皆さん  おこしやす
デレデレ

緊急事態宣言も解除され
お出かけしてもええの?
あかんの?
どないやの?
みたいな状態ですね
ニヤニヤ

ランチぐらい コソッと行きたいなぁ
けど不思議なもので
マスク生活長いせいか
うっかり忘れて玄関出てしもた瞬間
まるで パンツ履き忘れたようなほど慌ててしまう
ニヒヒ

特効薬出来て マスク外して歩く日が来たら
おばはん 照れて恥ずかしいですやんなあ
えっ?永久にマスクしとれって?

ぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどう


ヨンウォンの使者たち

第  六  章  陰の中の墓

第  五  節

  国科捜のデジタル分析課に甲3が入って来た。有名な人物だが、ここではまだ彼を知らない人も多かった。それでも調べて、挨拶する人も何人かいた。彼はまっ直ぐに1人の職員のもとに行き、肩に手を置いた。真剣にモニターに集中していた職員は、冷たい手に驚いた。

「あっ!カン先生。また遺体を触ってきたんですね?その手の冷たさは。」

「俺の手は、四六時中冷たい。」

「いつも死体ばかり触っていらっしゃるから。」

  甲3は、元々手が冷たいだけだ。しかし周りの人たちには、死体損傷を防ぐために手を冷たく保っているんだと思われていた。

「俺が諮問を受けている捜査チームからの依頼がひとつ、君のところに入って来てるんだって?」

「今、見ています。けど、すみません。どうしましょう?分析が出来ません。対象者の画面も遠いし、数歩で切れてしまって。もう少し長く歩いているのは無いんですか?」

「あったら送ってきてるだろ?」

  甲3も身をかがめて、モニターを食い入るように見た。歩き方鑑識プログラムでは感知できなくても、彼には感知できた。

「同じ魂だな。」

「えっ?」

「い、いや。俺の直感では、同じ奴だと感じてさ。本当に確認不可能なのか?」

  甲3も、同じ魂だということを見抜いただけだ。顔が全く見えていない画面では、何の情報も見つけ出すことはできなかった。直接会えば同じ魂かどうか、調べることもできようが。

「カバンをどんな風に背負うかによっても、歩き方は変わるんです。肩の片方に担いだ歩き方と、リュックのように担いだ歩き方が同じはずありません。それでも2人とも、年齢は60歳ぐらいのようです。入る時の男は若いふりをしていても、歩みは老人のようです。」

  甲3が冷たい手で彼の肩をもう一度叩いてから、そこを出た。それでも頑張ってくれという意味だった。そして、廊下を歩きながら電話をした。

「完全な分析は難しそうだな。……俺の感想をなぜ聞くんだ?おそらく、同一人物。お前らの予想と同じだ。歩き方は60代と推定されたから合ってる。25年前にも似たような情報提供があったんだったら、それくらいの年齢になってるだろう。どんな風に捜査するんだ?俺はそっちの方は苦手だから。うん、うん…」

  甲3が電話を切った。その間に、彼の事務所に到着し、中に入った。捜査チームの話では、これから海辺の方で直接聞き込み捜査をする予定だという。潮流分析依頼の結果、場所は数ヶ所に絞られたそうだ。漁村なので、CCTVが設置された場所が圧倒的に不足しているとは言っても、全く無いわけではなかった。ただ、無謀な挑戦のようで、遅れをとるかもしれないとも言った。何の手がかりも無いにもかかわらず、ただ第六感のみで動いていた。

「凄いな。人間だからやれるんで、俺たちには絶対出来ない。」

  甲3は机に腰掛けて窓の外を見た。25年前の遺体の情報提供と、60代と推定される疑わしい人物が、彼の心を魅了した。そして、身体切断。

「25年前。イ ・ジョンヒの死が33年前。僅か8年の差。依然として捕まらずに生きている犯人。60代の33年前なら、少なくとも20代。こんな変態的な殺人欲求は、一般的に青少年期や成人初期に始まるから、時期も合っているし。身体切断の恐怖があるということは、死後の切断ではなくて、生きて経験した切断。共通点はこれだけなのに……」


  甲3は息が詰まって、窓の外の空を見上げた。決めの一手が足りなかった。この中間を繋ぐことが出来るのは、日職達だけかもしれないという気がした。だからといって、彼らに罪を犯させるわけにはいかなかった。

