おいでやす
最近ね 肩痛いのよ
ひょっとして 五十肩?
キコキコいうのよ
あかんね
体が あんたはババアよって
訴えてる気がする
クソっ❗負けへんで
イケメンのお兄さんに撫でてもろたら
治るような気がする きっと
ヨンウォンの使者たち
第 五 章 輪廻の呪い
第 三 節
「夢に法医官様が出てきました。」
しばし静寂が流れた。甲3が、緊張した声で尋ねた。
「俺が何で出るんだ?」
「今日、印象深かったからでしょ、まぁ。夢にまで出てくるんだから。夢で私はずっと、白い壁を見ていました。」
四人の月職たちが一斉に、座っているヨンウォンを囲んで立った。甲3が、次の言葉を繋いだ。
「俺はどんな姿だった?」
「白い服を着ていました。胸を覆うエプロンもしていて、ポマードを塗っていたのか、髪をピシッとくっ付けていました。法医官様は、クールにサッと通り過ぎました。でも私は、わざと見ないようにしているみたいに、しきりに白い壁に顔を向けているんです。夢の中の私は、ずっと咳をしています。そしたら手に血がついたんです。私はそれが、とても怖くて……」
ヨンウォンが顔を上げた。彼女だけが椅子に座っていて、四人とも立っていた。なので、彼女の視線だけが見上げるようになった。元々、背が高かったが、下から見上げる彼らは、途方もなく大きく見えた。四人とも青ざめた顔で、何も言わずに互いを見ていた。
あっ!まだ目が覚めていないみたい。また夢が頭の中で、稲妻のように通り過ぎた。顔を右に向けた。赤髪の女の死神が、遥かな高さにいた。ところが突然、病院の天井ではなく、灰色の空が見えた。そこには黒髪の女がいた。太ももまでフサフサと下がる長い巻き髪の女。黒い鉄の鱗の鎧を着た女は、とても愉快に笑いながら歩いていった。側に幼い子供のような小さいヨンウォンを連れて。一歩一歩が威風堂々としていて、楽しそうに見えた。遥かな高さにある顔だった。背の低いヨンウォンの目線は、彼女の腰辺りにしかいかなかった。巻き髪が歩く度に風に揺られて、ヨンウォンの顔をくすぐった。小さな手で彼女の髪を掴んだ。とても柔らかかった。誤って引っ張ってしまったところ、彼女は怒りもせずに顔を下に向けて、ヨンウォンに笑いかけてくれた。優しかった。そしてその笑顔は、鳥肌が立つほど美しかった。彼女がヨンウォンを間に挟んで一緒に歩く隣の男を、ふざけてポンと叩いた。
ヨンウォンが、顔を左に向けた。甲3が、深刻な顔をして立っていた。ところが、今度も灰色の空が見えた。甲3が居るところには、長い黒髪を後ろに編んで縛って、鉄の鱗の鎧を着た男が歩いていた。彼も楽しそうに笑っていた。彼の手が、ヨンウォンの頭を撫でた。たとえ冷たい手であっても、暖かい気持ちになった。
ヨンウォンが前を見た。シモが立っていた。今度も病院の天井が消えて、灰色の空が見えた。そこに、ある男の後ろ姿が現れた。同じ様に鉄の鱗の鎧を着た彼は、結い上げた髪に木の枝二つを挿していた。彼も時々、後ろを見ながら笑った。横目でチラッと見るくらいだから、顔はちゃんと見えなかった。それでも感じられた。一緒に歩いているこの三人は、皆、穏やかで平和だということを。それで、とても小さなヨンウォンも、彼らの間で一緒に笑った。彼らの慈愛のもとで。
目の前が、パッと変わった。灰色の空も無くなり、病院の待合室も無かった。TVとリビングがあり、開かれた部屋のドアがあり、食卓があるここは、ヨンウォンの家だった。彼女はソファーに座っていた。側に誰かがいた。顔を向ける前に、彼がヨンウォンを力いっぱい抱きしめた。甲1だった。彼が病院からここに、空間移動させてくれたのだ。甲1がささやいた。
「俺は昨日、君と一緒に歩きながら、少し寂しかった。こうして君の感触を感じることが出来なかったから。まるで俺が存在しない、本当の幻のようだった。」
