「絶対に違うよ、ヨンウォンさん。コウモリは髪に木の枝を挿した甲5使者なんだって。これは変えられる部分じゃないんだ。ヨンウォン、明らかに勘違いだよ。」


  向かい合って座っていたシモの声は断固としていた。ヨンウォンは、食卓に座って腕組みをした。そうしてまた、その場面を思い出してみた。彼女の話は変わらなかった。


「その男が絶対にコウモリなのに.........」


「顔は見た?容疑者のように並べて立たせてみたら、指差せる?」


「顔はいつもよく見えません。勿体ぶるわけじゃないですけど.........」


  横に座っている甲3が、イライラしながら言った。


「顔も分からないくせにコウモリだって言いきれるのか?はんっ!人を惑わすにも大概にしろ。」


  死神が自分を人だという方が惑わしてるじゃない。


「でも、ヨンファが感じる感情は同じだったんです。」


「7歳の子と大人の感情が同じはずないじゃないか。」


「それはそうだけど.........」


  ヨンウォンはこれ以上、自信ありげに押し切ることは出来なかった。顔も確かじゃないのに確信するのは無理だと思えなくもなかった。だけど大人のヨンファが感じる感情と、7歳のヨンファが感じる感情、そして甲1に感じるヨンウォンの感情は、どれも似通っていた。些細なエピソードは勘違いするかもしれないけれど、感情は錯覚であるはずがなかった。7歳の子と大人の感情が同じはずはない?


「あっ!7歳のヨンファの初恋がその男なのかもしれません。」


「確かにその当時は皆、早くに結婚していたからなぁ。それにしても7歳はあまりに幼い。」


「はぁ?子供だからって侮れないと思います。確かに好きだったんです、私が思うに。背はその男の腰にも届きませんでしたけど。ちっちゃかったけど。」


  甲3がつぶやいた。


「長い黒髪と.........」


「ええ。ものすごく濃い色でした。ブラックはブラックなんだけど、何とも表現し難い色とでも言いましょうか。長さが腰まであって。毎回髪をほどいているんですが、これがまた端正で。むさ苦しくないんです。コウモリの群れと現われた時も、髪はなびくんだけど、まるで高級シャンプーのコマーシャルのように美しかったんです。ヘアーサロンでトリートメントしてもらったばかりって感じ?」


「お前が今、説明しているその感じ、俺達にはさっぱり分からない。」


  この世で150年暮らしてきたという甲3も、この世に全く慣れてないという甲1も、話が通じない点ではあまり変わらなかった。


「あっ!私、絵で説明しましょうか?漫画でもイメージは伝わるかと.........」


「俺たち、漫画はもっと理解できない。頭で実写化出来ないから。」


「あぁ、はい。それは分かります。」


  会話の壁が、とてつもなく高かった。今日見たあの長い髪の男、雰囲気が甲1とかなり似ていた。感情が似ているからそう思うのかもしれないけど。


「カビルが甲1なんですよね?1番。」


  シモと甲3が互いに見つめ合った。敢えて隠す必要もなかった。なので頷いた。今日、甲1は来なかった。あの世での仕事が忙しかったのだ。ヨンウォンのためだったのだが、それを知らないヨンウォンは、寂しさを隠しきれなかった。会いたい気持ちが募っての寂しさだった。


「カビルは髪の色、いつからああでした?」


「いつということも無い。元からだと思えばいい。俺たちは人為的に変えることは出来ないから。」


「夢の中の長い髪の男、カビルととても似てるんです。」


「顔もちゃんと見ていないと言いながら、また混乱させるのか?」


「何でも全部言えって言ったくせに.......。でも本当に似ているんです。私の感情が。私が髪飾りをあげた男の人も、その人みたいですし。人混みの中、無体化で私のそばにいてくれたのもその人だったみたいだし。コウモリも.........」