「俺が脅迫したなら、勝てないフリして堕ちろ。融通の利かない奴らだ、チッ。」

  あの世の診察室に連なる彼らの精神相談、これはきっと自分に送るメッセージだと甲3は思った。


******


ミナとギョンミンを見送って、玄関のドアを閉めた。ヨンウォンは眠気の覚めない目でよろめきながら、食卓でスマートフォンを手に取った。たった今、漫画本の原稿ファイルを出版社に送ったところだった。締切が終わったのだ。だからといって、全ての仕事が終わったわけではなかった。出版社からの修正要請があれば、再び締切突入だ。その時まで、ひと眠りだけでもしておかなければならなかった。

  ヨンウォンはスマホを持って、ソファーに横になった。甲1に来て欲しいと電話をしたかったが、携帯番号が無いからシモにでもするつもりだった。この酷い格好では到底、会えるはずもないのだが。だが、逢いたい気持ちが恥ずかしさに勝った。けれど通話ボタンを押す前に、ヨンウォンはスマホを握りしめたまま気絶したように寝てしまった。

「お母さん、行ってくるわ。」

  お茶碗とスプーンを持って追いかけてくるお母さんという人は、ヨンウォンの母ではなかった。見慣れた中年女性は、イ・ジョンヒの母だった。

「ジョンヒや!これ、一口だけでも食べて行きなさい。お昼までもたないわよ。」

「もう歯磨きしちゃったから。」

「私がいけなかったのよ。寝坊なんてするから。」

「そんな事もあるわよ、まぁ。」

  イ・ジョンヒは母がすくってくれたご飯を1さじ口に入れ、指でつまんでくれたおかずも食べた。そしてそれを噛んで飲み込みながら、出勤して行った。口の中に生煮えの飯粒が、噛み砕かれないまま喉を通った。

  仕事を終えて家に帰る途中だった。夜勤のため、うんと遅くなった。遅くなる時は迎えに来てくれてる母が、今日は見当たらなかった。狭い路地は暗かった。街灯も明るくはなかった。目の前に男が近づいて来た。初めて見る男ではなかったので、あまり警戒しなかった。彼は夏が始まったので、半袖を着ていた。それで、会釈をして通り過ぎるイ・ジョンヒの視線に、手首のくるぶしの傷跡が見えた。男は完全に通り過ぎた。と、ばかりに思っていた。突然後ろから何かが襲ってきた。そして真っ暗になった。

「えっ!」

  ヨンウォンが目を覚ました。リビングだった。震える腕で身体を起こし、座った。しばらく呆然として座り続けていた。あまりにも生々しい場面だった。憑依でここまで自分の感覚のように感じられるものなのか?

「イ・ジョンヒ…、あの残忍な場面があなたの死だったの?それであの本にチェックがされていなかったの?」

  他の悪夢も思い出してみた。イ・ジョンヒはその中でも近年の姿だったが、他の悪夢は昔の姿だった。昔の幽霊が憑依しているとは思えなかった。なら、鎧を着た死神たちが出てくる夢は?この前やって来た死神たちの言葉と行動が、ヨンウォンを襲った。それは、悪夢よりもっと大きな恐怖を呼び寄せた。

  夜が明けて朝になるまで、ヨンウォンはソファーで身体を丸めたまま考え続けた。色々考えてはぶち壊すという作業を延々繰り返した。三人の死神たちに囲まれて歩く幼子の感情には、憑依してまで現れて晴らさなければならない恨みなどなかった。実在する人物であることが明らかになったから、妄想などではなかったのだ。何より天馬の女死神と、コウモリの男死神から感じられる感情は、決して他人のものではなかった。ヨンウォンは甲2が残していった言葉を呟いてみた。

「全く思い出せなくて。人間のあなたが覚えているのに…。記憶…、記憶だと言っていたわ、確かに。私の記憶だと…」

  ヨンウォンがスマホを探した。手に握っていたはずのそれは、ソファーの下に落ちていた。シモの番号を押そうとしていたヨンウォンの指が、直前に止まった。かわりにカカオトークのアプリを開いた。そこからミナにメールを送った。

《起きたらメールして》

  バッテリーが残り僅かだった。それで、重い心を落ち着かせながら起き上がって、作業室に入っていった。充電器にスマホを繋いで机の前に座った。机の上は爆撃でも受けたように散らかっていた。片付ける気にはなれなかった。頭の中も同じだった。目でイ・ジョンヒの本を探した。シモの所にあるのを思い出した。あの本になかった自分の悪夢を思い返した。甲1と、身体切断だった。甲1は幼い時に見た記憶から出てきた夢だった。それなら…

「イ・ジョンヒの死も、私の記憶?」

  ヨンウォンの全身が震えてきた。足を揃えて背中を丸め、自分の体を強く抱き締めても、震えはますます激しくなっていった。恐怖と悲しみが、うずくまった彼女を引き裂きながら、心臓の中にくい込んだ。