ヨンウォンの意識が戻って来た。甲1以外には何も感じられなかった。
「私もすごく寂しかった。」
ヨンウォンも、彼の背中を思い切り抱きしめた。これが現実であることを感じたかった。
「行かなければならない。重要な仕事なんだ。ナ・ヨンウォン!今を生きなければならない。決して過去を振り返るな。」
甲1が、腕の中から消えた。ヨンウォンは、何も無いガランとした空気を抱くように、腕を丸めていた。
直ぐに病院に戻って来た甲1が、甲3に叫んだ。
「ナ・ヨンウォンは前世を覚えているんだ!彼女が見る夢、それは悪夢じゃなく記憶なんだよ!」
シモが手を上げた。
「落ち着け。重要なのは、それじゃない。あっ、もちろんそれも重要だが。それよりヨンウォンさん、悪夢に甲3使者が出た事だけを見たわけじゃないだろ。悪夢を多種多様に見ると。」
甲1が言った。
「その悪夢の数々、全部……、記憶のようだ。」
甲1から暗黒の気がもくもくと吹き出てきた。怒りだった。甲21が叫んだ。
「全部記憶なら、こんな理屈に合わない転生が、初めてじゃなかったってことじゃない!」
「そうだ。前世ごとに彼女が経験した自分の死についての記憶の数々。それが悪夢の正体だ。」
甲1の周りで、暗黒の気は一段と濃くなった。
*******
記憶保管所の閲覧室に、甲2が入ってきた。担当職員が丁寧に挨拶をした後、ソファーを勧めた。そして、スクラップブックを二冊渡した。たとえ一部であっても、既に裁判所に緊急な資料は渡してあった。進行中の裁判を中断させた理由書を添付したものだった。今、このスクラップブックは、全て整理された最終証拠資料であった。やがて再開される裁判に提示する予定のこれらは、ヨンウォンの両親の記憶から、ヨンウォンの部分だけ抜粋したものだった。
甲2がスクラップを1枚ずつめくった。子供の写真1枚に、その内容が書かれていて、また別の写真にも内容が書かれているといった具合だった。その内容は、裁判の参考となるような、善悪に焦点が当てられていた。最初のページは、赤ちゃんの写真だった。ヨンウォンが、初めて彼女の母親の目に映った時の姿だった。
「可愛い赤ちゃんだわ。」
「記憶の歪曲に過ぎません。元々生まれたばかりなら、猿みたいなんですから。母親の目に映った赤ちゃんだから、天使のようなのでしょう。」
「重要なのは姿じゃなくて、本当に生まれたってことなのよ。」
「そうですよね。父親の方にも同じ赤ちゃんがいるから、ファクトになったんです。」
甲2が次のページをめくった。彼女の手は、ずっと後までめくり続けたが、最後に止まった。最後の写真は、飛行機の座席に座り、母親を見つめる子供の姿だった。甲2が首を傾げた。視線の左側に座っている幼い魂は、見慣れないものではなかった。
「この場面、詳しく見ることは出来ないかな?」
「最近は、動画も抜粋して提出します。この場面も用意されています。」
職員は、スクラップブックと一緒に送るために封筒にいれておいたUSBを取り出した。それをタブレットに差し込んで、ファイルを探した。そして、甲2が要請した場面を再生して見せてくれた。
幼いヨンウォンが、誰かを見ながらぐずっていた。長時間の飛行に嫌気が差したようだ。視線の主である母親も、疲れているようだ。それでも、前の席のポケットに挿しておいた水筒を取り出して、子供に飲ませた。着陸準備を知らせるアナウンスが流れた。ヨンウォンを間に挟んで、左側に座って寝ていた夫を起こした。そしてヨンウォンを見ながら、間もなく到着するので、もう少しの辛抱だと慰めた。幼いヨンウォンが、愛嬌たっぷりにニッコリ笑った。
「ちょっと待った!」
「はい?」
「今、子供が笑ったところで止めて。」
職員が画面を巻き戻して、少し前にヨンウォンが笑う場面を再生した。甲2が、その顔から目を離さなかった。
「この時が、七歳だと言ったよね?」
