もちろん、誰かと話すのは好きだし、意見が同じような人と出会ったり考え方が共感することに喜びは感じるけれど、一般的な人と比べたらその度合いは低いと思う
基本的には自分の殻にこもってあーでもないこーでもないと一人で考えるのが好き
いま、自分の考え方やものの見方をひとに喋りたい欲求があるけれど、これは単なる承認欲求であり、自己顕示欲に過ぎない
それは他人から認められ尊敬されたいが故のもの
その根底には競争心があり、火種は恐れ
だから、上手く伝わらなかったり理解されないと欠乏を感じる
そのような話をする機会がないことにも不満を覚える
つまり、いまの喋る目的は「自分ため」であるということ
でも、もしこれが「自分ため」ではなく「相手のため」になったなら、そこには今までと違った喜びがあるのだと思う
マッキーや黒斉さんのように、彼らのものの見方を知ることによって生きることが楽になったり自分らしく生きることを手助けできるようになったらとても嬉しいと思う
恐らく彼らがメッセージを発するのは「自分のため」ではなく「相手のため」なのだと思う
ただし、そこには義務感はないし自分を犠牲にしてる訳でもない
つまり、本人たちは自分のメッセージを伝えることそのものに喜びや好奇心を感じるからやっているのであって、かつ、それが誰かのためにもなっているということ
マズローの欲求五段階説で言えば、「利己」と「利他」が統合された「自己実現」という欲求からのもの
俺ももし、自分の考えを伝えることが承認欲求ではなく、「自己実現」というパラダイムになったら素敵だなと思う
とはいえ、冒頭にも書いた通り個人的なアイデンティティとしては引きこもりの自己中自己満タイプだから、そのことに本当に喜びを見出さない限りやりたいとは思わないし、ましてや現在のように承認欲求からくる自己顕示であるならば尚更そんなことはしなくないと思う
自分の考えを伝えることが「自己実現」となる日は来るのだろうか?