  カトクが鳴った。急いで掴んで確認した。ミナからだった。

〈もう起きられましたか?また余り眠れなかったんでしょ?〉

メールには淡々と書こうと努めた。

《お祖母様の療養院がどこなのか、教えてちょうだい。調べたいことがあって。》

  しばらくして療養院のリンク先が送られてきた。

〈ここです。〉

《サンキュー。ゆっくり休んでね。》

〈先生ももっと休んでください。眠れなくても、目を瞑るだけでもある程度は効果があるそうですよ。〉

《OK》

  ヨンウォンは浴室に行き、ざっと洗って出てきた。気持ちが焦って、髪は乾かしきれなかった。服も適当に掴んだものを着た。カバンに財布を突っ込んで、玄関を出てまた戻ってきた。そして、作業室から充電中のスマホを抜き取って出て行った。靴は不揃いだった。靴下も履いていない足に、何でもいいから取り出して履いた。玄関ドアを開けて出て行くヨンウォンには、ただ一つの考えしかなかった。

「直接会えば分かるはずよ。憑依なのか、記憶なのか。」


******


療養院までタクシーで駆けつける間、外の景色は目に入らなかった。なので、恐怖も感じられなかった。療養院に着いてからも、足早に歩いた。ほぼ走るような速度だった。療養院のロビーの受付に着いた。でもどう言えばいいのか分からなくて、ロビーの中を歩き回った。ミナが言い間違って話した祖母の名前は二つだった。チェ・スルジャ、チェ・ドルジャ。ヨンウォンはその中から、自分の知ってる方の名前を選んだ。

「チェ・ドルジャお婆さんは、面会出来ますか?」

「ご関係は?」

「あ…、その方の孫娘さんの職場の上司です。お見舞いに来ました。」

  職員が怪訝そうな表情で、病室を教えてくれた。ヨンウォンは部屋番号のプレートに沿って廊下を歩いた。そして、該当する病室の札にあった名前の中に、チェ・ドルジャを見つけた。ドアを開けて入っていった。狭い病室には八つのベッドがあった。八名の患者が一緒に寝起きする病室だった。患者は皆、老いてやつれていた。ベッドに付いている名札を確認する必要はなかった。ヨンウォンは8人の中に、知っている顔を見つけ出した。いくら歳をとって変わっていても、感じで分かった。30年以上、苦労しながら生きてきた母親だったからだ。

  チェ・ドルジャはベッドに座り、焦点の合わない目で、しっかり塞がれた窓を見ていた。ヨンウォンが彼女に近づいた。一歩二歩近づくにつれ、ヨンウォンの目から一粒二粒涙がこぼれ落ちた。チェ・ドルジャのベッドのそばに立った。そして、震える手を伸ばして、年老いた母の手を握った。薄い皮膚の下に骨しかない、やつれた手だった。チェ・ドルジャがゆっくり首を回してヨンウォンを見た。目の焦点がハッキリしてきた。彼女の口から長い安堵のため息が漏れた。

「ふぅ〜!私のジョンヒが来たんだね。良かったわ。やっと帰ってきたんだね?」

  ヨンウォンが頷いた。

「うん、お母さん、ただいま。」

「大変じゃなかったのかい?」

「うん、大変じゃなかった。」

「そうかい…、そうかい…、帰ってきたならいいんだ。無事に帰ってきたなら…、ふぅ!」

  これは記憶だった。これは自分の感情だった。決して他人の事ではなかった。チェ・ドルジャが布団に入り横になった。

「無事で良かった。」

  そして楽そうに息を吐きながら、眠りについた。穏やかそうに見えた。ヨンウォンは、喉を駆け上がってくる慟哭を飲み込んだ。その場に居続けることは出来なかった。それで、涙を拭きながら布団をちゃんと掛けてあげた後、病室を出た。

  しばらくして、黒いカプセルが病室のドアに重なって現れた。まるで病室のドアが開くようにそこのドアが開き、黒いコートを着た丙9が降り立った。相変わらず見習い期間であるため、カメラが装着されたヘッドセットを付けていた。

「この世に到着しました。」

 ┈ はい。座標確認完了。最小面積で安全バリケード設定完了。通信状態をチェックして下さい。 ┈ 

「良好です。」

  丙9は病室の中を見回した。8人の中に死者が出るはずだ。やがて透明な魂が、ベッドから起き上がった。チェ・ドルジャだった。丙9が彼女に近づき、右手首にリストバンドをはめた後、言った。