「わぁ!ますますこんがらがる。だから、それは甲5使者なんだって!今のセンター長!君があげたその髪飾り、今もあいつの髪に挿さってるんだから。」


「私の記憶では、長い髪の男の人と木の枝を挿した男の人は違うんです。2人が同じ画面にいたのに、同一人物ってこと、ありえないでしょ?」


「だからお前の勘違いだって!同じ話を繰り返さないでくれ!」


  シモが割り込んできた。


「二人とも、喧嘩をするのはやめてくれ!甲3使者もいい加減にしろ。僕達が理解できないからって、ヨンウォンさんをそんなに怒鳴りつけたら、蘇った記憶も元に戻ってしまうよ。」


  ヨンウォンが激しく頷いた。甲3も首を横に振りながら、立ち上がった。少し糸口が見えたようだったが、再び混乱してしまった。ヨンウォンの寿命はいくらも残っていなかった。その焦りから、より腹が立ってしまったのだ。現在の甲1は、それよりももっとまともな精神状態ではなかった。そんな甲1を思うと、他の男の事を考えているヨンウォンに、1発お見舞したい気持ちだった。


「俺が甲1使者のために堪えるよ。手、ちょっと貸してみな。」


  甲3がヨンウォンの手首を取って、検脈した。依然として特に異常はなかった。


「これからは眠くなったら寝ろ。締切がパンクしても。食事はちゃんととってるのか?抜いたりしてない?」


「後でちゃんと食べるつもりです。」


「一緒に食べてやるから注文しろ。」


「私は今日、おかずがあるので、それを食べるつもりです。」


「何?お前、料理出来るのか?」


「い、いいえ。アシスタントが家から持ってきてくれて。」


  急に甲3とシモが、食卓の席に着いた。シモが興奮気味に言った。


「皆で一緒に食べよう。」


「あっ、はい。」


  ヨンウォンは、戸惑いながらもインスタントのご飯を3つ取り出した。そして電子レンジで温めている間に、冷蔵庫からおかずを取り出した。残しておいたチャプチェも出して、フライパンに入れた。ミナが教えてくれたとおりに、弱火でゆっくり温めた。


「これ全部、アシスタントのミナのお母さんが作ってくれたんです。前世では私の妹だったから、どう接していいのか.........」


  シモが言った。


「悩む事はないよ。ただアシスタントの親ってだけだから。あなたはナ・ヨンウォンなんだよ。現世を生き、現在を生きている。過ぎ去った痛みを振り返り続けると、いちど受けて終わる傷を何度も受けることになるんだ。それが積もり積もって精神をやられる。傷跡は、繰り返すためじゃなくて、治療するためにかえりみるんだよ。死も、愛も。」


  ヨンウォンは頷いた。シモの言葉で、数多の悪夢から解放される気がした。



********


あの世の診察室のソファーに座っていた甲3は、満足していた。


「本当に美味かった。おかしいよな。同じ材料で同じように作るのに、家族に食べさせるために作る料理はどうしてあんなに美味しいんだ?」


  シモも共感した。食堂で買って食べるのとは、確かに違っていた。今日は久しぶりに口だけは満たされた一日だった。ヨンウォンの記憶は、心惑わすことこの上なかった。シモが言った。


「今、ヨンウォンさんの記憶だけに依存しているけれど、これは僕たちのミスなんじゃないのか?ヨンウォンさんも人間だ。一千年も経った人間の記憶は、残っていること自体大変なのに、完全なはずないじゃないか。それにヨンウォンさんは現世の記憶のうち、飛行機事故の時も記憶を操作した前歴がある。今日のあの記憶は、完全にエラーなんだよ。」


「俺も同じ考えだ。絶対に変えられないファクトは『コウモリ🟰甲5使者』ってことだ。これに反する記憶は捨てないと。」


  二人は互いに言葉を交わさなかった。ヨンウォンの記憶を否定したにもかかわらず、簡単には手放せない何かがあった。甲3が身をかがめて、シモに近づいた。向かい側に座っているシモも身をかがめた。


