続き


   三人の使者が三角に背中合わせになって同時に現れた所は、ヨンウォンのマンションのリビングだった。甲1の正確な空間移動だった。夜更けだった。けれど、リビングは明るかった。甲1がヨンウォンの姿を探した。さほど苦労もなく見つけた。ヨンウォンは泣いてなかった。恐怖に震えてもいなかった。そして気が触れても無かった。この上なくくつろいだ姿勢でソファーに横たわっていた。

「ナ・ヨンウォン?」

   甲1が彼女の名前を呼ぶと、ヨンウォンが飛び起きて座った。これに三人の使者が同時に驚いて、二歩ほど後ずさった。彼女の顔は、両目と口だけがパックリと空いたもので覆われていた。白い顔が言葉を話した。

「何で今なの?あれだけ待っていたのに。」

   別に大した話ではなかった。なのに甲1の心が急に崩れ落ちた。同時に彼の膝も床に落ちた。どこから来る感情なのか分からないが、彼をこの現実から切り離してどこか遠くに引っ張っていくような感じだった。甲1の意識がヨンウォンから遠ざかり、ただの白い顔に近づいた。甲3が吹き出した。

「うぁはははは、これは人間の女たちが好んでやるマスクパックとやらだ。驚くことはないよ。」

   けれど、甲1の目の焦点は合っていなかった。中身が空っぽの人形のようだった。シモが彼を訝しげに見つめた。前頭葉の損傷では無いのは確かだと判断していた。しかし、これはまた別の疑念を呼び起こした。狼狽えたヨンウォンがマスクパックを外し、テーブルに投げて、甲1の前に座った。

「幻覚さん、死神なんでしょ。なのに、こういうのを見て驚くの?」

   ずっと音沙汰なかったのに、よりによって、こうしてる時に現れるなんてどうして?でなければ、ピンポンを押して入ってくるとか。ヨンウォンが彼の頬に手を当てた。すると甲1の意識がだんだん戻ってきた。

「ナ・ヨンウォン?白いものが…、死んだんじゃなかったんだな。」

「顔にちょっと貼り付けてただけよ。スキンケア。」

「あの後、大丈夫だったのか?」

「私は大丈夫だけど、幻覚さんが大丈夫じゃなさそうだわ。」

「俺は大丈夫だ。君は……、待ってたのか、俺のこと?」

「当たり前よ。待ってるって言ったじゃない。全然来ないから、また幻覚を見たんだと思ってたところよ。」

   待つことによって涙も、恐怖に震える時間も、気が触れることもなかった。また会えるという期待感でワクワクして、他の感情はヨンウォンの心に入り込めなかった。いつもそばにまとわりついていた恐怖でさえ、近づくことは出来なかった。

「あのさぁ、僕達もいるんだけど…」

   シモの声だった。ヨンウォンが今になって、他の使者たちに気づいた。甲1独りだけで来たのではなかった。甲1だけが来るのだと思ってたのがバカだった。彼は時間の約束だけしなかったんじゃなくて、独りで来るという約束もしていなかった。

「あぁ、院長先生も?何故いらっしゃったんですか?ところで、そちらの方は…」

   ヨンウォンは見知らぬ者に対する警戒心からしばし肩をすくめていたが、恐る恐る甲3を見た。そして彼を見抜いた。

「見覚えのある方ですね。」

   三人の使者が一斉に緊張した。ヨンウォンが前世で見たのを覚えているのか?それならキム・ブニについての事も、話してやらなければならないのか?

