自分の欠点を未だに受け入れることができないでいる。

だから、普通に話せないことを苦しいと思ってしまうのかもしれない。


なぜ言葉が出にくいのか自分でもよくわからない。

声を出そうとしても声が出ないのと、言いたいことが言えないのとでは全く違う。

場面緘黙のことを理解しようとしてくれるのは嬉しいけれど、私は普通に接してくれるのが一番良い。


幼少期からずっと、声を出すことが怖かった。

今でも声を出す時には、緊張、不安、恐怖を感じることがある。


話したくても話せないのはとても苦しく、普通に話せる人が羨ましくて仕方がない。

私には、普通に話している人たちみんなが楽しそうに見える。

どんなに人と関わりたい気持ち、話したい気持ちがあっても、人付き合いがうまくできないし、深く関わることが難しい。


ふと、考えることがある。

学生時代に「話せなくても大丈夫だよ」と言ってくれる人がいたら、少しは違っていたのだろうか。


普通に話すことにずっとこだわり続けている気がする。

でも、こんな私でも受け入れてくれる人たちがいて、優しい人がいることを知った。



言葉には人を癒す力がある。

しかし一歩間違えれば、人を傷付ける鋭利な刃物と化す。

人の心を抉り、一生消えない深い傷を負わせてしまうことがあるのだ。


だから私は、言葉選びにはいつも慎重になる。

言葉で人を傷付けないために。


今、この言葉を言わないで良かった。

もしかしたら、傷付けてしまうところだったかもしれない。

言葉を発する前に、いつも考えるのだ。

それが相手を傷付けてしまわないかどうかを。




誰しも緊張したり不安になったりすることがあると思う。

しかし場面緘黙の人たちは、緊張や不安が普通の人より何倍も強いという特徴がある。


学生時代、学校にいる間は常に緊張と不安の中で生活していた。

檻の中に閉じ込められたような息苦しさの中、何年も生活していたことを思うと、よく耐えていられたなと思う。


職場でもやはり緊張と不安は常にある。


不安には波があり、強い不安がやって来るとその不安が頭から離れず、何をしていても不安で不安で仕方なくなる。

不安に思っていることを乗り切れば、その不安が落ち着くのはわかっているけれど、不安になっている時は、その不安で押し潰されそうなほど精神的に落ち込んだ状態になってしまう。

どんなに不安でしんどくなっても、目に見えないものは誰にもわからない。


「緊張と不安は完全にはなくせないので、うまく付き合っていきましょう」
と、カウンセラーさんに言われたことがある。


抗不安薬を飲んでいても、緊張や不安は和らぐだけで完全になくなることはない。

あまり薬に頼りたくはないけれど、不安を落ち着かせるためには、やはり薬は必要なのかもしれないと思う。


この緊張や不安とは、これからも付き合っていかなければならないのだろう。




自分にしかわからない悩みや苦しさ、つらさは誰にでもあるだろう。

他人に自分のことをわかって欲しい、理解して欲しいと思っても、すべてを理解してもらうことは難しいと思う。

これから先、今より話せるようになったとしても、どんなに頑張っても声が出なかった、喉が閉まったようになってしまう緘黙独特の感覚を忘れることは、きっとできないだろう。



場面緘黙だった頃。

人が楽しそうに話したり、笑ったりしている光景を、いつも羨ましく思っている自分がいた。

私もあんな風に話せたらいいのにな。


当時、つらかった気持ちを書いていたノートを見返してみた。

そこによく書かれていた言葉を見つけた。

「自分でも何でこんなに悩んでしまうのかわからない」


私の悩みの根底には、いつも「話せない」ことがあった。

話せないことでこんなに悩んでいるのは、私だけだろうと思っていた。


どんなに願っても、私は話せるようにならないのかもしれない。

叶わない願いなら、希望を持つことをやめよう。

人と関わりたい気持ちを持つことを諦め、私は心を閉ざした。


誰も私のことなんて見ていない。

でも、それで良かった。

私は一人でも怖くない。

誰かと一緒でないと行動できない人たちと仲良くなりたいなんて、私は思わない。

変わっている人だと思われる方が、私にはちょうどいいのかもしれない。



私は思う。

言葉がすっと出てくれば、どんなにいいだろう。

受け答えがうまくできたら、どんなにいいだろう。

会話が続けられたら、どんなにいいだろう。

言いたいことが言えたら、どんなにいいだろう。


話せるようになっても、普通に話すことができる人への劣等感が、今もずっと消えないのだ。




一年前の今頃、私は今通院している精神科に通い始めた頃でした。

顔色も悪く、ほとんど家にひきこもる生活を送っていました。


何もしていなくても一日は過ぎていく。

昼夜逆転するのは当たり前。

現実逃避する日々。

生きている意味がわからない。


働きもしないで、私は何をしているんだろう。

でもどうしたらいいかわからない。

何とかしないと。

でも怖い。


自分を責めるたび、涙が溢れて止まりませんでした。


そんな中、私に居場所ができました。

そこは、さまざまな理由で生きづらさを抱えている人たちが集まっている場所でした。

ずっと先が見えない暗闇の中にいた私に、一筋の光が差したような気がしました。

私はそこで、いろんな人たちと出会いました。

私にとって、居心地の良い場所になりました。

私はそこで初めて、自分の存在を受け入れてもらえたような気がしました。


それからの私は、少しずつ前を向けるようになっていきました。


春には教習所に通い、車の免許を取りました。


高校時代の恩師からの紹介でサポステに行き、とても良い先生に出会いました。

私の恩師の恩師です。

私の気持ちをよくわかって下さり、理解のある先生なので、頼りにしています。

出会えて本当に良かったし、紹介してくれた恩師にも感謝しています。


主治医もとても良い先生で、学んだことがたくさんあるし、いろいろと相談に乗ってもらったりして、本当に感謝しています。

看護師さんも話しやすい方なので、いろいろと話を聞いてもらったりしています。


ずっと働くことが怖かった私。

しかし、今は仕事をしています。

一年前の私からすれば、一年後に働いている自分など想像もできなかったでしょう。



私の生活は、この一年でとても大きく変わりました。


私のことをよく見てくれている人たちは、私の変化に気付いてくれます。

自分では自分のことになかなか気付くことができないけれど、人から言われることで、私は変わってきているのかもしれないと思います。



一年前の私に伝えたい。


大丈夫だよ。

何とかなるよ。

素敵な出会いがたくさん待っているよ。

味方になってくれる人が現われるよ。

私の存在を受け入れてくれる人が現われるよ。




真っ暗な部屋は怖い。

孤独を感じてしまうから。


高校の時、夜になるといつも真っ暗な部屋の中、私は一人泣いていた。

学校はとても苦痛な場所だった。


ずっと孤独の中で生きていた。

ずっと寂しかった。


ずっと人との繋がりを求めていた。


いつだって、味方でいてくれる人が欲しかった。

いつだって、離れていかない人が欲しかった。


優しくされるのは怖い。

いつか裏切られるかもしれないから。


人と深く関わるのは怖い。

本当の自分を知られたら、嫌われるかもしれないから。


先が見えない暗闇の中で生きていた頃、30歳まで生きている自分が全く想像できなかった。

どこかで死ぬと本気で思っていたから。

どうやったら楽に死ねるか考えていたこともある。

私が死んでも悲しむ人なんていないだろうと思っていた。


でも私は26歳まで生きている。

今は生きていて良かったと思う。


未来はわからない。