~西へ~(376) 69日目③ 日本100名城 鳥取城Ⅰ | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
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神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。

     
                    近畿・四国・九州・山陰 編 ~西へ~(1)1日目①は、→こちら

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砂丘に隣接して鎮座している鳥取縣護國神社より街中に。



日本100名城のひとつ、鳥取城に登城します。



大手は復元整備工事の為、通行止めになってました。

     

 大手登城路跡
大手登城路とは、城のメインルートのことで、途中には2つの重要な門がありました。中ノ御門は、擬宝珠橋を渡った正面玄関にあたり、藩主の入場時などに開かれる特別な門で、太鼓門は、中心部であった三ノ丸の入口にあって、時を知らせる太鼓を打った場所でもありました。
享保5年(1720)城内の建物の大半を焼失した石黒大火で両門とも被災しており、発掘調査では、焼けた石垣や地面が見つかってます。-案内板より




山上に詰の城である「山上ノ丸」の石垣が見えます。

 

大手から登城できないので「北ノ御門」より入城しました。
 北ノ御門は、慶長大改築前は大手門でしたが、改築後に搦手門とされた門です。


 丸の内下段から見た二ノ丸石垣


 丸の内
池田光政時代までは藩士の屋敷が建ち並んでいたが、その後、藩士の屋敷は内堀の外へと移され、かわりに米蔵や武器蔵が建てられ、馬場も置かれました。




丸の内を通り抜け、内側から大手道・中ノ御門跡を見て、



三ノ丸へ進みます。


 三ノ丸石垣と発掘調査の状態


 太鼓門跡


 太鼓門跡から眺める二ノ丸・天球丸の石垣



                                 つづく






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