「さっき、お昼にすれ違ったんです。そちらは覚えていらっしゃらないでしょうけど。」

「俺も覚えてるよ。他に覚えていることは?」

「えっ?お昼に…、えっと……、他に何も無いですけど?ただすれ違っただけなんで。ところでどちら様ですか?何で一緒にこうやって…」

   甲1が立ち上がった。正気に見えた。彼が二人の月職に言った。

「身体に以上が無いか、チェックしてみろ。」

   ヨンウォンが叫んだ。

「待って!何をするつもりか知らないけど…」

「怖がることはない。大丈夫かだけ…」

「まず、靴から脱いでください!院長先生もスリッパを脱いで、初めてお目にかかる方も靴を脱いで下さい。さっき道で履いてたやつじゃないですか。ここは靴を脱いで入る所ですよ。」

   どれだけ一所懸命掃除したことか!シモと甲3がサッと靴を脱いで、横に並べた。甲3がささやいた。

「あの魂は強いことは確かだ。強情だよな?」

   ヨンウォンが甲1の靴を指さした。甲1が言った。

「俺はこの世の地面を踏んでいない。だから靴を脱ぐ理由が無い。」

   もっともらしい言い訳だったが、甲1の服や靴が剥がされたり破損したりすると、直ちに中央管制センターの非常サイレンが鳴る。それで脱ぐことが出来なかったのだ。ヨンウォンが即座に言った。

「シークレットシューズなのね。だから脱げないんだわ。」

   甲3は気づき始めた。この女は創作職業群なんだ!シモに腹話術のように耳打ちした。

「お前はもう、慣れたんだろう?」

「いや。プライベートな会話はしたことがないから。それでも疲れるよ。」

甲1がまた催促した。

「健康チェック!」

   シモを出し抜いて、甲3が乗り出した。

「お前があの世に行ってきたんだって?」

「えっ?そんな所には行ってませんけど?」

   甲3はズボンの後ろポケットから財布を取り出して、その中の名刺1枚をヨンウォンにあげた。

「俺はこういう者だ。」

   名刺には『国立科学技術院法医学センター法医官 カン・サム』と書かれていた。

「ちょっと失礼。」

   甲3がヨンウォンの手首を指先で掴んだ。脈診をするためだ。次に目を広げて瞳孔を確認し、舌を出してみろと言って舌も確認した。両手のひらまで注意深く観察した。そうしている間、ヨンウォンはずっと法医官についてだけ考えた。法医官って、死体を検視する医師じゃなかったっけ?死神二人と法医官?まさか?

「あのぉ、私、今、死体なのですか?死んだんですか?まさか、まさか、検死してるんじゃないですよね?」

「検死?面白いな。」

「そちらも手が冷たいですね?幻覚さんのように。」

「死体は俺が触っても、手が冷たいとか文句は言わないよ。」

   甲3がヨンウォンの髪の毛の下に指を入れて、頭皮まで丁寧に押さえてみた。

「あのぉ、本当に何でこうするのか説明を…」

   こんなに触られてもセクハラのような感じはしなかった。

「お前は今、熱が少しあるから俺の手がもっと冷たく感じるんだよ。俺たちも体温があるにはあるんだ。人間よりは低いけどね。お前らとは平均体温が6~10度くらいしか違わないよ。」

「俺たち?俺たちって誰…」

   ヨンウォンが質問をし終える前に、甲1が先に聞いた。

「異常はあったか?

「いや。熱は具合が悪いからじゃなくて、興奮して少し上がっただけだから、心配することは無い。驚いたことに、元気だよ。どこも異常は無いよ。これはとても興味深い結果だ。三途の川を渡って来ても、身体活動は続いている。出来ればこれについての論文を書きたいくらいだ。」

「あのーっ!私の質問に答えて…」

   甲3が正式に挨拶した。

「俺も死神だ。」

   髪の毛から濃い色がぷんと漂った。この名刺に書かれた文字は何で、死神って何?この二つが合わさったら何になるの?今さっき脈診したのは?

