27日夜。
早めに就寝するも、眠れず。
何度も夜中に時計を確認しては、
暗示のように「眠れ眠れ」を心の中で繰り返し。
28日。
4時半起床。
あまり眠れなかった。
まだ薄暗い中、身支度を整え、島田市へ。
この日は、島田・大井川マラソン大会。
「マラソン100選」に選ばれる、高評価マラソン。
折りしも、10月中旬に送られてきた、
東京マラソンの結果は、落選。
また。
まただよ。
いいかげん、当たりたい。
5回落ちたら、1回は優先にならないかな。
もう、歳も歳だしね。
前回参加のは、前代未聞の大問題になった、
新東名マラソン。
新東名高速道路が開通する前の、
高速道路を使った、1度きりのマラソン大会。
大変お粗末、というより、命にかかわる大会となり、
予定していたTV放送も、地獄絵図となり、放送見合せとなり
県知事が陳謝したほど。
いや、私も死ぬかと思ったよ。
ということで?
さかのぼる去年の11月の話。
沼津から富士市、富士宮市と走るマラソン大会。
大会前日が、ものすごい豪雨で。
開催が危ぶまれたが、当日は台風一過のような、快晴。
11月なのに、夏日。
なので、熱中症対策が、必要となった。
といっても、私はサプリ、飴くらいしか持たず、
9時開始。
富士山が青空にはえて、美しい。
そして、5キロ走ったところで、給水所があるはずが
6.5キロほどに設置と、予定よりずれていた。
ここで、まずペースが乱れて。
でも、ペットボトルを受け取り、給水できた。
次は10キロ。
でも、そこにはなく、11~12キロ地点?
紙コップで少量の水を受け取った。
日差しが強く、かなりペースダウン。
そして15キロ地点の給水所。
「給水ありません。先に進んでください。」
まじ?まじか? 暑いのに、それは無理でしょう?
しかし、係員は「先に行け」の一点張り。
17キロ、脱水症状による、筋肉痙攣。
いそいでサプリをとった。
20キロ。
給水ナシ。
ほとんどの人が文句を言うが、
「水は無い。」との返事。
夏日のマラソンで?水が無い?
もうろうとしながら、歩きましたよ。
普通なら、どこでも水や自販機がある。
でも、そこは、開通前の、高速道路。
わき道も無い。
民家も無い。
めぐんでくれる、人もいない。
延々と続く、アスファルト。
逃げ場もない。
22キロ。救護施設に飛び込むも、
水はなし。非常用もない。
リタイアしたところで、迎えは4時間後と言われる。
一方通行の高速道路だから、
マラソン中のピックアップは、無理なんだって。
たまらず、雨水を飲む人も出てきた。
路上には、倒れこむ、人、人、人。
でも、救護の手が足りない。
コールドスプレーも、品切れ。ありえない。
22・5キロ。
ようやく、震災用タンク到着。
みな、紙コップが無いので、
「水~」「水~」と、手を差し出し、
手のひらにもらう。
ほんの3口ほど。足りない。
(トンネルがオアシス)
その後、歩いていると、紙コップがもらえ、
ようやく水分が運ばれ始めてきた。
しかし、一人1杯の制限。
マラソンで水制限は、ありえない。
そして、あるはずの給食も無い。
バナナとお茶飴くらい?
そんなこんなで、
原爆投下後の地獄絵図を思い浮かべながら、
倒れている人の横を ふらふらと歩いて、ゴール。
ゴール後は、ペットボトルの支給がある予定。
ところが、給水所に持っていったから、無いとの返事。
何のための、参加費1万円!?
買おうと売店用テントに行ったら、
売り切れ。当たり前だ。
そして、開通していないから、サービスエリアにも、水は無い。
水道も、まだきていない。
とにかく、水が無い。
ほんと、まじで死ぬかと思った。
なんでも、前日の雨で、置いておいた、
紙コップが濡れちゃったんだって。
だから、ひしゃくで、手に配っていたら、
無くなっちゃったんだって。
当たり前だ。
でも、山の中の高速道路だから、
スーパーに行けなかったんだって。
お金も無かったんだって。
仕方が無かったんだって。
笑えない話。
タイムも最悪だった。
でも、富士山や茶畑や海がきれいで。
散歩としては、楽しかった。
つづく。