「あなたを導きにまいりました。」

「たった今、私の娘が…。私を迎えに来たの?」

「えっ?あっ!俗名を確認いたします。」

  ヘッドセット越しに、中央管制センターが読み上げてくれる亡者についての情報を、丙9が詠んだ。

「俗名、チェ・ドルジャ。193X年11月05日午前6時10分出生。出身地、坡洲…。」

「罪深いくせに長生きしたもんだ。」

「起きられますよ。」

  チェ・ドルジャは起き上がって、ベッドから降りた。久しぶりにふたつの足で地を踏みしめて立った。彼女は丙9の導きを受けて、カプセルに搭乗した。ドアが閉まり安全ベルトをした後に、あの世へ移動した。行く途中、チェ・ドルジャが言った。

「死んだら皆をこのように連れていくのかい?」

「はい、その通りです。」

「じゃあ、私の娘も無事にあの世に帰ったのかい?」

  何を聞かれているのかよく分からなかったが、丙9は最善を尽くして答えてやった。

「そうだと思います。」

  チェ・ドルジャは小窓から三途の川を見ながら、力無く言った。

「私は地獄に行くんだろ?娘に苦労だけさせて、嫁にも行かせなかったからね。私たちを食べさせるために働きに行く娘に、生煮えのご飯を口に入れてやったんだ。それが、私が娘に食べさせた最期のご飯だったのよ。」


********


  ヨンウォンはタクシーから降りて、マンションに入っていった。そんな彼女を、道路の向こう側の街路樹の後ろから望遠カメラで撮る男がいた。何枚も立て続けにシャッターを押した彼は、大きなカバンにカメラを入れながら呟いた。

「滅多に外に出てこないな。何日ぶりだよ。こんなアマは初めてだ。」

  そして、速やかに場所を離れた。彼が立ち止まってシャッターを切った時間は、極めて短かった。慣れたもので、長時間、人目に自分を晒すことはなかった。


********


  玄関を入ると、ヨンウォンのスマホが鳴った。帰りのタクシーの中でも号泣したが、まだ涙は残っていた。カバンから取り出したスマホには、ミナの名前が出ていた。、ヨンウォンは何度か咳払いをして泣き声をどうにか抑えた後、通話ボタンを押した。

「うん。」

  なのに、スマホの向こうからもミナの泣き声が聞こえた。

 ┈ 先生、私、数日出勤出来ません。

  良くない予感がヨンウォンの背筋をしごいて駆け抜けた。

「どうして泣いてるの?何があったの?」

 ┈ 祖母が亡くなったそうです。私たちも今、療養院に向かっているところなので…。あっ!後でまた連絡します。

  電話が切れた。ヨンウォンは食卓の椅子にどかっと座った。涙は出なかった。チェ・ドルジャと同じ、長いため息が出た。

「ふぅ〜!イ・ジョンヒを待ってたのね。私が無事である事だけを…」


******


「イ・ジョンヒの母親のチェ・ドルジャの記憶箱が入ってきました。」

  職員が大きなガラス箱を持って、記憶保管所に入って来た。その中に入っていた物は、胸に秘められた恨みのような真っ赤な血の色のハートだった。甲1が1番先にやって来た。職員が言った。

「乖離性記憶喪失を経験した亡者だそうです。なので、ここにあるのも余り役に立たないと思うのですが…」

  ところが中からヨンウォンの魂が感知された。チェ・ドルジャの記憶から拾い上げれるものは無くても、調べてみなければならない。彼女の功過格には、娘がイ・ジョンミ1人になっているからだ。裁判が始まる前に、補充資料を渡すことが出来るのも幸いだった。甲1は頷いてから、モニター室に入っていった。職員は映像に切り替えるために、記憶箱を再生装置の中に入れた。モニター室のモニターの前には、甲1と甲2、そして庁長が立って、画面が出てくるのを待っていた。インターホンが鳴った。甲1が受けた。

「何事だ?」

  再生機側の職員が言った。

 ┈ ここ、バッファリングが引っかかったようですよね?画面が全く同じなんです。全ての記憶がワンシーンだけなんですが、どうしましょうか?