「あのぉ、私は今、幽霊なのですか?あの世がどうのこうの言ってたので…」

「ナ・ヨンウォン!肝機能が若干、低下している。ミルクシスルでも飲んで。肩もすごく凝っている。今、鍼筒が無くて残念だ。鍼を何本か打ったら解れると思うんだけどな。腰の方も弱いよ。机の前に座ってばかりいないで、少しは筋肉運動をしなさい。後は良いね。身体的病理所見の無い精神障害の典型的ケースだね。」

   ヨンウォンは息苦しさを通り越して、呆れ返った。

「何なの、あんた達!何をするにしても説明するのが先じゃないの!皆でいっぺんにウチに現れただけでも気が気じゃなくて死にそうなのに!」

   甲1が彼女の肩に手を置いて言った。冷たい手の感触があまりにも優しくて、ヨンウォンの混乱を鎮めた。

「君の健康チェックが、最も急を要することだからだ。安心しろ。幸いにも健康だそうだ。俺もとても安心したよ。」

   シモも魂が抜けたような気分だった。ナ・ヨンウォンに対する甲1の態度が、ちょっとやそっとの異常さではなかった。日頃の彼の目つきはどこにも見当たらなかった。

「次に急を要するのは、地下鉄事故の時、犯…」

ドンッ!

   シモが甲3の胸を力いっぱい押して、話を止めた。

「それのどこが急ぎなんだよ?はぁ!まず落ち着かせてから話すべきじゃないのか。」

   そうしてはヨンウォンをソファーに座らせて、彼も横に座って静かに話し始めた。

「ヨンウォンさん。ヨンウォンさんは今日、あの世に行って来たんだよ。」

   今はもう、シモも敢えて敬語は使わなかった。

「あの世に行ったんですか?いえ、あの世がそんなにも簡単に、自分が感じる間もなく行ってこれる所なんですか?」

   甲3が、ヨンウォンのそばのソファーに座りながら答えた。

「案外鋭いな。そんなはずが無い所だ。」

   シモが横目で睨みつけたが、彼は気にしなかった。

「ヨンウォンさん、さっき診察室が変わったのを見たよね?この世にいたのにあの世に行って、ここにいる真っ黒な服を着た使者を乗せて、またこの世に戻って来たんだよ。理解し難いだろうが、それが事実だ。そんな仕掛けをしておいたんだよ。診察室にあった非常ドアのようなものは、普通の人の目には見えないんだ。僕の手袋もそうだし。ヨンウォンさんの目が特別だから、こういう事が起こったようだ。」

「私はあの世に興味はありませんし、私が生きていればいいんです。私が怖いのは死ぬことで、あの世ではないんです。」

   甲3がつぶやいた。

「その二つは違うのか?人間にはそういうものなのか?」

   シモがまた甲3を横目で睨んだ後、聞いた。

「ヨンウォンさんが気になる事があったら、なんでも聞いてごらん。出来る限り説明してあげるから。」

  ヨンウォンがぽつんと立っている甲1を見ながら言った。

「あの男です!あの男が幻覚じゃないって本当なんですか?私にはそれが一番重要なんです。私はその答えを聞くために、今まで待っていたんです。」

   またもや甲3が出し抜けに言った。

「くだらない質問だな。幻覚では無いが、それと大して変わらない。どうせ死神なんだから。」

あ……、そうだ。そうなんだ。幻覚では無い、でもそれと変わらない?ヨンウォンは甲1を見上げた。その目がぶつかった。濃い眉の下の瞳が、彼女を無邪気に見下ろしていた。いくら目を合わせて見つめても、変わるわけではないのだ。彼女が狂ったのなら彼は幻覚だし、狂ってなくても幻覚と同様の存在なのだから。幻覚じゃないかもしれないという考えに、何故あんなに浮かれていたんだろう。ばかみたい。

『この男が本当に死神なら、それが事実なら、あの地下鉄事故の魂たちも、飛行機事故の時の母さんと父さんの魂も、この男が……』

   甲3がサッと立ち上がってキッチンの方へ行った。

「おい、何か食べる物は無いのか?客が来てるのに、何か出してくれよ。」

   ヨンウォンが甲3を指差しながら、シモに聞いた。

「この人本当に死神なんですか?」

「残念ながら、そうなんだよ。我々もちょくちょく信じられない時があるんだ。やーっ!ヨンウォンさんに紛らわしい振る舞いをするな。」

「死神が死神のフリをしろってことか?」

   甲1が、食卓の周りをうろうろしている彼を見ながら言った。

「お前、ちょっとそうした方がいい。」

   結局ヨンウォンが話を中断し、立ち上がってキッチンの方へやって来た。三人とも客であるのは事実だ。死神なのだから、もっと手厚くもてなさないとならないのかもしれない。

「死神は何を主に食べるんですか?」

「それぞれ違うよ。俺は色々楽しむ方だ。味は分かるからな。」

   そう言えば、甲1もラーメンを食べた。あの日、ラーメンを幸いにもひと袋だけ食べたことになるし、お腹の肉に対する罪悪感もひと袋分だけ軽くなる。ヨンウォンは、甲3の名刺を食卓の上に置いた。そして甲1に向かって言った。