「はい。」
映像は再び再生された。着陸していた機体が激しく揺れた。機内は瞬く間に、阿鼻叫喚と化した。幼いヨンウォンが悲鳴をあげて泣き出した。そして最後の瞬間、母親が全身で子供を覆い隠した。そしてその上を、父親の体が覆った。
「こうして子供が生き残ったんだな。両親が二重に覆ってくれて。事故死では、こういう場合は珍しくないね。いつも子供だけが生き残って。幼い体が柔らかいからじゃない。両親が庇って、代わりに死ぬ場合が多いんだ。生き残った子供が、罪の意識の中で生きていても。それなのに、子供がいないだなんて。こんなに愛したのに。それなのに、幻覚だなんて。こんなに愛されていたのに……」
********
ヨンウォンは、作業室の机にぼーっと座っていた。分からない感情が、離れていかなかった。今日新しく見た夢は、頭の中に残っていなかった。病院の待合室で見た、鎧を着けた三人の強烈さに包まれてしまった。
「しっかりしなくちゃ!仕事しよう!」
ヨンウォンは自分の頭を叩いて、スプリング練習帳を掴んだ。ウェブ漫画のコンテ集だった。
「どうしても私は、次のストーリーを史劇にしたいようだわ。ひょっとして、自分でも知らないうちにストーリー構想が出来ているのかしら?」
自ずと頷いた。さもなければ説明できない現象だった。文化財資料集で見たものを参考にすると、夢の中の鎧は、新羅時代のスタイルのようだった。
「普通、私が強制的に介入しなくても、自ずと回っていくストーリーが大ヒットするんだけど。この史劇、設定からして上手く回っていくのかしら?キャラクター、キャラクター……。メモしておこう。」
目を向けると《予知夢 解釈法》が視野に入ってきた。そういえば、睡眠クリニック室での夢で、血を見た。この本によれば、血は吉夢と解釈されていた。
「咳をしながら血を吐いたんだから…、待って!まさか、結核?」
ヨンウォンは本を手にして、以前見た病気のカテゴリーを探した。そして、該当するページを広げた。この前、ハンセン病と一緒にチェックされていた結核を探した。イ・ジョンヒの夢と重なってなかったのではなかった。今までヨンウォンが、この夢を見ていなかっただけだった。しばらく茫然自失となったヨンウォンが、本の一番前の部分を広げた。そして最初から順番に、一枚一枚丁寧に鉛筆の跡を探し始めた。
ピンポーン。
ヨンウォンが、本から顔を上げた。とても長い時間、本を隅から隅まで調べていたようだった。イ・ジョンヒは、ヨンウォンが見たことも無いものにもたくさんチェックしていた。それでヨンウォンは、その部分もノートに細かく書き写した。新しい夢を見るようになれば、探しやすいように整理したのだった。イ・ジョンヒの夢の中でヨンウォンが見ていないものは未だ多いが、ヨンウォンの夢の中で、蝶と身体切断、またはバラバラ殺人、あるいはこれと同じじゃなくても類似した内容に、チェックはされていなかった。
ピンポーン。
「あっ!チャイム。」
ヨンウォンはリビングを通る間も、本の内容の事をずっと考えていた。昨日は遊園地に出掛ける時だけ玄関を使って、帰りは空間移動で出入りした。ピザの配達員は来たけど、死神達と一緒だったからそうしたのか、ドアチェーンを掛けておかなかった。ピザが浮かび上がるのを見てうっかりしたのだ。
玄関ドアを開けた。ドアの向こうに、野暮ったい女がにっこり笑っていた。自分なりにはめかしこんだ様だった。ひときわ前髪を作ったようにこんもり巻いて、肩が大きめのデニムジャケットを着ていた。ヨンウォンが言った。
「いらっしゃい、ジョンミ。」
「はい。えっ?先生、今、何と…」
玄関に入ってきた女が、ミナに変わった。前髪は自然に横に流して、スリムなデニムジャケットを着たミナだった。
「あっ、今、何て言ったっけ?いや、入って。」
