続きです。

D - 15

  甲3は、甲21が集めてくれた記録の中から、特別な異常を有する患者は発見出来ずにいた。数ある中から疑わしい患者を3人選び出したものの、どれも完全に一致するケースではなかった。甲3は、この3人の中でも『コ・ガンス』とい60代の男に注目した。コ・ガンスは25年前と11年前、計2回、精神科を受診した前歴があった。この2つの時期の中間である18年前には、泌尿器科の診療記録も残っていた。泌尿器科では、特に異常所見は無かった。25年前の精神科の診断では、身体的異常の兆候のない隠れ患者、すなわち人為性障害となっていた。それでも11年前の診断では、身体化障害となっている。この病気も、身体的な病気の無い隠れ患者に近いが、症状に勃起不全、性に対する無関心が書かれていた。ところがこの時、血液検査で無性欲者らしくないテストステロン濃度が高く出ていた。おそらくこの数値のせいで、身体化障害と診断されたのだろう。残念ながら、添付されたCTやMRIの記録はなく、確実な証拠としては不十分だった。コ・ガンスが甲3の関心を引いたのは、3回の受診記録に書いてある居住地が、いずれも異なる都市であったことだ。移動半径が広いわけだ。

  事務所の外で、ノックする音が聞こえた。約束していた捜査官たちだった。甲3は纏まっていない頭の中を払い除けて、立ち上がった。まだ捜査官たちに、コ・ガンスについて言及は控えた方がいいと判断した。彼らの捜査がどこまで進んだのか分からない状態で、余計な混乱を与えるのは避けた方が良さそうだったからだ。そいつについての調査はむしろ、甲21に依頼する方がいいんじゃないかと思った。しかし甲21は、これ以上この世の事に関与するべきではないと思っているので、受けてくれるかどうかは未知数だった。捜査官二人がドアを開けて入ってきた。甲3がソファーに座りながら言った。

「何の用で俺に会いに来たんだ?」

  捜査官らは彼に勧められずとも、ソファーに座りながら答えた。

「特に何もありませんが、お目に掛かりたかったんです。ちょっと行き詰まってるもので、ははは。」

  彼らは幸運を探しに来た。ドラキュラの顔を拝めば、何かが開けるような予感がした。けれど甲3の表情は、ドラキュラよりもっと殺伐としたものに変わっていた。ただでさえ時間が無いのに、こんなくだらない事に浪費させられる怒りだった。

「行き詰まってるんなら、他の経路を探さないと。俺を訪ねてきてどうするんだ。」

「ごもっともです。何故、カン先生の所に来たくなったんでしょうね?」

  甲3の目が吊り上がってるにも関わらず、若い捜査官まで加勢した。

「正直、かっこいい男って大抵運が悪いはずなんですが、カン先生は運気が凄いんです。」

「おこぼれの幸運を求めて俺の所に来たのか?ロジックな捜査をする時代じゃないのか?」

「第六感が8割りです、ははは。」

「もしかして、ヒントとか無いですか?どんな些細な事でもいいですから。」

「無い。」

  捜査官たちが同時にため息をついた。甲3が尋ねた。

「この前にやった、イ・ジョンヒに関する捜査は?」

  捜査チーム長が目を見開いて、少し前のめりに座り直した。

「あれ、嫌な予感がしますね。あの当時、管轄署に勤務していた警察官に会いました。あの時は新人だったので、まだ引退していなかったんですよ。あの事件の担当では無かったんですけどね。」

  甲3は少し驚いた。甲21が便利屋の職員たちを動員して調査した時は、担当警察官にだけ会っていた。なのに、事件の担当者では無い警察官にまで会うなんて、考えもしなかった。