「そちらはカビル?カビルって言ったわよね?」

「違うって言っただろ。」

「院長先生はイ・シモ、ここにいる法医官様はカン・サムという名前があるのに、そちらの方は何故ないの?」

   甲3が説明してくれた。

「イ・シモやカン・サムは、この世で勝手に使ってる名前。あいつはこの世に住民登録してないから、無くてもいいんだよ。そもそも俺たちは名前自体が必要無いから。」

「住民登録ですか?そんな事もするんですか?」

「そうだよ。便宜上ね。もちろん、ちょっとした操作はするけどね。」

「操作?」

   シモが、これ以上の天機漏洩を止めた。

「ヨンウォンさん、それ以上は知らなくていい。皆んな、余計な話は慎め。」

   ヨンウォンの口が尖った。三人の中で、一番融通の利かないヤツであることは明らかだった。1番長い付き合いなのに、まんまと騙された。

「じゃあ、私が勝手につけるわ。これから私はあなたをカビルと呼ぶわね。」

「勝手にしろ。」

   面倒なのかな?何かと言えば、勝手にしろって言うのよね。ヨンウォンが指でソファーを差しながら言った。

「カビル!そこにちょっと座ってくれないかしら?そうやって立っていられると不安で。今すぐにでも行ってしまいそうだから。」

   甲1がソファーに大人しく座った。どうせ彼も直ぐに行く気はなかった。ヨンウォンは冷蔵庫からロールケーキの箱を取り出した。前もって買っておいてよかった。危うく大慌てするところだった。

「私はお客様をもてなしたことが無くて…」

「大丈夫だよ。コーヒーもいいね。ミックスコーヒーなら、尚いいけど。」

「夜なのに大丈夫ですか?」

「俺たちはカフェインは関係ないから。」

   シモは思わず首をブンブン横に振ってしまった。甲3を連れてきたのは大きな間違いだった。ここではまともな相談は難しいと判断した。それで、着ていた医者の白衣を脱いで、横に置いた。そしてネクタイも緩めた。一日中、気が休まらなかった。ヘトヘトだった。

「甲3使者!君、それは厚かましいぞ。」

「仕方ないよ。だって俺は今、とてもいい気分なんだ。人間の前で俺が死神であることを、敢えて隠さなくていいんだから。足枷を外したような感じ?」

   ヨンウォンがコーヒーミックスを取り出しながら言った。

「今のように行動してもバレないと思いますよ。絶対に。」

   ヨンウォンはコーヒーミックスを持ったまま、ピタッと止まった。そう言えば、敬語とタメ口に問題があった。甲1とは初めから幻覚と勘違いしてタメ口で始めたし、シモとは医師と患者として出会ったから敬語で始めたけど、この男にはどうして一方的にタメ口で話されてるの?初めから死神としてスタートしたからなの?じゃあ、甲1にも今から敬語に変えるべき?いえ、彼はタメ口で話しても構わないと言ったわ。じゃあ、この法医官使者は?

