LINEの通知アイコンが付いていることを瞬間的に期待していた
そこに何か新しいメッセージがあることが、まるで自分を新しい可能性に連れて行ってくれるかのように
誰かからメッセージが来ていることで、この冴えない日常に何か変化を与えてくれるのではないかという期待
この暇で退屈な時間になにか気がまぎれるものを与えて欲しかった
つまり、無意識にLINEのメッセージにより自分の欠乏を埋めようとしていた
でも、最近はその意識もだいぶ薄らいできている
LINEにメッセージが来ているかどうかをいちいち起動のたびに期待しなくなった
つまりそれは自分の外側への依存が減ってきているということなのだろうか
自分の内側と繋がろうとする傾向が強まっていることの表れなのだろうか
「不自由な人はもっといい情報と繋がろうと自分の外側をみる
自由な人はもっと自分自身と繋がろうと自分の内側をみる」