ミナが入ると、ヨンウォンは首を傾げながら鍵をかけた。ミナが作業室に入りながら言った。
「先生、今さっき、『ジョンミ』って呼びませんでしたか?」
そうだったと思う。その名前がなぜ出てきたの?知り合いの中に、そんな名前のは人はいなかった。ミナが続けて言った。
「私、返事しちゃったじゃないですか。うちのお婆ちゃんも月に一度は、私の事をそんな風に呼んでましたよ。なので、ついうっかり、ははは。うちの母の名前が、 イ・ジョンミなんです。」
リビングに入ったヨンウォンの歩みがピタリと止まった。作業室にカバンを置いて再びやって来たミナが、さっきのあのジョンミに見えた。彼女がヨンウォンに話しながら通り過ぎた。
「オンニ!私、友達の家に泊まるから、母さんに代わりに言っておいてね。」
「ちゃんと許可を取ってから行きなさい!」
「先に言えば、ダメって言うに決まってるわ。帰ってきてから叱られるから。」
逃げるジョンミの背中が、冷蔵庫から水を取り出すミナの背中に変わった。ミナがヨンウォンの顔色を伺いながら尋ねた。
「昨日は楽しかったですか?」
「えっ?あっ、うん。」
ミナは水を飲んでいて、積み上げてあったピザの箱を見つけた。決して男女のカップルが食べた量では無かった。昨日はシモとデートに行ってきたと思っていたミナの頭が、こんがらがってきた。
「ミナや。」
ミナがヨンウォンの次の言葉を待った。ヨンウォンはしばらく躊躇って、やっと言い出した。
「あなたのお母さんのお名前がイ・ジョンミなら、イ・ジョンヒという名前は知らない?何だか似ているような名前なんだけど。」
ミナは暫く考えて、作業室からスマートフォンを持ってきた。そして電話をかけた。
「母さん、うん、うん。電話が繋がるなり、直ぐにお小言なの?その話は家に帰ってからにして。一つだけ聞きたいんだけど、母さん、もしかしてイ・ジョンヒって名前…。あっ、何でよ!話を始める前に、何で大声で怒鳴るのよ!誰なのか聞くこともダメなの?……どこで見たのかって、リサイクル古紙に出した本に名前が書いてあったのを見たのよ。……あっ、何よ、また。今度は何で泣くのよ。……えっ?あ、ちょっと待って。」
ミナが急に作業室の隅に隠れるようにして、しばらくの間電話をしていた。そして電話を切って、ヨンウォンの前に再びやって来た。でも、言おうか言うまいか、躊躇っていた。
「イ・ジョンヒ、ご存知の名前だって?」
「それが…、うちの母の姉だそうです。実の姉。」
「叔母さんのお名前、知らなかったの?」
「いたことも知りませんでした。先程の母の話では、昔に行方不明になったそうです。話す事だけでもそれぞれの傷になって、口をつぐんでいたようで…。さっき母に酷く泣かれて。どうしても上手く話を聞き出せそうにありません。」
「申し訳ないんだけど、もうちょっと詳しく伺うことは出来ないかしら?」
「それは無理だと思います。うちの母、かなりヒステリックなんです。今、地雷を踏んだみたいなので。あ〜、家に帰りたくない。あっ!あの本、もしご気分が悪くなるようでしたら…」
「違うわ!大丈夫よ。私、あの本、気に入ってるのよ。心配いらないわ。」
気になった。今すぐどうやって調べようか、秘密裏に調べれば……、便利屋!ヨンウォンは、今日、夜明けに会った赤髪の死神を思い出した。名刺を貰ったことも思い出した。
「あれ、どこに置いたっけ?捨ててないはず……」
ヨンウォンが、ソファーの下に落ちている紙切れを見つけた。あの名刺だった。素早く拾って確かめた。個人の携帯番号は無かった。代わりに、事務所の固定電話番号があった。食卓にあったスマートフォンで、まず電話をかけた。今日は日曜日だけど、こういう所は必ず休みとは限らないから。呼び出し音が鳴った。ねっとりとした声が電話に出た。
┈ 熱意と誠意を尽くす便利屋です。何をお手伝いいたしましょうか?