「それで?」

「あの頃は、性的暴行事件が多かったんです。当然、通報されていないケースの方がもっと多いはずです。あの時代は、性的暴行の被害者が後ろ指を差されてましたから。今もそうですが、普通、失踪届が凶悪犯罪に繋がる確率って、極めて低いじゃないですか。あの時も同様でした。だからあの時も成人女性の失踪届が出されたら、捜査方法はたった二つでした。性的暴行の後、殺害。もしくは単なる家出。その警察官の話では、あの時、単なる家出は全く考慮していなかったそうです。何故なら、イ・ジョンヒがとても真面目だったからだと言うんです。家長としての責任感もあったし、その責任感を簡単に放棄する性格では決してなかったようです。付き合っていた男がいたなら、家族に反対されて駆け落ちしたんじゃないかって疑いもしますが、そういう事も無かったらしいし。」

「なら、どうして結果は単なる家出なんだ?」

「遺体が出てないからです。遺体はおろか、彼女のどんな物も発見されなかったんです。たとえヘアピン1つさえ。それでも管轄署内では、疑わしい容疑者何名かは選んでいたそうです。調査する前に単純家出として事件は終結したんですがね。あの時、その事以外にマスコミが飛びついた凶悪事件があって、そのまま終えたようです。」

「ははは、我々だってスッキリしない事件は絶対に忘れませんよね。しかもその警察官、初めて嗅いだ凶悪事件の匂いだったんですよ。」

「何人か選んだという容疑者は分からないのか?」

「我々はもう一度、担当警察官を訪ねて行きましたよ、ははは。その前に訪ねた時はシラを切っていたんですが、今回もう一度行ったら、あっちも気づいたようです。普通の事件では無いと。その為か、個人的に所蔵していた当時の資料を我々に渡してくれました。」

「人間たちは、地道な捜査が本当に上手い。その第六感、実に驚くべきものだな。」

  甲3がソファーにもたれ、再び捜査官の前に前のめりに身を乗り出した。その第六感が死神である自分には無かったが、一度やってみたいという気がした。ところが突然、あの世のスマホのベルが鳴った。もちろん人間たちの耳には聞こえない呼出音だった。甲3は、これを無視して言った。

「もしかして、その容疑者の中に、コ・ガンスという名前の奴はいたか?」

  捜査官二人が驚いた目で互いを見つめた。そして同時に叫んだ。

「それをどうやって!」

  二人が同時にスクッと立ち上がった。そして慌てて事務所を飛び出そうとした。呼出音は鳴り止まなかった。

「ちょっと待て!コ・ガンスは性的暴行犯じゃない。殺人、その中でも血への執着がある。」

「あぁ!だからピントが合わなかったんですね。」

「メールでコ・ガンスの診療記録を送ってやるよ。これは不法に入手したものだから、分かるだろ?」

「分かってます、分かってますよ!分かってますとも!」

「今捕まえても、証拠不十分なのも分かるよな?」

「分かってます、分かってますよ!海辺の方も調べてます。そこの船釣りの常連客たちもくまなく調べています。そちらからもコ・ガンスが出たら、100%犯人です。」

「それでも証拠不十分だ。」

「我々は、カン先生から賜る幸運を信じてますから!」

  ドアを開けて出ようとしていた若い捜査官が再び入って来て、ソファーから立ち上がろうとした甲3をギュッと抱きしめた。

「愛してます!もし血が足りなければ、私の血を捧げます。ありがとうございました!」

「何?何の血?」

  甲3には理解不能の言葉を残して、捜査官たちが去っていった。彼らは、無鉄砲にドラキュラに会おうと言った自分たちの第六感を互いに褒め称えながら、捜査チームに戻って行った。

  甲3が、白いガウンの下に着ていた上着のポケットから、あの世のスマホを取り出した。電話が繋がるやいなや、センター長の怒鳴り声が響いた。

 ┈ 何でさっさと取らないんだ! ┈ 

「用件は?」

 ┈ 直ちにあの世に復帰しろ。雷帝が、二千年前のあの魂に会わせて欲しいと正式に要請してきた。要請に応じない場合は、武力行使も辞さないと言っている。 ┈ 

「雷帝、あの野郎!」

 ┈ 急げ!あと少しで、移動禁止措置の発令だ。人間たちと一緒にいる所で、おかしな事になるな! ┈ 

「分かった。」

  人間と一緒に居合わせようが、無条件で自動召喚される。そうなれば、人間の前で直ちに消えるという場面が演出されてしまうのだ。甲3が封筒を取り出して、机の上に置いた。休暇届けだった。そして、法医学センター長に電話をかけた。

