近畿・四国・九州・山陰 編 ~西へ~(1)1日目①は、→こちら
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62日目の朝。天気は下り坂かな。

一気に島根県の浜田にやってきました。濱田護國神社に参拝です。


鳥居前の狛犬「忠」「勇」


二の鳥居と社号額「濱田護國神社」

表参道を進み、境内に進みました。
元浜田城ということもあり、神域は広いです。

左右に翼殿がつく社殿

御由緒
浜田には、明治31年7月に歩兵第21連隊が広島より移駐しました。連隊移駐以来招魂祭が斎行されてきましたが、大正の終わり頃より招魂社建立の声が上がり、昭和11年6月県招魂社建立奉賛会のもと造営工事が始まり、浜田城址に昭和十三年竣工、同年11月12日に浜田招魂社として鎮座祭が行われました。
昭和14年濱田護國神社となり、明治以来の国事・事変・戦争で一身を捧げられた、石見地方(大田市より鹿足郡まで)出身の、23,000柱の御英霊の御霊をお祀り申し上げております。
戦後一時期亀山神社と社名を改称することを余儀なくされましたが、昭和28年12月9日濱田護國神社と復称し、昭和36年7月1日神社本庁の別表神社に加列され、ご遺族・崇敬者を中心に県民の厚い尊崇をうけ、祭典を厳修し現在にいたっています。 -濱田護國神社公式Webより


ノモンハン事変戦没者慰霊碑 独立歩兵第五百十八大隊記念碑


平和祈念 傷痍の碑 母子の像


木口小平銅像
木口小平帝国陸軍兵士
死しても口からラッパを離さなかったラッパ手(歩兵第21連隊第3大隊第12中隊)。明治35年から昭和20年まで小学校の修身教科書に掲載され、戦前の日本においては広く知られた英雄です。


濱田護國神社 御朱印
全ての兵者に敬意を表しますと共に、英霊の御霊に感謝の誠を捧げます。
つづく
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