心みねこです
 
 
 
昨日は初大阪Beトレに参加してきましたー
 
 
 
わたし、スゲー、遠慮してる(笑)
 
初めての場所、初めてお話するみなさま
 
シャイなわたしはどこまで入っていけば
 
いいのかわからず
 
遠慮してしまうのです
 
 
 
 
 
それが、人から見たらクールに
 
見えたりするんでしょうね
 
 
 
 
会って、話をすると
 
印象と随分違うと言われます。
 
バリバリ仕事をしてるように
 
見えるらしい
 
 
 
 
 
実際に話をすると
 
後者だね
 
ほんわかしてるとか
 
声が癒し系など
 
 
 
 
 
逆もまた然り
 
この人、きつそーと思ってたら
 
すごく気さくだったり
 
笑顔がキュートだったり
 
 
 
 
人って話をしてみないとわからないもんだね
 
 
 
自分がこう見られたいという
 
理想はあっても
 
相手はそうは見てない
 
見たいようにしか見ない
 
こう考えると
 
自分をこんなふうに見せたいは
 
無駄な努力だなぁニヤニヤ
 
 
 
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昨日の中身をざっと拾うと
 
大人って
 
子供の頃にできなかったことをすること




 
 大人になればなるほど自由度は上がるはず

確かに~~~~~~
 
 
 
 
 
なのに、なんで大人になるにつれて
 
自由度は下がり
 
窮屈な毎日を送っているのだろうか?
 
 
 
 
本来は、大人になったら
 
誰かへの遠慮もお金の使い方も
 
子供の頃より制限がなくなっているはず
 
 
 
 
子供の頃にできなかったことが
 
できるようになるはずなのです
 

 
 
 大人になるって
 
子供になること
 
 
 
 
つまり、大人になるにつれて
 
子供に還ること
 
 
 
 
それは、子供の頃にやり残したことを
 
やる




大人になって悪魔になること

大人になると世間で正しいことが

天使とされる

その逆

これをしてはいけないとされてきたことを

やること


 
 
遊ぶ、寝る、はしゃぐ、泣く、甘える
 
残す、頼る、駄々をこねる、わがまま
 
自己主張
 
天真爛漫、無邪気にふるまう
 
 
 
 
 
おっーーーー、書いててどれも
 
大人になるにつれて捨てて来たものばかり
 
 
 
 
 
取り戻していくと
 
自分の自由度が広がるんだと思う
 
 
 
 
 
取り戻すには
 
トライ&エラーをすればいいわけですが
 
 
 
 
 
が、今までの価値観はそんなに簡単に
 
手放せるものじゃない
 
 
 
 
子供に還ろうと言われても
 
そうそう簡単に切り離せるものでは
 
ないのです
 
 
 
 
 
なのに、こういうことを見聞きすると
 
今度はそれらをふるまえている人と
 
自分を較べて
 
「できてる」「できてない」の比較が始まる
 
 
 
 
 
ここが要らないのだぁと
 
つくづく思うわけです
 
 
 
 
 
どうやって切り離すかというと
 
それは、ひたすら自分を赦すこと
 
 
 
 
 
他の人と自分を較べて
 
うっすらと自分を裁いているのです
 
 
 
 
無邪気に振る舞えない自分を赦してもいい
 
話しかけれない自分を赦してもいい
 
甘えられない自分を赦してもいい
 
 
といった具合に
 
 
 
 
 
わたしたちは、もっともっと
 
自分が思っている以上に
 
自分への赦しが必要なのです