ジュリアン・バトラーの真実の生涯 | うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

ベストセラーやポピュラーな本もいいけど、ちょっとつまらない、物足りない、
という人もいるでしょう。

このブログは、中世ファンタジーでなくても、魅力あるヒーローは作れることが実感できる
「黒ねこサンゴロウ」シリーズをみなさんに紹介するために開いております。

ジュリアン・バトラーの真実の生涯 川本直

 

小説構造を楽しむ本、だと思う。

 

内容を説明しないと以下が書けないし、

ネタバレしてもだいじょうぶだろうから書く。

(というか、それを知らないで読むと途中で戸惑うと思う)

 

主人公はジュリアン・バトラーとジョージ・ジョンの2人。

そのほか数人を除くと

登場人物はすべて実在の人物で

主に大戦後から1960年代にかけてのアメリカの著名な小説家たち。

出てくるのは実在の書籍だし、実際のできごと。

 

その中に非常に緻密に架空の人物を入れ込んでいるわけだ。

ジュリアン・バトラーもそういう小説家だった、という設定なので

架空の書籍が、もっともらしい人の訳で

実在する出版社(河出とか柏書房とか国書とか)から訳書が出ていることになっている。

 

巻末には10ページ以上にわたり、

参考文献が載っているんだが

架空の書籍のほかに実在の書籍がいっぱい混じっている。

(著者が相当いろんなものを読み込んだことがわかる、おそらく読んだんだろうけど)

「どこまでが架空?」かがわからなくて

前半を読んでいると気になって仕方なくなってくる。

(中盤まででその境界がだいたいわかるけど)

 

そういう構造がわかり、話が進行していく中盤以降、

ようやくおもしろさが出てくる。

(なので、前半だけで読みやめない方がいいと思う)

 

ジョージ・ジョンが書いた、ジュリアン・バトラーの生涯、

という体裁の部分(全体の4分の3)が終わると、

残り4分の1で、著者(川本直)と同名の人物が

まったく無名のジョージ・ジョンという人物の生涯

(ジュリアン・バトラーの死後)を明らかにしていく。

 

ここまで読んで、ようやく本書の全体構造がはっきりしてきて

そのつくりにうなってしまうわけ。

 

読み終わってみると、本書に描かれているのは

ジュリアン・バトラーというより、ジョージ・ジョンの生涯だな、と思える。

二人とも、自分の人生にわだかまりを持っている部分もあるようだが、

読後はそれぞれの人生に幸福感を感じる。

 

前半は構造の緻密さに気を取られるけど

結局は「人生」を書いた小説を読んだんだと思えるな。

 

それにしても一時期のアメリカ文学界の小説家たちが

細かく描かれているし、

そのほかの文学作品についての情報量がすごい。

いくつかの作中作(のあらすじ)のために、

ローマ、ギリシャ時代の知識もだいぶ必要だ。

そう考えると、巻末の参考文献こそが、

著者の作品と言えるのではないか、という気がしてくる。

 

著者は評論とノンフィクションを手掛けていて

小説は初めてだという。

しかし、今後も小説を書くのかな。

本書のようなものを書いたあとに。