おこしやす
照れおねがい

コロナで大変な中
来てくれはって ほんま おおきに
ハート

ついに お話がええ方向になってきましたえ
ラブちゅーラブ

これでこそ チョン・ウングォル先生
三十オーバの女子の底力
たっぷり書いてくれてはります
爆笑ニヤニヤ爆笑

よろしゅうお頼もうします

ルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルンルン


ヨンウォンの使者たち

第  二  章  あの世の主たち

第  四  節

   まだ完全に暗くなる前だった。それでも横歩きでキッチンのスイッチをつけた。透明な男は、相変わらず同じ場所に立って、ヨンウォンを見つめていた。ヨンウォンはキッチンを抜け出して、リビング等のスイッチを全部つけた。それでも男は消えずに、目でヨンウォンを追っていた。

「薬を飲まなかったから、見えるの?」

「やはり俺が見えるんだな?」

   男の柔らかな声。こんなに生々しく聞こえるなんて。

「やっぱり薬だわ。薬が原因だったのよ。」

「今日、俺以外に見たものは無いか?」

「あなた一人だけでも、私は充分狂ってるわ。ここで何をもっと見ろと言うのよ!」

   幻覚を見るという不安感が外に弾け出た。甲1も、ヨンウォンの混乱に気づいた。

「いくつか聞きたいことがあって来たんだが、今日はダメだな。次にまた…」

「行かないで!行かないでください。私もあなたに聞きたいことがたくさんあるの。私はここでもっと狂ってもいいから、もう暫くいてちょうだい。」

   ヨンウォンの頬を伝って涙がこぼれた。なぜ流れるのか、訳の分からない涙だった。あまりにもたくさんの原因があって、どれのせいなのか分からなかった。二度と現れないことを願ったりもしたが、会いたいという気持ちもあった。多分、今流れている涙は、嬉しさから出ているようだった。彼が幻影に過ぎないのが悲しくて、出ているようでもあった。

「君を驚かせるために来たのではない。まして、君を泣かせようと来たのではなおさら違う。君を怖がらせようと来たのでも…」

「怖くないわ。ただ……、幻覚だと分かっていながらも、あなたにもう一度会いたくて…。それが叶って……」

   甲1が姿を現した。これは自分の意志でしたことではなかった。自然に有体化したのだ。

「あぁ、本当に…どうして。鮮明になったわ。私、どんどん狂っていくみたい。」

   甲1が近づいてきた。ヨンウォンが言った。

「私にあなたが見えちゃダメなの。」

   甲1が、もう一歩近づきながら言った。

「そうだ、君は俺を見てはいけない。」

「あぁ、この声……、これも聞こえてはいけないの……」

「そうだ。君は俺の声も聞いてはいけない。」

   甲1は彼女の頬を流れる涙を、指先で拭ってやった。ひんやりとした感触が、ヨンウォンの頬に触れた。

「ひどい。これが幻触だなんて。」

「俺を幻覚だと思いたいのか?それで君が安心するなら、そう思っても構わない。」

   ヨンウォンは、自分の頬に触れていた甲1の手を掴んだ。触れた。余りにもハッキリとした感触だった。両手でぎゅっと握ってみた。大きな手が彼女の両手の間に確かにあった。ヨンウォンは甲1の顔を見上げた。背が高かった。ハイネックのコートだったので、ヨンウォンを見下ろす甲1の顔は、唇まで隠れていた。ヨンウォンが手を伸ばしてコートの襟を下ろした。顔がまともに見えた。

「こんな風に現れた人が幻覚だなんて、ダメよ。それじゃ、私の現実はもっとどん底になるわ。現実に戻りたくなくなる。」

   ヨンウォンの暖かい手が、甲1の頬に触れた。これにむしろ狼狽えたのは、甲1だった。

「さ、触るな。」

   けれどヨンウォンは、言うことを聞かなかった。

「私の幻覚でしょ。じゃあ、私の思い通りにしても構わないじゃない。」

「幻覚だと思うのは君の勝手で構わないが、触るのは……」

   ヨンウォンの手が、甲1の胸の上にあった。それはとても妙な感じだった。ずっと前に、雷帝の稲妻に立ち向かって戦った時も、こんな痺れる感じはしなかったと思う。これは何かおかしい。
ヨンウォンの手が、甲1の体の中にスっと入った。急にまた、透明になったのだ。ヨンウォンが不満げに言った。