「この前、雷帝が言っていた閻魔国の守門将の話だが、あれ、誰だと思う?」


「センター長みたいだったって?あっ......、ヨンウォンさんが言ってた男と何か.........」


「俺は今の閻魔国の記憶を信頼することは出来ない。人間であるヨンウォンの記憶も。それなら、俺たちが知っている全ての事実と記憶より、最も高位のファクトは何だ?」


「雷帝の記憶。」


  シモの答えに甲3が、大きく一度頷いた。

  短いノックの音が聞こえた。シモが入れと言うと、甲1が大股で入って来た。


「ヨンウォンの所には、ちゃんと行ってきたのか?」


「ああ、元気だったよ。特に問題も無さそうだったし。」


  甲1がこの世のドアの近くまで行ったが、再びソファーに戻って座った。今まで、ヨンウォンの魂が感知された全ての記憶箱の整理を終えて、やってきたところだった。


「ヨンウォンさんの前世の整理は?」


「429年前が最後だった。それも、殆ど見分けがつかないほど記憶が曖昧で、裁判の参考にはならない。その時と関連した魂は、既に転生していたりもしたし。」


「ヨンウォンさんが整理してくれた10個の悪夢は?」


「それも429年迄に全て入っていた。つまり、ヨンウォンの記憶も、430年を超えることは無いということだ。ヨンファの記憶だけが例外。」


「より近くて強烈な死の記憶より、ずっと長く続いている記憶だからか?愛のせいか?センター長への。」


  甲3の言葉に、甲1がピクリとした。やがて彼の周りに黒い気が立ち込めた。シモが甲3を睨みつけた。余計な話は慎めという目配せだった。甲3が申し訳なさそうに肩をすぼめながら言った。


「まあ、その記憶もあまり使えそうではなかったよ。色んな混乱する部分があるんだ。」


「どんな?」


「ヨンファが愛した男が、センター長ではないとか?でも、ナ・ヨンウォンが言ってるのは全部センター長の事だ。だから、記憶がこんがらがってるんだよ。たかが500年前の記憶も無いのに、その倍の一千年前の記憶が完全なはずがあるか?俺はこれ以上、ナ・ヨンウォンの記憶を信頼することは出来ない。部分的に参考にするくらいでいいさ。」


「今になってそうするなんて、あまりにも漠然とし過ぎじゃないか?もう残り、31日だ。」


  甲1がうなだれた。上体も折れた。それでも頭を手で何とか支えて持ち堪えていた。甲1が聞いた。


「センター長と庁長の進捗状況はどうなんだ?」


「この診察室で、この世のドアに触れるところまで。それも、やっとこさ。」


  甲3が聞いた。


「甲1使者。センター長がこの世に行けるようになれば、ナ・ヨンウォンと会わせるのか?」


「ダメか?」


「まぁ、ダメってことはないが。人間ってのは、昔の恋人に会ったら、感情が戻ったりもするんだとよ。」


「はぁ?本当に嫌だ。だが、ヨンウォンを生かすのに役立つのなら.........、俺が耐えるしかない。」


  うなだれた彼の周りから立ち込める気を見るに、これ以上耐えられそうになかった。この時、突然、あの世のドアがパッと開いた。甲21だった。


「あらっ!丁度集まってたのね。」


「ノックぐらいしろよ!」


「急ぎの伝言なの!産国から入ってきた情報なんだけど、玉皇国が発動させたんですって。ナ・ヨンウォンの魂の消滅を。」


  シモが真っ先に叫んだ。


「何でまともな魂の消滅を?!」


「ナ・ヨンウォンが、何度も他人の功過格にエラーを起こすみたい。」


  功過格のエラーは昔からあった。人間の寿命が大きく変わる時を基点に起こることが多かった。昔からこれまでに起きてきた原因不明のエラーの中に、ヨンウォンによるものが多数見つかったのだ。しかし彼らは、玉皇国の現在の状況を知らなかった。甲3が言った。


「イカレ野郎たちめ!ナ・ヨンウォンは家の中に閉じこもって仕事ばかりしているのに、どうやってエラーを起こせるんだ。接触があるのだって、アシスタント二人だけじゃないか。あとは死神の俺たちだけなのに。」


  甲1はショックで、ソファーにただ座り続けていた。怒りを表に出すことも出来なかった。彼がやっと呟いた。


「どんな事があっても、ヨンウォンの魂を肉体から出させてはだめだ。何としても!」



キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ


久しぶり過ぎて

忘れてる事が多過ぎたよ

てへぺろ


読んでくださって

ありがとうございます