「この前から申し上げていました休暇、明日からにします。休暇届を私の机の上に置いておきます。」

 ┈ 何だと?急に……

  彼の小言を聞く前に電話を切った。そしてガウンを脱いで、椅子の背もたれに掛けながら言った。

「再び戻って来て、必ず着てやるぜ。」

  戦争で負傷しても死にはしない。それでも致命傷を負った場合、しばらくこの世に出入り出来ない状態になる。そうなると、今度またこの世に来た時、再び大学入試から始めなければならないかもしれない。甲3にとって、その事は雷帝と戦うよりもっと恐ろしかった。甲3が事務所から消えた。

  甲3が再び現れた場所は、閻魔国の出入国場だった。ファーストトラックから入ろうとしたが、すでにそこのドアが開いていた。甲1が瞬く間にそこを通り抜け、この世に消えた。目的地を聞かなくても、どこに行くのか見当がついた。遅ればせながら、センター長の場内放送が流れた。

 ┈ どこに行くんだ!甲1使者、戻ってこい! ┈ 

「とっくに消えていないのに、誰に向かって叫んでいるのやら。」

  甲3がつぶやくのをやめて、ヨンウォンを思い出した。もしも雷帝との戦いで、甲1が負傷でもしたら、どうなるんだ?予定された6月6日までに戦闘が終わらなかったら?甲3は、窓の外の三途の川の向こうを見た。ひょっとしたら、今出かけたあの外出が、ヨンウォンとの最後の逢瀬になるかもしれない。甲3がセンター長に電話をかけた。

 ┈ 来たのか? ┈ 

「いつ、移動禁止措置が始まるんだ?」

 ┈ それは我々使者庁の管轄ではない。 ┈ 

「きっかり30分だけ、いや、15分だけでも時間をくれ!」

 ┈ 何故? ┈ 

「頼む、そうしてくれ。何も聞かずに。」

 ┈ ……分かった。議政府の方に連絡してみよう。俺ももう直ぐここ中央管制センターを空けなければならないから、はっきりした答えは出来ない。 ┈ 

  センター長も戦闘組だった。だから彼も、代理人に席を預けて出なければならないのだ。甲3がファーストトラックを過ぎて庁長室へ行こうとした時、シモと甲21がこっちに走ってくるのが見えた。シモが走りながら言った。

「僕たちは、この世に出ていることに決まった。甲1使者から、ヨンウォンさんを頼まれたんだよ。あの世のドアが閉鎖される前に出なければならない。」

「ちょっと待て!甲21使者!コ・ガンス!あいつを追跡してくれ!」

「オッパ、それはやり過ぎだわ。この世の事なのよ!」

「頼むよ。カン・サムがこの世に残してきた仕事なんだ。心残りなんだよ。そいつの現在の居場所だけでも探しておいてくれ。」

「あぁ、本当にもうっ!それだけよ。法医官カン・サムのお願いだから聞いてあげるのよ。便利屋の社長としてね。後で料金、請求するわよ!」

「分かった。多めに払ってやるから。俺たちのいない間、この世をよろしく頼む。甲25使者も!」

  シモがあの世の診察室に行きながら言った。

「君がここにいる間、君のこの世のワンルームマンション、僕が使うよ。いいよね?」

「構わない。所帯道具も無いけどな、ははっ。」

「6月6日よりも前に、必ず来てくれ。戦闘組、ご苦労さま!」

  甲3が庁長室に入りながら、出入国場をざっと見渡した。雷帝と対峙中であっても、ここの仕事は止まることは無い。ここが少しでも止まると、あの世だけではなく、この世、ひいては玉皇国まで打撃を受けることになるので、どんな状況に見舞われても、ここには手を出すことは出来ない。これは絶対的ルールなのだ。なので非常事態にもかかわらず、ここだけはいつもと変わらず動いていた。活動期の月職たちは、通常の死神業務を引き続き行っていた。しかし休息期の月職たちは、現在、待機中である。前方は戦闘五人組が担当するが、もしも前方が敗れた場合に備えて、後方に休息期の月職たちが配置されるためである。