「ちょ、ちょっと。これはどういうことなの?」

   ヨンウォンが、無体化した甲1の腕を掴もうと手を伸ばした。けれど、今度もそのまま通り抜けた。彼女の目に、もう涙は残っていなかった。甲1が後ろにスっと退いた。ヨンウォンがそれを追って、捕まえようとしてみた。今度も虚空に腕を振り回しただけであった。

「もう一度、戻ってきて!さっきみたいに触れるようになって。」

「触らないと約束するなら。」

「わぁ!幻覚のくせに、私と駆け引きするの?」

   甲1が首を横に振った。約束しなければ、有体化しないという意味だった。

「私の幻覚なら、私の言うことをちょっと聞いて。何度もそうするなら、全部脱がせてしまおうかしら?」

「何を?」

「服よ!裸にしちゃうってことよ。どうせ幻覚なら、私の想像の産物だわ。私の想像の中でやるんだから。その服を脱がせるくらい、大したことではないわ。」

   甲1は無体化状態であるにもかかわらず、自分の胸元をしっかり掴んだ。本当に脱がされるかもしれないという脅威を感じた。

「俺がいくら幻覚だからといって、そんな無礼なことをしてはいけない。」

「あなたも私に無礼なことをしないで。私が薬さえ飲めば、あなたは終わりよ、お終い。」

「触るのはダメだ。脱がすのもダメだ。もちろん、脱がすことも出来やしないが。」

「ちょっと待ってて。やってみるから。

   ヨンウォンは両手の指で、こめかみを押した。そして目を閉じ精神を統一して、気合いを入れた。

「脱げろ、脱げろ、やーっ!」

   目を開けた。甲1は相変わらず無体化した状態で、黒いコートは全身を保護していた。

「ちえっ!脱がせられないんだ。まだ実力不足なのね。もう少し狂ったら出来るのかしら?」

甲1の口元から笑いがこぼれ出た。躍起になっている女が、なんとも可愛い感じがした。

「うん?そういえば、靴を履いていたのね?いくら幻覚でも、それはダメよ。ここはアメリカじゃないんだから。」

   甲1が、今度も首を横に振った。服も靴も脱ぐことは無かった。

「本当に頑固な幻覚よね。わかったわ、そのままでいいわ。だからちょっとだけ、さっきみたいに不透明な姿で戻ってきて。」

「重要な部分が抜けてるじゃないか。」

「分かった、分かった。触らないから。絶対にタッチしません。約束!」

   甲1が、目でもう一度、ダメ押しした。

「そんな魅力的な眼差しで、何を要求してるのかしら。これは触れということなの?それも触るなってことなの?私ったら、こんな男を幻覚で作り出すなんて、なんて健気なの?約束するわ、触らないって」

   甲1が有体化した。いつの間にか、外は暗くなっていた。それでもリビングのあかりが明るかったので、彼の姿を見るのに支障はなかった。本物の人間と違わなかった。

「俺はそろそろ帰らないと…」

「どこに帰るの?私はまだ薬を飲んでないわ。」

「さっきからしきりに薬をどうのこうの言ってるが、それはどういう事なんだ?」

「何も知らないフリして。全部分かってるくせに。所詮あなたは私の無意識が作ったんでしょ。」

「今になってこんなことを言うのは何なんだが、君が安心するなら幻覚だと思ってもいいと言ったが、本物の幻覚だとは言っていない。」

「うん、分かってる。分かってるってば。幻覚は皆、そう言うらしいのよね。自分が本物だって。

   甲1が自分の頭を抱えた。ため息が自ずと出た。

「はぁ!どうやってもこの女とは、まともな会話が難しそうだな。」

「仕方がないわ。私がまともじゃないんだから。」

   ヨンウォンがしょんぼりとした顔で言った。すると甲1の心臓が、ドキッとした感じがした。ヨンウォンがキッチンの方へ歩いて行った。甲1は立ったまま、彼女の姿を目で追った。ヨンウォンが冷蔵庫から水を取り出して、コップに注いで飲んだ。そして、大きな決心をしたかのように言った。

