抑制されると、欲望が膨らむのはどうしてだろう?

 例えば、いつも口説いてくるひとがその日は何も言ってこなかったりする事だとか。

 セックスの最中に「声を出しちゃだめだよ」って言われると、自分の声とは思えないような声が漏れてしまう事とか。

 たっぷりいちごの入ったロールケーキを買いにその店に行ったはずなのに“売り切れ”のプレートを見た途端、売り切れたチーズケーキが猛烈に食べたくなる事だとか。

 彼女が出来た途端、つまんないと思ってた男がイイオトコに見えたりする事だとか。

 できない。と思うと、反吐が出そうな位セックスしたくなる事とか。

 真面目なのか、不真面目なのか?

 貪欲なのか、少欲なのか?

 ないものねだりなのか、ひねくれているのか?

 答えは出ないけれど、抑制を経て得た快楽はハーゲンダッツのアイスクリームより甘くて、ウォッカトニックをダブルで飲むよりも私の脳をどろどろにするという事は確かだ。

 だけど、手に入れた先には?
 虚しさに襲われるのか?
 新たな欲望に襲われるのか?
 或いは、自分自身に襲われて飲み込まれてしまうのかもしれない。
 ネクタイを、立ち止まってから少し緩める会社員。

 重い荷物を軽々と持ち上げてしまう同僚のオトコノコ。

 顎を上へあげて、ペットボトルの中の液体を飲み干す学生。

 ハンドルを握り、前を向いたままアクセルを少し踏み込んだ時のあのひと。

 頭は振らずにシェイカーを振る、バーテンダー。

 バリトンサックスを、汗を飛ばしながら演奏するあの男。

 無精ひげが、オフの日にだけ微妙に伸びてるデキる男。

 車の窓を拭いてくれた、ガススタにいるつなぎを着たバイトの子。

 
 -日常生活は、誘惑に溢れている。

路面店の並ぶ大名あたりを普通に歩いていて、ふいにキスをされた。

あのひとから、はじめて。

なまあたたかくてやわらかな、くちびるを。

私のものでない、あのひと。

あのひとのものでない、私。


夢を見ただけなのに、後ろめたい気持ちになる。

ただ、夢の中でキスしただけなのに。


そんな風にはじまった一日。

忙しい筈なのに、信号待ちで停車した時。職場の机で頬づえをついた時。ふと、どんより曇り空を見あげた時。

折りにふれ、あのひとを思い出す。


私には届かない、あのひとなのに。