街の景色
車の車窓からの景色
家庭の景色
俺が見ている何てことのない日常の景色
朝起きてから寝るまでに見る様々な景色
私たちは普段
「景色」と「私」は分離している
「私」が「景色」を見ている
当たり前のようにそう認識している
無意識に景色と私はつながっていない別のものとして捉えている
皮膚の内側(私)と外側(景色)と思い込んで疑うこともしない
でも、「私」すら「景色」の一部と考えてみる
いや、考えてみるというか、そうイメージしてみる
「私」が「景色」を見ているのではなく、
「景色」を見ている「私」すら見ている「景色」の一部とイメージする
あるいは、こうもいえる
目の前で起こる「出来事」を見ている「私」ではなく、
その「私」すら「出来事」の一部としてイメージしてみる
それが、阿部さんの言う「事はただ起きている」ということ
「私」が「起こしている」と思っているが、本当は違うということと同じ
あくまでイメージの練習に過ぎないけれど、うまくイメージできると面白い感覚になる
もちろん、「空」とかそんな次元の感覚にはほど遠いけれど、イメージする価値はある
「景色」を見ている「私」すら景色の一部にすぎない
事はただ起きていて、「私」はその「事」の一部でしかない
周りの人から見たら俺は「景色」
俺から見たら周りの人が「景色」
これが当たり前の感覚
でも、こう考えてイメージしてみる
俺から見ても俺は「景色」