なんにでもイエスということで人生が良い方向に展開する話
何に対してもイエスという行為
それは
思い込みをはずす練習
あるいは、すべては最善であると信じる練習
普段の価値観であれば、到底イエスとは言えないようなことにすらイエスということで、自分の思い込みを外す
かなりの荒治療だけど、確かに効果はある
こうでもしないと、人は新しい価値観を受け入れることはできず、自分の中の常識を変える勇気は持てない
実際、映画の主人公は最初は抵抗するものの徐々に訓練し続けることで思い込みを外すことで、人生が変わっていく
自分が変われば世界が変わる
そしてこの物語のキモは、イエスということで物語がいい方向に進むのは最初だけだということ
つまり、きっかけに過ぎない
もっと言えば、方法論に縛られすぎる必要はないということ
あくまで目的は自分を縛り付けている当たり前という価値観を外すこと
思い込みをなくす練習にしか過ぎないということ
ここにキモがある
物語の最後も、義務からではなく本心からイエスと言えることが大切であると結論づけている