突然ですが
「自分に自信」
ってありますか?
ここでいう「自信」っていうのは
言い換えると
「自己肯定感」なのですが
アタシは多分
めっちゃ「自己肯定感」の低いヤツです
調子のいいときはいいんだけど
なんか気がかりがあったら、とことん落ち込むタイプ
ずっとモヤモヤしてしまうんだけどね、
こんなに延々と同じことを考えてしまうのは常に
「アタシは必要とされてるんかな」っていう不安があるからなんだよね
そして、ホントのキモチって至極単純なものでね
「さびしい」
これに尽きるんだよね
以前のブログに書いていた記事を久々に読んだ
それがコチラ
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ほんの些細なことで、寂しさが襲ってきてしまう
自分は多分、アダルトチルドレンだと思う
特徴的には「マスコット」タイプのようだ
マスコット(ピエロ、クラウン、道化師):おどけた仮面を被って不安を隠してきたタイプ
外面 - 過度にかわいく子どもっぽい、家族の笑いと関心の対象、
か弱くて保護を必要とする
内面 - 自己評価が低い、恐れ、孤独、無力感
言動 - ふざけ、ユーモア
弱点 - ひょうきん、ストレス処理が下手、いつもヒステリー寸前
長所 - 人あたりがいい、良き友人となる、頭の回転が速い、
ユーモアのセンスがある、有能
外面の特徴は当たってないけれど、そのほかの特徴は思い当たる節ばかりだ
長所に関しては、他者評価が必要だから何とも言えないが
去年の末に自分自身の内面に気付き、それ以来、良くも悪しくもココロのテリトリーがハッキリして、ずいぶん生きやすくなったと思っていた
確かにそうではあるのだけど、時折胸の中にムクムクと黒い塊みたいなものが湧き上がってくる
自分にとって大切な相手が、自分のキモチとズレているな、と感じた瞬間に
自分の成育歴は、多分周りからはなんら問題ないように見えるだろう
しかし子供の頃の自分は、いつも寂しかった
自分で言うのも何だが、子供の頃の自分は出来が良かった
それ故なのか、自分は母に褒められた記憶が無い
どんなに頑張っても、どんなに結果を残せても、出来てアタリマエで更なる課題が待っていた
出来なければ叱咤され、母の思惑と違う所があれば無視されたりもした
少々特殊な家庭環境だったので、今思えば母もいっぱいいっぱいだったことは容易に想像できる
でも幼い頃の自分には、そこまでの「大人の事情」を察することはできるはずもなかった
子供の頃の自分は、母の一番になりたいと思っていた
どんなに厳しい母でも、やっぱり自分の中では一番の人だったからだ
しかし状況的に、その願いは叶わなかった
母以外の人は、多分褒めてくれていると思うのだけど、その記憶すら飛んでしまうほどに自己肯定感は低くなった
そしてもともと持ち合わせていたマイノリティな部分で、周囲とのズレも少なからずあったので、ますます自分も他人も信じられなくなっていった
子供の頃のこういうキモチが、大人になった今でも大きな影響がある、というのは身を持って実感できる
自分には大切にしたい人がいて、その人たちと心が通じ合っていて、とてもいい関係を築けていると思う
なのに、ほんの些細なことで自分に自信がなくなってしまう。
相手が自分を好きでいてくれているのか不安でしょうがなくなってしまう
確かめたいのに確かめる術もなくて、「もし好きじゃなくなってしまっても、仕方ない」と自分に言い聞かせてしまう
母の一番にさえなれなかった自分は、きっと誰の一番にもなれないよなって
そういう考え方、本当は良くないなあって思うんだけど、湧き上がってくる寂しさをどうすることもできない
どんなに自分というものが分かって生きやすくなったとしても、やっぱりココロの土台に根付いたものは簡単に覆すことは出来ないんだなって思う
しばらくはこの「寂しい」嵐に、じっと耐えて過ごさなくちゃな
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いやーー、ほんっとに全く変わってないよなぁ、自分っ!!
ここまで変わってないと、ちょっと笑えるくらいだわ💦
もうこうなったら、しんどいけど
「これが自分」ってコトで
丸ごと抱えてやらなきゃアカンってことなんだよなと
再認識させられました
実は今、「寂しん坊」モードです
ここ最近、ずっと延々と気がかりなことを考えては落ち込んでいました
悶々として楽しくないなーと今も思ってはいるけれど、
無理やり自分を納得させることはしないでおこう
それにしても
「他人がどう思おうとカンケーない、我が道を行く!!」っていう人が
アタシの周りにもいるけれど、
そういう人は、こういう悩みを抱えたりするんかなぁ
ま、そういう人は別の悩みを持ってたりするんだろうけどね