~北へ~(350)52日目③ 猿払電話中継所跡 | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。

 
             北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら


10km近く続いた直線道は、



突然終わりました。



直角に曲がり、



海に近づきました。



海沿いの道を走り、猿払の街に入ると、
「樺太との電気電信ゆかりの地」があります。



 電気通信ゆかりの地
北海道と樺太間の電話通信は、海底ケーブルでつないでいました。
昭和9~39年の30年間、猿払村浜猿払は陸揚地の中継地点でした。
直線距離では稚内市の方が近いですが、潮の流れなどで猿払村浜猿払が中継地点に選ばれたようです。
第二次世界大戦敗戦後、昭和20年8月20日の真岡事件の際、猿払電話中継所では自決した真岡郵便局の電話交換手の最後のメッセージを受信しました。
亡くなった電話交換手の鎮魂と、電気通信の功績を後世に伝えています。
-猿払村観光協会Webより


余談ですが、この碑がある「猿払村」は、人口に対する中国共産党一党独裁の中華国人の比率が
全国4位(4.142%)です。あの新宿区(東京都)ですら「2.336%」です。
これは、北斗国際交流事業協同組合が中華国人研修・実習生と称して受け入れを行っているからで、
村の国際交流活動を推進する「猿払村国際交流協会」も支援事業を行っています。
中華国には「国防動員法」というモノがあり、
「有事の際、日本在住の中国人は皆、中国政府の指示に従って動かなければならない」
「義務を履行せず、また拒否する者は処罰される」ということ

”中国人留学生や技能研修性も、PRCから戦争のための動員命令が来たら、それに従うしかないのです。武器さえあれば、兵士に早変わりです。”-ケント・ギルバート氏ブログより

危機感、興味を持った方は、カリフォルニア州弁護士、経営学修士(MBA)、法務博士(ジュリスドクター)であり、メディアでも活躍しているケント・ギルバート氏のブログ →こちら をご覧ください。国防動員法の説明がされております。


       

 猿払電話中継所跡
昭和9年(1934)12月11日北海道と樺太を海底ケーブルで結ぶ東京-札幌ー豊原間の長距離電話回線が完成し、初めて樺太と電話が繋がるようになりました。猿払電話中継所はこの海底ケーブルの揚陸地の重要中継所として、同年11月1日この地に設置され、以来30年間大きな役割を果たしてきましたが、終戦後樺太との通話が無くなり、また札幌-稚内間マイクロ回線の開通により、その必要性が無くなり、昭和39年(1964)9月30日廃所されたものであります。
-碑文より





「皆さん、これが最後です さようなら さようなら」
昭和二十年八月十五日終戦。それから五日後の昭和二十年八月二十日ソ連軍が樺太(サハリン)真岡上陸を開始しようとした。その時突如日本軍との間に戦いが始まった。
この日の電話交換手である九人の乙女達は窓越しに見る砲弾のさく裂、戦火と化した真岡の街、刻々と迫る身の危険、もうこれまでと決断、死の交換台に向かい、「皆さん、これが最後です さようなら さようなら」の言葉を残し夢多き尊い花の命を絶ち職に殉じた。この思いを繋いだのが当時電気通信の拠点として重要な役割を果たしていた「猿払電話中継所」なのです。
殉職した九人の乙女の霊を慰め、また電気通信ゆかりの地に電気通信の功績を顕彰すると共に世界の恒久平和を祈り、この碑を建立する。
平成十八年十二月十日 猿払ライオンズクラブ
-碑文より



 宗谷海峡に布設された海底ケーブルの詳細(実物)
宗谷海峡 話2号 4心平等装荷(GP) 94.174 1943年11月
宗谷海峡 電信1号 1心電信ケーブル 105.985 1973年10月
宗谷海峡 信2号 1心平等装荷(GP) 99.751 1945年 6月
宗谷海峡 信1号 1心平等装荷(GP) 95.820 1943年11月
宗谷海峡 話1号 同心型パラガッタ 87.882 1934年 9月
(向かって左より)


ちなみに、根室市と国後島間にも海底ケーブルは敷設されていました。
根室市ハッタラ浜の旧国後島海底ケーブル通信所と国後島ケラムイ岬を
結ぶ38.2kmで、1900年に設置。国後島と択捉島ともつながっていたが、
根室~国後間の海底ケーブルは敗戦後に切断されてしまいました。





今や他国に占領されている南樺太思ひ、碑に手を合わせ哀悼の意を捧げ、
先に進みました。




                              つづく





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