「あのぉ、見たところ、この世では私と同じくらいか、もう少し若いように見えるんですけど…」

「もうすぐ五十だ。」

「えっ?」

「この世の住民登録では、俺は49歳になっているから。」

「えぇーっ?そ、その外見で?」

「仕方ないんだ。この状態で維持され続けるから。」

   コーヒーポットに水を入れて電源を入れるまでは甲3がした。本当に人間のように自然だった。

「いえ、私が言いたいのは、皆んながそれを信じますか?ってことです。」

「何を信じる信じないって?そうだからそうなんだよ。近頃は皆、童顔だから問題ないさ。」

「若く見えるのと、本当に若いのは違います。人間たちはそれほど愚かではありません。せめて服だけでももう少し老けて見えるようなものを着るとか。」

   ジーンズにジャケットを引っ掛けただけなのに、とても洗練されていた。スタイルもかなりいい仕事をしていたが。

「俺たちはそんなの分からないよ。売り場に行って、マネキンに着せてあるものをそのまま着ているから。」

「あ……、世の中で一番オシャレに服を着る方法だけど……」

   ヨンウォンはコーヒーカップを取り出した。そうしながら、甲1をずっと眺めていた。彼はソファーに座ってばかりいた。まるでここに来たくないのに、強制的に連れてこられた人のように。ヨンウォンが来いと大騒ぎをしたから無理やり来ているみたいに。

「だからお前も俺に、甲1に言うみたいにいい加減な言葉を使うなよ。無作法だと言われるぞ。」

「はい。」

   シモが言った。

「ヨンウォンさん、我々の正体を他の人たちには…

「もちろん話しません。そうじゃなくても精神病院に通う患者だから、そんな事言ったら…」

   ヨンウォンは雰囲気がシラケるような言葉を飲み込んだ。いたずらに余計なことを言ったと思ったが、三人の男は全く気にしていなかった。人間たちとは明らかに似てはいなかった。

「ナ・ヨンウォン!地下鉄事故の時、そこにいたんだって?」

   甲3が突然、ここまで着いてきた要件を切り出した。彼の頭はずっとそれだけ考えていたが、今なら邪魔されないと計算したのだった。

「はい、どういうわけか。」

「そこで怪しい人を見なかったか?」

   ヨンウォンはコーヒーカップを食卓の上に置いてから答えた。

「犯人は捕まっていないのですか?私は当然、捕まったんだと思ってました。」

   あの後、TVも意図的につけないで、ニュースも見なかった。ミナとギョンミンもヨンウォンの前では、なるべく事故に関する話を避けた。それで今日まで全く知らずにいた。

「まだ犯人がハッキリしていないと聞いた。2号線は利用率が高い循環線である上、あちこちが乗換駅だから特定しにくいと言っていたよ。些細な事でも何か見てないかな?」

「些細なこと……、麻薬取引かもしれないのは見たけど…」

「麻薬?」

「黒いカバンだったんですけど…。あっ!もしかして今回の爆発事故、爆弾のようなものでしたか?」

「そうだ。手製時限爆弾だと推定されている。」

「じゃあ、あれは麻薬じゃなくて…。カバン3つをいっぺんに持っていた男がいました。リュックサック2つを前後に背負って、1つ手に持って、私が見る前にもっと持っていたかもしれませんが。」

   コーヒーポットに湯が沸き始めた。けれど甲3はコーヒーの事は忘れていた。

「3つ!そうだ!」

「私がいた車両の棚にカバンをひとつ載せて、ほかの車両に移動しました。でも私が降りた駅のすぐ前の駅でその男が降りたのを見たんですが、カバンを1つも持っていませんでした。私はてっきり麻薬取引だと思って…」

「どんな感じだった?覚えてる?」

   ヨンウォンの声が震え始めた。

「黒い帽子をかぶって、黒いマスクをしていて…。黒のフライトジャンバー、ズボンはジーンズ。あっ!帽子に赤のHがありました。前じゃなくて横に。耳の上。そうだ!そのフライトジャンバー、リバーシブルで、有名ブランドのものでした。中にはカーキー色が見えたし。警察がまだ発見出来てないなら、服を裏返しに着ているかも…。帽子ももしかすると地下鉄の中に入ってから書いたのかも…」