「あのぉ、社、社長さんとお話したいのですが。個人的に知ってるんですが…」
┈ 今日は出勤しておりません。個人的にご存知でしたら、携帯の方にかけてみて下さい。
「あ、はい。では、恐れ入り……」
電話が切れた。ヨンウォンは暫く悩んだ末に、シモのスマホに電話をかけた。彼なら知っているはずだ。でも、スマホの電源が切れているか、繋がらない所にいるというアナウンスだけが聞こえた。今度は、甲3にも電話をした。シモと同じアナウンスが流れた。今日の夜明けに四人が集まっていたのに、会食でもしているの?それとも、死神は日曜日が休みなの?また悩んでいたヨンウォンが、先に作業室に行っていたミナに言った。
「ミナや。あなたのお母さんのご実家に行ってみることは出来る?ギョンミンが来たら直ぐに。」
「なぜですか?」
「ん?あっ!資料が必要だから。」
「どんな資料ですか?」
「いえ、ちょっと確認したいこともあって。ダメかなぁ?」
「私は構いませんよ。でも、行ってみたところで、特に何も無いですよ。家を売りに出していて、家の中には何も無いんです。」
「あっ、お婆さん、療養院に行かれたって言ってたわよね、ほら。」
「はい。家を売って、病院の費用にするって聞きました。」
「じゃあ、もしかしてお婆さん、その病気も、あの事が原因じゃないの?」
「そうでしょうか?私もそうだとは思いますが、はっきりとは答えられません。私も、今知ったことが全てなので。何だか、うちの家族の黒歴史を暴いたような気分です。ちょっと気まずいです。」
「申し訳ないわ。私が訳もなく妙に気になってしまって。」
「いいえ。おかげで母と実家の問題が分かりました。私はただ、嫌だったんです。些細なことでも感情を爆発させて、雰囲気も暗くて。性格の問題だと思ってたんですが、娘が、姉が、死んだのか生きてるのかすら分からないまま、ある日突然、消えてしまうなんて……」
ミナの目に涙が溢れた。
「あぁ、恥ずかしい。うちの母の感情に同化したみたい。」
『ジョンミや、……』
インターホンが鳴った。ギョンミンだった。ヨンウォンは急いでミナに背を向けて立ちはだかった。そして、彼女の目からも涙が流れ落ちた。どうやら本当に神気があるようだ。巫の目だそうだが。それでこんな風に見えるのか、ヨンウォンは考えた。ある意味、不思議な経験だった。
********
あの世の診察室では、甲1をはじめとして、甲3とシモ、甲21がソファーに座っていた。誰も何も言わなかった。一人が話を切り出そうとしたが、考えがまとまらなくて口を閉じ、また言い出そうとしてやめるという事を繰り返していた。ところが突然、ノックも無しに診察室のドアがバンッと開いた。甲2だった。突拍子も無い登場と言わざるを得なかった。ここに来いと哀願しても、頑なに避けていた彼女ではないか。彼女はソファーに座ることもせず、真っ直ぐシモにズンズン近寄って、片手で彼の首を掴んだ。
「私を治せ!」
シモの横に座っていた甲3が言った。
「それが直ぐに治るなら、俺が150年間も、この世をさまよう事などなかった。」
「お前は石頭で、こいつはブレーンだから、選ばれたんだってよ!」
「石頭…、やーっ!」
甲3が、甲2を指差しながら、シモに言った。
「俺はこいつの助っ人は、絶対にやらないからな。」
「この単純無知な使者庁の野郎どもめ。頼むから、外で戦ってくれ。頭が割れそうなこの非常事態に、そうしたいのか?甲2使者!君は急に何故、こんな事をするんだ?理由を聞こう。」
「この世に行かねばならない。」
「この世忌避症は?」
「だから治してくれって言ってるんだよ。」
「あっ、あっ、そうだな、その部分は後でまた話し合うとして、この世に急に行かなければならないと思った理由は?」
