それは一期一会であり、出会うべき時に出会うべきカタチで出会うようにできている
俺は本を読む速度も遅いし、1つの本を読み終えたらしばらく間を空けないと次の本を読めない
例えば、「速読」
俺に言わせたらあれは、「できるだけ効率的にたくさんの女の子とデートしたい」と言ってるようなもの
ひとりひとりとゆっくりデートするよりも、たとえ関係性が浅くても可能な限りたくさんの女の子とデートをしたいと言っているように聞こえる
確かに次々に女の子とデートをすることのメリットもあるのだろうけれど、俺に言わせたらそれはファーストフードならぬファーストデート
俺はひとりひとりとの出会いをもっと大事にしたい
ふたつめのケースとしては、「欲望からくる読書」について
それはただ単に知識欲を満たしたいがための読書
もっと言えば、新しい知識をつけることで特別な人になり競争に勝とうとすること
もしくは、そうなることで他者から認められ尊敬されたいとすること
そこにはその本に対する純粋な「好奇心」や「興味」はない
ただ単に知識欲をにより欠乏を埋めたいだけ
こういうタイプの読書はたいていの場合読書に集中できないし、読んだ内容も身になることはない
これを人との出会いに例えるならば、
この場合は、「女の子とデートした」という事実が欲しいだけ
できるだけ素敵な女の子とデートできれば、それだけ自慢もできるしそんな自分を好きになれる
でも、欲しいのは「かわいい女の子とデートした」という結果だけ
デートそのものを楽しむこともなければ、女の子への興味や思いやりなんて無し
自分の欲求を女の子を利用して満たしたに過ぎない
みっつめのケースとしては、他人から本をプレゼントされたとき
もしくは、誰かがこの本がオススメですと推薦しているとき
これはまるで「この娘いい子だからデートしなよ」と連絡先を教えてもらったみたいなもの
肯定的に捉えたならば素敵な出会いのチャンス
否定的に捉えたならばしたくもないデートを無理強いさせられるともとれる
ただ、これに関しては実際に会うか会わないかは自分次第
もちろんこの場合、実際に会わなければどんなことが起こるかはわからない
予想に反して素敵な出会いになるかもしれない
そういう意味ではオモシロイ展開といえる
ただ、結果的にデートしたことを後悔するような場合に陥ったとしても、それを選んだのは他ならぬ自分自身
いずれにしろ、本との出会いを人との出会いに例えるとちょっとおもしろい