「私、いつもの店に顔だけ出して、そろそろ帰るね」
席を立つと、サオリは買って間もないであろう、ぴしっとした生地の深いグレイのワンピースの上に、黒のトレンチコートを羽織った。
「姉さん、待って!送りますよ。女性の一人歩きは危険ですから」
「いやいや、長尾とふたりで歩く方がキケンー!」奥から大声でヤジが飛ぶ。結婚式の四次会で、残った十数名は、皆んなすでに酔っ払っているか…寝ているかだ。
「長尾君、大丈夫よ。あなたがいないと盛り上がらないわよ?」
「いや、俺はじまる前あの店に寄って、鞄置いたままにしてるから、行かなきゃならないんだ」
「本当に?」
「そう、本当に。だから、行きましょ」
エレベーターの乗り口までエリと石野、それとマスターに見送られて、ふたりは乗り込んだ。
「あぁ、今日姉さんと飲めて良かった」
「私もよ、長尾君と飲むと、いつも飲みすぎちゃう」
小さな雑居ビルの四階から、一階までは、数秒で着いた。
「そと、寒いわね」
「俺があたためてあげたいー」
「じゃ、遠慮なく」サオリは肩を長尾の上腕に寄せた。
「危ないから、もう少し、こっちに寄って?」長尾が、車道側のサオリの腕を掴んで場所を入れ替える。
「やだ、男のひとと、指とゆびを絡めて夜歩くなんて、久しぶりだわ。何だかワルイコトしてるみたい」くすり、とサオリが微笑む。
「危ないですから、しっかり掴まえとかないと」
「大丈夫よ、私そんなヤワな女じゃないのよ?」週末の飲み屋街には、酔ったサラリーマン、キャバクラの客引き、若い男女のグループ、様々なひとたちがうごめいている。
「解かってないなあ、本当に」
「悪いけど、友達の間では男前で有名なのよ、私」つめたい夜風に肩まである髪をなびかせて、サオリは鼻に皺を寄せて笑った。
「姉さんはね、自分の魅力に全然気付いてない」
「あはははは、ありがとう。何か買って欲しいの?」
「いや、もう、本当に解かってないっ!」
すぐ、そこにお店が見えてるのに。
繁華街の暗闇。建物と建物のあいだの壁に、私は背中を押し付けられていた。
「姉さん、俺、彼女いるのに。姉さんはダンナさんがいるのに。なのに…」指とゆびを絡めたまんま、壁に組み伏せられた長尾君の手は、少しだけ、震えていた。
「いいのよ、私も、よ?」顎をあげて、長尾君の頬に、くちびるをつけた。あたたかくて、少しざらついた場所。
「よし!飲みなおそう!」体を店の入り口に向けるのに、動かない。違う、動けない。
「やだ。せっかく、こんな近くにいるのに」首を振るところが、愛らしいなあ、と思う。そこから、ゆっくり目を閉じると、唇とくちびるが、重なった。
「じゃ、飲みなおしましょ」にっこり笑って、心が動いているのを見透かされないように、わざとゆっくり喋る。
「いやだ、まだ、もう少し。もう一度…」そこからゆっくり、首を傾けて、力の抜けた長尾君の手から抜いた腕を首にまわして、少し長い、キスをした。
くちを離した途端、長尾君のこころが私の心の中に、すいっと入ってきたようで、怖かった。それを蹴散らすために、早く飲みなおしたかった。
ふたりでバーの重い扉を押して、長尾君の背中を見ながら、いつもの席に向かった。
「マスター、こんばんは。顔見に寄っちゃった」
「それは嬉しいねえ…あれ?サオリさん?」
「何?」マスターに向きなおすと、おしぼりを渡された。
「背中、真っ白ですよ?」
コートを脱ぐと、白壁のカケラが背骨のあたりにひっついていた。
私の手には、あたたかなおしぼり。
私の横には、頬を赤くした長尾君。