「ナ・ヨンウォン、あの魂に会ってみなければならない。」
甲1の濃い眉が、ピクリと動いた。彼の瞳が甲2に移った。
「なぜ?」
「分からない。分からないから、会ってみないと。会えば、なぜ会いたいのかわかる気がして。」
甲21が肩をすくめて、甲3に尋ねた。
「これは一体、どういう意味なの?謎解き?」
「俺も知らない謎解きだ。会わなければならないのに、なぜ会いたいのか会えば分かるって?文法からして間違ってる。我々のあの世も、国語は必修科目として教える法を作らないとな。まぁ俺も、国語と文学さえ無かったら、大学入試を七年は短縮できたんだが。」
「甲3使者は黙ってろ!甲25使者、治せないのか?」
「先ず僕の首を絞めている君の手から退けてくれ。」
甲2が慌てて、手を退けた。
「すまない。焦っていた。」
「急になぜ、焦って来たんだ?まぁ、それでも意欲が出てきたことは、喜ばしいことだが。ちゃんと診察の予約をして、また来い。いや、違う。忙しくないなら、今、ここに居ろ。ここは、この世に最も近い所だから!ちょうど僕たちも会議中…じゃなくて、メンタル崩壊中だから。」
甲2が不安の色を呈し始めた。それでも我慢しようという意思が生じたのか、この前のように暴走することはなかった。この前が予防注射になったわけだ。けれど、この世のドアに背を向けて立っていた。拒否する心が反映されていた。
「ところで、何でこんな風に集まっていたいるんだ?」
甲21が言った。
「はぁ!どいつもこいつもナ・ヨンウォン!また、あの魂問題。甲2オンニ!私たち、本当に厄祓いしましょう。費用は全部、私が持ちますから。私、本当に頭が爆発しそう。」
甲2が興味をあらわにした。以前も無関心な訳では無かったが、今回は、公的よりは私的な関心だった。彼女がソファーの方を見ながら、机に腰掛けた。この世のドアを意識していなかった。その姿を、シモも興味深く見た。とても僅かだが、希望の光が見えたようだった。
「前に言ってたこと、まだ進んでないのか?」
「そこに問題が更に加わってるの。甲2オンニ、信じられないんだけど、ナ・ヨンウォンが、転生をずっと繰り返しているようなの。今回が初めてじゃなかったのよ。」
「えっ?どうしてそんなことが有り得るんだ?何度も?周期は?」
「まだ全部はハッキリしていないの。記憶があることから見て、他の前世の時もあの世には入ってこなかったと思うし。」
「記憶がある状態で転生?耐えられるはずないのに。その魂は、正常なのか?」
甲3が答えた。
「その割には、何ともないと言うべきだな。あの世に前世の記憶を置いていってこそ、現世の人生をまともに生きられるってのに。」
「ヨンウォンさんと夢について、もう少し踏み込んで話をしてみるつもりだ。そうすれば、何とか救い出せるかもしれない。」
シモの言葉を継いで、甲3が言った。
「身体切断の夢を見るって言ってたよな?俺はそれが、何でこんなに気になるんだろう?」
「どんなところが?」
「ナ・ヨンウォンの恐怖指数だよ。身体切断が最高なんだろ?人間の記憶は、最近であればあるほど、強烈であればあるほど、より長く保存されるじゃないか。恐怖の段階が、前世の順序をある程度反映してるんじゃないのか?」
「わずか99年ほど前のキム・ブニの前世は、今まで見たことも無いって言ってたじゃないか。」
「それが核心なんだよ!キム・ブニは病死だった。事故や殺害より、強烈じゃないだろ?普通、老死や病死は、時職らの担当だ。それだけ死に備えて心の準備をする段階を、現世で経るから衝撃も少ないし。それで、そんな死を経た魂の記憶は、より早く消滅して。キム・ブニは、他の前世より強烈では無かったんだよ。それでも、それすら俺を見た記憶と重なったせいで思い浮かんだと思っていいだろ。ナ・ヨンウォンの暴露の段階から、交通事故に関連したことを除いて、順序を作らないとな。一段階の懸垂、二段階の潜水、三段階の火、四段階の身体切断、こんな風に先ず整理できる。恐怖段階がこれより下である死が、もっとあるはずだ。」