   甲3が慌ててリビングに行って電話をかけた。甲1
とシモは、ヨンウォンの所に駆け寄った。声から始まった震えは、ヨンウォンの全身に広がった。

「あの男がまさか犯人?私のすぐ後ろを通り過ぎたのに。私のすぐ後ろで何か言ってたんだけど。声も聞いたんだけど…。あんなに近くに…」

   シモがヨンウォンの横で、手を下に下ろす仕草をした。

「大丈夫。息を深く吸って、ゆっくり吐いて。頭の中のその状況から逃げようとしないで。回避したらダメだよ。正面から立ち向かっても大丈夫。ヨンウォンさんは安全だよ。その男がヨンウォンさんの後ろを通り過ぎて。全部思い出して。声も聞こえたら聞いて。全部過去の事だよ。過去は現在のヨンウォンさんを傷つけることは出来ないから。」

   ヨンウォンの震えが徐々に治まってきた。甲3が自分の靴を持って立ちながら言った。

「おかしな人間だな。」

皆が甲3を見つめた。彼がリビングで靴を履きながら言った。

「俺たち死神を怖がらないなんて。人間は怖がるくせに。普通はその反対だ。お前は決してありふれた境遇じゃない。」

   三人の死神が家を埋めつくしたのに、ヨンウォンは彼らの存在による恐怖を感じたことは無かった。むしろ気楽だった。初対面の使者がいたにも関わらず、そうだった。甲3が靴を履いたままコツコツ歩いて来て、ヨンウォンの前に立った。

「お前は分かってるんだ。俺たち、つまり死神は安全だということを。」

「人を殺すのは死神じゃないですよね。人は人をもの凄く簡単に殺すのに。」

「普通の人間は、俺たちを恨んで呪う。」

   甲3がスマートフォンを取り出して言った。

「電話番号。」

「えっ?」

「お前の番号、教えて欲しいんだけど。たまに電話するよ。」

   ヨンウォンがうっかり番号を教えてしまった。直ぐに彼女の電話のベルが鳴った。

「俺の番号も入れたよ。俺はお前との会話がすごく気に入ってる。忙しくなければ遊びに来るよ。今は急用ができて、行かなければならない。友達と一緒にいる時に1度、俺に電話してごらん。幻覚じゃないことを確認する1番いい方法だから。」

   甲3が消えるやいなや、今度は甲1の電話のベルが鳴った。甲1が電話に出る姿を確認したヨンウォンは、テーブルからサッと自分のスマートフォンを掴んで上げた。甲1が電話に出るとすぐ、電話の向こうからセンター長の叫ぶ声が聞こえた。

 ┈ 一体、興信所が今、何を話してるんだ!どうしてそんな事が起こり得るんだ!皆んな狂ってるのか? ┈ 

   極度の興奮状態だった。甲1がシモと代わった。シモは落ち着けと一言だけ言って切った。センター長は、マニュアルと秩序に反することが起こったら、病的にヒステリックになる。シモがスマホを渡しながら言った。

「我々も行ってみないと。向こうの相談の方が急を要するようだ。」

   あっ!このまま行ってしまうの?今日、甲1とは何の会話も交わしてなかった。今までヨンウォンが会話をしたのは彼では無かった。以前にも彼はただ幻覚としてだけで会って、突拍子もない話ばかりした。もちろん分かち合いたい話がある訳ではない。それにしたって、これは余りにも物足りないじゃない?やっとちゃんと会えたのに…。

「ヨンウォンさん、来週に相談の予約を取って。僕達、その時ゆっくり話そうよ。」

   甲1がシモの肩に手をかけた。シモが消えた。なのに甲1はその場にそのままいた。彼がシモだけ見送って、ひとり残ったのだ。ヨンウォンがスマホを手に握りしめて、甲1の前に一歩近寄った。彼は退かなかった。無体化して逃げたりしなかった。何も言わず、ヨンウォンだけを見つめた。瞳はもう、空っぽではなかった。


キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

なんかさ タイプの違う三人の死神
ヨンウォン モテ期到来か
二番手君になりそうな甲3使者
グイグイ押しが堪りまへん
ちゅー

コロナ禍で 心配な日々が続きますが
皆様 どうぞご自愛くださいませ

今日も来てくれはって 感謝です
ラブラブ