リビングの時計を見上げると午前10時47分だった。
ここ数週間は、本当に忙しかったけれど 今日は久しぶりの一日オフ。
早く家の掃除をして、出かけよう。
林君の誕生日プレゼントも買わなきゃいけないし、久しぶりに近くの温泉でゆったりするのもいいなぁ。
寝室のフローリングにモップをかけ終わったところで、携帯電話が鳴る。
昨日問い合わせのあったクライアントさんかもしれない。
ぱたぱた、とスリッパの音をたてながら走って、ダイニングテーブルの上にある電話を取る。
「もしもし?」
「もしもしー?」
どきり。と心臓が勝手に大きく脈打つ。
「あぁ、あなたね」
「誰だと思ったんだ?そんなよそ行きの声出して」
そう言ってから、くっくっくっ と笑い声が聞こえる。
どうして、あなたは解かるんだろう。
仕事中でもなく、友達とランチしている時でもなく、家族と過ごしている時間でもなく、私が電話に出れる瞬間を。
「笑わないで!クライアントさんと思ったから、営業用の声で出ちゃったのよ」
「じゃあ、俺にも営業用で話してよ」
ばかばかばか。
本格的に、このひとは私のあげ足を取るのがすきなんだ。
「俺さぁ、来週行くよ。福岡に」
「は?」
「なんかなぁ、面倒臭いけど研修受けなきゃいけないらしくて」
「来週のいつ?」
「週末に。ホテルは博多駅のすぐそばだからさ、酒でも飲むか?」
「ええと、その日は仕事だから・・・」
「早く着いたら、適当に時間潰しとくよ。じゃ、来週はよろしく」
電話は切れた。
私は、つっ立って携帯を耳に当てたまま、あなたの空間からあっという間にリビングに戻される。
唐突に、遠く離れたあのひとと繋がって
突然の、強引なヤクソク。
あなたの急で押しの強いところに、私はいつもとっても困るんだけど、そこがとっても好きなんだと思う。
このひとは急に現れて、私の心と体を震わすの。
別れて十年以上経つ今でさえも。
どうしよう。
気持ちは決まってるの。
逢いたいって。
どうしよう。
でもね、考えてみて?
逢うのは五年振りよ?
どうしよう。
ええと、こういう場合って
何を着て行けばいいんだろう?
それに、どこへ行くの?
今更わたしたち 、ふたりきりでホウロウするの?
ガレージに、冷たくてゆるい風が ふぅっと吹き込んで 隣の柿の木から振ってきた葉っぱたちが カサカサ音を立てている。
窓から見えるお隣の庭になっている柿の実は、淡いオレンジ色でまだ熟していなかった。