あまりに大きくて深くて、
(多くの事件や事故がそうなのでしょうが)
自分の普段の想像力の薄さが情けなくなります。
気をつけよう、と思いました。
安全性を軽視したがための事故って
よく起こりますが
それは、事故が起きた時に
犠牲になるものへの想像力の欠如から起こる
ことだと思います。
気をつけよう。