こころの水先案内人、心みねこですバラ





昨日はごくじょう・心のマッサージルームに

寄せられた相談にお答え






昨日は結構、相談者の方に言って欲しい言葉が

あったんだけど








ラジオって一方通行じゃん






どのくらい伝わってるのか

反応がよくわかんない

結構、ドキドキしながらお届けしてます焦る



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○ラジオネーム:愛色さんから

毎週、聴かせていただいております。

どうかよろしくお願いいたします。


わたしは、現在48歳、女性です。

幼い時の家族構成は、母と祖母と3人家族でした。

わたしは、足が右だけ6センチ短い、先天性の病気でうまれました。

今も、足は不自由なままです。





父親は、幼い時に、仕事がうまくいかず、

アルコール依存症になり、最後は首つり自殺してしまいました。

それを発見したのは祖母でした。

祖母は発狂し、母は病気になり・・・、毎日、地獄でした。





そんなわたしも、なんとか成長し、結婚をすることができたのですが・・・、

幸せもつかの間、夫が脳出血で寝たきりになってしまいました。

子どもは二人いますが、次女は知的障害を持ってうまれました。

これからも、死ぬまでつらい毎日です。





なぜ、わたしだけ、こんなに不幸なのでしょうか。

まわりの方々が、うらやましくて、うらやましくて、泣けてきます。

わたし自身、肝臓が悪くて、何をしても良くならず、死ぬかもしれません。

毎日、つらくて、おもしろくなくて・・・、生きるのがつらいです。

幸せな人がうらやましい。

うまれて来なければよかったと、思う日々です。

人並みの幸せを望み、結婚したら・・・、ますます不幸になってしまいました。

わたしでも、元気になれますか?





愛色さん、生れたときから、ハンディを背負ってきたし、

成長の過程でも、随分と不自由さを強いられてきましたね。







父親の首つり自殺、祖母はそのせいで発狂、母は病気。

世間で言うような明るい家庭どころか、

普通の家庭すらもほど遠い家庭に育ち

ご自身が書いているように毎日、地獄でしたね。






更に結婚はできたものの、夫は脳内出血、次女は知的障害・・

現在も肝臓が悪いとのこと、

体調も疲れやすくすぐれないですよね・・・






まさに次々と襲う不幸の連続、

なんで自分ばかりこんなに不幸なんだろう?






自分の人生は呪われていると感じることも、

しばしばあったことでしょう。







なんて悲惨な人生なんだろうと

何度も絶望の淵を味わったことでしょう。







これだけの辛酸を舐めてきたら、

自分以外の他人は全て幸せにみえるでしょうし、

羨ましく思うのも当然です。






自分なんか生まれてこなければよかったと

後悔もしたくなりますよね。







こうした環境で育つと、表面意識では、人並の幸せを望んでいながら、

無意識下ではそれが手に入ることを

あきらめてしまうという状態になっています。






人並の幸せが手に入ることが

自分にはとてもハードルが高いと感じている。







〝人並の幸せが簡単に手に入るはずがない”と

自分が信じてる状態ですので、

現実はその通りになっていきます。






人並の幸せが近づくと無意識下では、

違和感が生じ遠ざけてしまうのです。

なんとも皮肉ではありますが、

不幸な状態に陥ってはどこか安心もあって







「やっぱりわたしって不幸なんだ、

人並の幸せを求めるなんて無理なんだ」

「人並の幸せを求めちゃいけない」というパターンを

人生上、繰り返してしまいます。








これって、新築の住み心地のいい家に住み替えることも可能なのですが

長年、馴れしたしんだ、今にも崩れそうな

この住み心地の悪い古い家がどこか居心地がいいと

感じたりするのと似てます。






あるいは、あっちに行くと気持ちのいい温泉が湧いてるけど

こっちの血の池地獄がどっか気持ちええんですわーみたいな。

気持ち悪いし嫌なんだけどそこから抜け出すのにとても抵抗がある。






愛色さん、ちょっと口に出してみてくださいね。

「わたしは人並に幸せになってもいい」

いかがでしょうか?





「いいのかな?」「なれるはずない」という思いが湧いてきてませんか?




愛色さん、幸せになるって自分で決めていいんです。





「幸せになれない」と小さい頃、決めてしまったことを

大人になっても持ち続けていることを決め直せるんです。






わたしたちは人生においてシナリオを作っています。

心理学において人生脚本と呼ばれるものです。







わたしたちは自分が育ってくるプロセスで、

さまざまな災難がふりかかってきたときに

子どもながらに自分の身を守ろうとしてきました。

必死に対処しようとしてきました。







その中でたくさんの決め事をして、

たくさんの思い込みを作り上げていきます。






愛色さんの生い立ちは、

計り知れないほど辛い記憶だと思います。






当事者でなければわからない心の痛みがあることでしょう。




自分の人生のタイトルを「わたしは不幸な人」「幸せになれない人」と決めて、

過ごしてきたと思います。







これが人生のベースになっていると、

幸せなことがあっても土台が「不幸な人」と傾いているため

物事をまっすぐに受け取ることができません。

「幸せになれない」というサングラスをかけているようなもの






不幸の連続でありながらも、長女さんのことは書かれていませんが、

障害などもなく普通に育っているのではないでしょうか?

不幸な人生と思ってる中でも幸せがあるものです。







映画で例えるとわかりやすいです。

その映画には「不幸な人生」というタイトルがついています。

そうすると、登場する人物、家庭環境、健康状態、身の回りに起こる出来事

全てが不幸でなくては映画のストーリーは成り立ちません。






あるいは少し幸せだったかと思うと不幸が襲ってきます。

波乱を含んでいないと映画は盛り上がりません。

何がなんでも不幸でなくてはならないのです。






この人生のシナリオもタイトルは書き直すことが可能です。

自分で決めて修正していけるのです。



次のブログに続く





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ラジオネーム愛色さんからのご相談

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