「結果論」が「方法論」になっている
例えばある成功者がインタビューされたときにこう答える
『僕が成功したのは◯◯したからですね。』
それを聞いた人は◯◯すれば成功できると思い込んでしまう
でも、それはある意味では正しくない
その成功者は確かに◯◯したから成功したのかもしれないが、◯◯したから必ず成功するわけではない
その成功者最初から◯◯すれば成功するとは考えていなかったであろうし、ましてや、◯◯すれば成功することを証明してそれをみんなに伝えようなんて微塵も思っていなかったはずである
こう説明すると当たり前だと、思われるのかもしれないが、実は世の中の情報はこんなことで溢れている
とりわけスピ系の世界や自己啓発系の世界はこんなのばっかり
引き寄せの法則や、宇宙とつながる方法とか、人生が豊かになるメソッドとか、本当の自分が見つかるワークなんてのはまさにそれ
本にしろ講演会にしろ講座にしろコンサルタントにしろ、その成功者と同じことをすれば(学べば)その人と同じような成功をつかめるとは限らない
もちろん、同じ方法で成功する人もいるとは思うが、はっきり言ってほとんどいない
しかもやっかいなのが、その成功者たちも自分が成功したからと言ってその手法を安易に人に広めようとするところだ
その人自身もあくまで、自分のケースに過ぎず万人に共通するものではないはずなのに、自分に当てはまったからといってホイホイと広めるあたりがよろしくない
そもそも、万人に共通してその手法が効くのであればもっと多くの人に確実に広まるはずである
要するに、その成功者が成功したのはあくまで偶然であり、原因と結果には何の繋がりもない
つまり言い換えれば「結果論」に過ぎない
それを成功した後から◯◯したから成功したんだと勝手にストーリー付けし、「方法論」にしてしまった
更に言えば、そのストーリー付け(物語化)に過ぎない方法論はその成功者がそう「解釈した」だけである
万人に共通する訳がない
やはり全ては決まっているというところで物事を捉えた方が納得できることが多いと思う