=第25日目⑧=
次に向かうは、鬼ノ城(神籠石式山城)です。

城跡のある鬼城山
先ずは、鬼ノ城ビジターセンターにて情報収集です。


日本書紀には、唐・新羅の侵攻に備えて西日本の要所12箇所に古代山城を築いたと記されており、もその一つであろうと推測されてます。
また、後世の文献である鬼ノ城縁起によると「異国の鬼神が吉備国にやって来た。彼は百済の王子で名を温羅(うら)という。彼はやがて備中国の新山に居城を構え、しばしば西国から都へ送る物資を奪ったり、婦女子を掠奪したので、人々は恐れおのき「鬼ノ城」と呼んだ」これが、一般に温羅伝承と呼ばれる説話で、地名もこれに由来している。と伝わっております。


鬼ノ城は、鬼城山の山頂部に築かれており、すり鉢形の山容の8~9合目の外周を、石塁・土塁による城壁が、鉢巻状に2.8キロメートルに渡って巡っている。城壁は土塁が主体で、城門4ヵ所、角楼1ヵ所、水門6ヵ所などで構成され、城壁を保護するために敷石が敷かれています。
(この敷石の発見は、国内初)
では、登城します。

初めの急登が終わり、視界が開けてくると

復元された城門(西門)と土塀です。




西門

つづく