「それでも出してみてくれ。」

  画面が出た。モニターを埋めつくしていたのは、イ・ジョンヒの顔だった。

 ┈ お母さん、行ってきます。

茶碗とスプーンが彼女に近づいた。

 ┈ ジョンヒや!これ食べてから行きなさい。お腹空いてるでしょ。

 ┈ もう歯磨きしちゃったから。

 ┈ 私がいけないのよ。寝坊なんてするから。

 ┈ そんな事もあるわよ、まぁ。

  イ・ジョンヒの口にスプーンが入った。そして指でつまんだおかずも入った。明るく笑って遠ざかる娘を見送った後、チェ・ドルジャはスプーンについたご飯粒を取って食べた。

 ┈ どうしよう。生煮えだわ。

  画面は再びイ・ジョンヒの顔でいっぱいになった。そして、同じ場面が繰り返された。乖離性記憶喪失だった。もしかしたら最後に見た娘の姿を忘れるのが怖くて、自分の全ての記憶を消して、娘の最後の姿をぎっしり詰め込んで満たしたのかもしれない。だから彼女の記憶には、イ・ジョンヒの他には何もなかった。甲1はしばらくの間、繰り返される映像だけを見つめていた。彼の目からも涙が流れた。ところが画面には違う映像が映し出された。甲1がインターホン越しに叫んだ。

「ちょっと待って!今さっきの…」

 ┈ はい、私も見ました。

  巻き戻された映像には、新しいイ・ジョンヒがいた。以前の記憶よりずっと鮮明になった娘は、今のナ・ヨンウォンだった。甲1がモニターに吸い込まれるように、ピッタリくっついて立った。療養院での姿だった。甲2が言った。

「以前のイ・ジョンヒじゃなくて、ナ・ヨンウォンじゃないのよ。」

  庁長も驚いて言った。

「前世の因縁の記憶に、現世が何故出てきてるんだ?こんなのもありなのか?

  画面はヨンウォンの顔で満たされていた。

 ┈ ふぅ!うちのジョンヒが帰ってきたんだね。良かった。おかえり。

  涙に濡れたヨンウォンが頷いた。

 ┈ うん、お母さん、ただいま。

  甲1が絶望的に言った。

「お母さんと言った。くそっ!」

  甲1が記憶保管所から飛び出した。そして真っ直ぐ、あの世の診察室に駆け込んだ。しかしまだ、この世の診察時間だから、ここには無かった。それでもあの世のドアを叩いた。向こうの事情を汲める状態ではなかった。しばらくして、中からシモの声が聞こえた。

「一体、何事…」

  甲1がドアを開けて入りながら言った。

「ヨンウォンが知った。」

「何を?」

「イ・ジョンヒが前世だと。

  シモが椅子に座ったまま聞き返した。

「何?どうやって?

「少し前にイ・ジョンヒの母親の記憶箱が入ってきた。その中にヨンウォンがいた。」

「イ・ジョンヒじゃなくて?」

「そうだ。死亡する直前に、最後に会ったのがヨンウォンだった。ヨンウォンがイ・ジョンヒの母親をお母さんと呼んでいた。全てのことを知ってしまった顔だった。」

「どうしよう?これからどうやって解き明かせばいいんだ?」

「我々の解明が重要なんじゃない!ヨンウォンが受けたであろう衝撃が重要なんだ!

「そ、そうだね。こういう場合はどうすれば…」

「ヨンウォンから連絡はなかったのか?」

「なかった。わざとしてこなかったのかもしれない。」

「俺たちが信じられなくて?」

「先に確かめたかったのかもしれない。」

  甲1が机に両腕をついて、急き立てるように聞いた。

「こういう場合、人間はどの程度の衝撃を受けるんだ?どうやって耐えるんだ?

  シモが立ち上がって、彼の肩を軽く叩いた。

「これについてはデータがない。ヨンウォンさんには空前絶後な事じゃないか。甲1使者。まず君が落ち着いて。君の方がショックを受けたようだよ。」

  甲1の頭の中には、イ・ジョンヒの母親の目に映ったヨンウォンの表情しかなかった。その表情が可哀想で堪らなかった。自分に出来ることがあったなら、こんなにも絶望はしなかっただろう。何の解決策もなかった。自分は本当に役立たずだ。

「俺たちは嘘をつくことだけを考えていた。彼女が知った時のことを考えずに。」

「でも、その嘘さえも、まだついてないじゃないか。」

「この世に行ってくれ。ヨンウォンのそばに居たいんだ。」

「わかった。今はその方法しかないな。」

  この世に行った。シモが言った。

「僕はまだ勤務中だから一緒には行けない。予約がまだ残っているからね。仕事が終わり次第、甲3使者と一緒に行くよ。」

  甲1が頷きながら消えた。シモがため息をつくや否や、甲1が再び現れた。

「ヨンウォンが家にいない。」

  シモがこの世のスマホで電話をかけた。長い呼出音が鳴るばかりで、ヨンウォンは出なかった。

「どうして出ないんだ?」

「甲21の所へ行ってみるよ。お前は仕事をしろ。」

  甲1が消えた。そして、再び現れることはなかった。シモのため息が深まった。

「甲1使者、僕らは君の方がもっと心配だ。今君は、正気じゃない。」


*********

其ノ二に続く