甲2が、凄い!と言うように笑って、甲3に言った。
「あんた、石頭じゃなかったんだね。」
「俺は医大にいった男だぜ。国語、倫理、国史さえなけりゃ、10年間、入試で苦労することもなかったんだ。理系なのに、こんな科目まで満点近く取らないと医大には行けないということの方が、ナ・ヨンウォンの事よりもっとお話にならない事だがね。」
シモが言った。
「くだらない話はよせ。ヨンウォンさんは、死体を見る夢と死体になる夢を見ると言った。死体を見る夢は現世のものとして除けば、死体になる夢が前世だ。それなら甲3の導出が正しいようだ。焼け焦げて死ぬ夢は確かだ。その夢を見た時、僕は見たんだ。その恐怖は明らかに経験だった。懸垂は、首を絞められて死んだとも考えられるし、潜水は、水に溺れて死んだみたいだし、身体切断は…」
甲21が言った。
「違うわ。それなら、まともに現世を生きることは出来ないわ。皆んな、知ってるじゃないの。無惨に死んだ魂たちが、あの世に来て一番先に何をするのかを。治療よ。記憶を取り出しても、魂は簡単には治らない。焼け死ぬのは、その中でも1番上よ。その記憶まで持って、今の人生を生きてるって?」
全ての魂には、地獄の火に対する恐怖が内在している。そこに罪質の最も悪い魂が入れられるからだ。人間が作った地獄の段階で、火が絶えず燃え続ける地獄が1番上である理由もここにあった。感じる恐怖の中で、火が一番高いから。
「そうだよ。ナ・ヨンウォンは並の強さの魂じゃないんだ。」
甲3の言葉だった。これに、甲2が言葉を付け加えた。
「だから、悪鬼にならずに持ちこたえられたんだな。十分に。」
「はぁ!有り得ない。何故、こんなにも残忍なことが…。可哀想に。今すぐこの世に行って、ナ・ヨンウォンを抱きしめてあげたい。」
「死神に抱き締められて、癒されるのか?冷んやりするだけだぜ。」
「甲3オッパに言ってもムダね。私がそう感じるのよ。」
甲3が言った。
「甲21が言う通り、焼け死ぬのが最上だ。それなら、切断より段階が上じゃなければならないのに違うということは、身体切断がより新しい前世という意味になるんだろうな。」
「身体切断も恐怖の面では決して劣らないが、絞死や水死も同じだし。」
シモが言った。
「僕が夢について、もう少し詳しく聞いてみよう。ヨンウォンさんからは詳しい話は聞いていないが、甲3使者を記憶するディテールを見れば、より多くの事を記憶しているのだろう。これは僕に任せて。そうすれば、周期くらいは類推できるだろう。」
「キム・ブニは最近である確率が高いから、そのくらいは覚えているものとして見るべきだ。残りは強烈な死の瞬間だけを覚えていて、ディテールまでは覚えていないだろう。」
「そうかなぁ?」
シモが甲1を見た。彼は今まで何も言わずにいた。だからと言って、以前のように虚ろな目をしているわけではなかった。いつになく、ハッキリとした眼差しだった。
「甲1使者、聞いてる?」
「聞いている。怒りが込み上げて、腹の虫が収まらないだけだ。」
心が痛くて堪らないだけだ。
「いつから始まったんだろう?この、残忍な輪廻が………」
だんだん核心に近づくにつれ
ヨンウォンを案じる死神たち
甲1の気持ちは 絶対 愛ですよね
でも 二人の縁はいつからなんでしょうね
てか、ヨンウォンって実在するの?
あぁ 謎だらけ
今日も読んでくれはって ありがとね