そんな、午前二時すこし前。
席を立つと、サオリは買って間もないであろう、ぴしっとした生地の深いグレイのワンピースの上に、黒のトレンチコートを羽織った。
「姉さん、待って!送りますよ。女性の一人歩きは危険ですから」
「いやいや、長尾とふたりで歩く方がキケンー!」奥から大声でヤジが飛ぶ。結婚式の四次会で、残った十数名は、皆んなすでに酔っ払っているか…寝ているかだ。
「長尾君、大丈夫よ。あなたがいないと盛り上がらないわよ?」
「いや、俺はじまる前あの店に寄って、鞄置いたままにしてるから、行かなきゃならないんだ」
「本当に?」
「そう、本当に。だから、行きましょ」
エレベーターの乗り口までエリと石野、それとマスターに見送られて、ふたりは乗り込んだ。
「あぁ、今日姉さんと飲めて良かった」
「私もよ、長尾君と飲むと、いつも飲みすぎちゃう」
小さな雑居ビルの四階から、一階までは、数秒で着いた。
「そと、寒いわね」
「俺があたためてあげたいー」
「じゃ、遠慮なく」サオリは肩を長尾の上腕に寄せた。
「危ないから、もう少し、こっちに寄って?」長尾が、車道側のサオリの腕を掴んで場所を入れ替える。
「やだ、男のひとと、指とゆびを絡めて夜歩くなんて、久しぶりだわ。何だかワルイコトしてるみたい」くすり、とサオリが微笑む。
「危ないですから、しっかり掴まえとかないと」
「大丈夫よ、私そんなヤワな女じゃないのよ?」週末の飲み屋街には、酔ったサラリーマン、キャバクラの客引き、若い男女のグループ、様々なひとたちがうごめいている。
「解かってないなあ、本当に」
「悪いけど、友達の間では男前で有名なのよ、私」つめたい夜風に肩まである髪をなびかせて、サオリは鼻に皺を寄せて笑った。
「姉さんはね、自分の魅力に全然気付いてない」
「あはははは、ありがとう。何か買って欲しいの?」
「いや、もう、本当に解かってないっ!」
すぐ、そこにお店が見えてるのに。
繁華街の暗闇。建物と建物のあいだの壁に、私は背中を押し付けられていた。
「姉さん、俺、彼女いるのに。姉さんはダンナさんがいるのに。なのに…」指とゆびを絡めたまんま、壁に組み伏せられた長尾君の手は、少しだけ、震えていた。
「いいのよ、私も、よ?」顎をあげて、長尾君の頬に、くちびるをつけた。あたたかくて、少しざらついた場所。
「よし!飲みなおそう!」体を店の入り口に向けるのに、動かない。違う、動けない。
「やだ。せっかく、こんな近くにいるのに」首を振るところが、愛らしいなあ、と思う。そこから、ゆっくり目を閉じると、唇とくちびるが、重なった。
「じゃ、飲みなおしましょ」にっこり笑って、心が動いているのを見透かされないように、わざとゆっくり喋る。
「いやだ、まだ、もう少し。もう一度…」そこからゆっくり、首を傾けて、力の抜けた長尾君の手から抜いた腕を首にまわして、少し長い、キスをした。
くちを離した途端、長尾君のこころが私の心の中に、すいっと入ってきたようで、怖かった。それを蹴散らすために、早く飲みなおしたかった。
ふたりでバーの重い扉を押して、長尾君の背中を見ながら、いつもの席に向かった。
「マスター、こんばんは。顔見に寄っちゃった」
「それは嬉しいねえ…あれ?サオリさん?」
「何?」マスターに向きなおすと、おしぼりを渡された。
「背中、真っ白ですよ?」
コートを脱ぐと、白壁のカケラが背骨のあたりにひっついていた。
私の手には、あたたかなおしぼり。
私の横には、頬を赤くした長尾君。
そんな、午前二時すこし前。