*******

  ヨンウォンは作業室で仕事の真っ最中だった。ミナとギョンミンも終業前で、机から顔を離さなかった。今やってる所までは終わらせて帰るためだった。机の上に斜めに置いておいたヨンウォンのタブレットの上に、透明の手が現われた。びっくりして目を逸らした瞬間、ヨンウォンが作業室から消えた。

  ミナが頭を上げると、ヨンウォンがいないことに気づいた。

「えっ?先生がいらっしゃらない。」

  ギョンミンも頭を上げて、ヨンウォンの机を見た。

「トイレにでも行かれたんですよ、たぶん。」

「私の後ろを通った気配がしなかったけど?」

「まさか、宙に浮かんで行ったとか?」

「わぁ!私って凄いわ。こんなに狭い所を通って行かれたのに気づかないほど集中してたなんて。私の集中力、ハンパないわ!」

  そしてまた、帰るために一生懸命仕事を続けた。

  明らかに作業室だった。頭を上げるまではそうだった。ところが、あっという間に辺りが森に変わっていた。地面には名前も知らない野花が一面に敷き詰められ、まるで絨毯のようだった。ヨンウォンに辺りを鑑賞する時間は与えられなかった。ここがどの辺なのか、見当をつける暇もなかった。甲1の唇と、ヨンウォンの唇が、一つになっていたからだ♡。ヨンウォンは目を閉じたまま、彼だけを感じていた。彼の唇と彼の冷たい手だけを感じていた。恐らくここは、この世のどこかでもあり、あの世のどこかでもある、そんなところだろう。

  甲1の手によって梳き上げられた髪が解けて散らばった。膝に柔らかな草が触れた。背中に触れる柔らかな野の花の感触があった。目が覚めた。リビングの天井が見えた。今のは何だったのだろうか?幻覚だったのか?それとも、ヨンファの記憶が暫し巡ってきたのだろうか?それでもなければ、甲1の唇が余りにも切実で、想像の中をさ迷ったのだろうか?ヨンウォンは乱れた心で起きて座った。彼が触れたあらゆる場所が生々しかった。想像であるはずがなかった。遠い過去の記憶でも、尚更、違っていた。

「先生、ここにいらっしゃったのですね?リビングに座って、何を考えていらっしゃったんですか?」

  ミナの声だった。ヨンウォンがハッと我に返って後ろを振り向いた。ミナが申し訳なさそうに笑った。

「あっ!髪がボサボサなのを見ると、構想中だったんですね?私が邪魔しちゃったようです。」

「ち、違うの。ちょっとウトウトしてたみたい。」

  ヨンウォンが席を立った。ミナが近づきながら言った。

「あら?先生、背中に何かいっぱいくっついてますよ。」

  ミナが、背中にくっついていた物を取って、ヨンウォンに見せた。それはとても小さな野の花だった。

******

  特別捜査チーム全員がため息をついた。コ・ガンス住所地が不明だったからだ。最後に登録されていた住所地にも、彼は住んでいなかった。彼の身元として登録された携帯電話も無かった。それだけに確信もできた。容疑者は絞られた。証拠ひとつ無い容疑者だった。

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

きゃっほ〜いラブラブ
ひょっとしたら最後になるかもしれない
甲1の気持ちが止まらず
情熱のチッス
唇

かまへんで〜 あんな事こんな事しても
酔っ払いちゅー

いやいや 事態は確実にエライ事になっていってます
滝汗

皆さん 頑張ってお付き合いくださいね
今日も読んでくれはって
おおきにさん
ハート