「いいわ!どうせ現れた幻覚。今回だけ、一緒に遊んでみましょうよ。次からは、あなたは私の前に現れないわ。私が薬を飲むんだから。」

   ヨンウォンが食卓の椅子を引いた。そして、そこを手で覆った。

「ねぇ、幻覚さん。そんなふうに立ってないで、ここに座って。お話したいの。あなたとの会話は、私の無意識との会話でもあるから。」

   甲1は、彼女の話に同意出来なかったが、会話くらいはしたかった。まともな会話ができるかどうかは分からないが。それで余計なことも言わず、食卓に座った。
ヨンウォンは、冷蔵庫から取り出しておいたチキンを、再び戻した。いくら幻覚であっても、食べかけの物を出すのは申し訳なかった。

「うーん、コーヒーは飲むかしら?」

「飲んでみたことがない。」

「そうよね、飲めなかったわよね。私があげたことがないから。私がウィンという機械の音が怖くて。インスタントだけなんだけど、あげたら飲む?」

「いや。」

   ヨンウォンも食卓を挟んで、甲1と向かい合って座った。本格的な取材モードだった。

「ところで、幻覚さんの正体は何?」

   甲1はしばらく迷ってから答えた。

「怖がらないでくれ。俺は死神だ。」

   ヨンウォンの目が、パチパチと瞬きした。そして首をかしげていきなり爆笑した。

「ぶははは!死神だって、死神。わはは、いくら私の職業がそうでも、これはあまりにも幼稚過ぎるわ。」

   一度笑い出したら止まらなかった。全身を揺らして手を叩きながら、テーブルを叩いて、顔中しわくちゃにして、高い周波数の笑い声を絶えず発する彼女に、甲1の口元にも微笑みが浮かんだ。

「笑ったな。安心したよ。」

「あっ、どうしよう。笑い過ぎて涙まで出ちゃった。ハハハ」

   ヨンウォンは、目の縁の涙を拭って笑いを止めた。それでも笑いの余韻はしばらく続いた。

「そうね、死神はたいてい魅力的に描いていたわ。私の頭もそんなに違わないわね。このお決まりの設定。名前は?」

「ない。」

「あ、そうだった。普通、そうなんだわ。じゃあ番号で呼ぶのね。」

「そうだ。」

「何番?」

「教えられない。」

「あっ!私の無意識が、そこまでは設定してなかったみたいね。普通、幻覚も壁にぶつかったら、機密だからダメだとか、天機漏洩は出来ない等と言い訳を作るのよね。宇宙人もいるし、CIAや国情院もあるし、我が国には北朝鮮のスパイもいるし、チェ・ヨン(崔瑩)将軍や文武大王もいるし、もっと違う自我もあるし、本当にたくさんあるのに、私は何で死神なの?私の無意識が死神を呼び出した理由があるはずなのに…」

   深く考えなくても理由が分かったような気がした。いつも遺体と生きている。彼女の無意識を覆っているのは、遺体と死と恐怖だった。だから幻覚も死神であると予測される。その上、テーブル越しにきちんと座った姿。このような男を作ったのは、余りにも明らかだった。

「そう、恋愛欲求が強過ぎたのよ。寂しかったくせに、理想まで高かったなんて。幻覚さんの正体、十分納得したわ。」

「残念ながら、君の納得は誤っている。」

「何が間違ってるの?」

「俺は本物の死神だから。」

   ヨンウォンの笑いがまた起こった。甲1の表情と言葉が余りにも真剣で、もっと笑わせた。

「君は本当に明るい魂だな。」

   ヨンウォンの笑いがピタッと止まった。

「やっぱり幻覚よ。私はずっと、その言葉を聞く人になりたかったの。」

「今、これは現実だよ。俺も。」

   ヨンウォンがしばらくの間、甲1を眺めていた。これが現実だったら、今の幸福が本当だったら、目の前の男が実在して欲しいという危険な考えをした。

「証明出来る?」

「ない。」

「いいえ、そんなに斬り捨てるように無いなんて言わないでよ。あっ!死神にタメ口は、ちょっとアレかな?」

「構わない。好きなように。」

「外見上は私と似通ってるし、大体、三、四歳くらい下にも見えるわよ。うーん…、妙ね。死神を何でやってるの?死んだから出来るの?」

「俺は死なない。死んだことも無い。」

「死なないのにどうして死神になるの?もしかして、生きている人間なの?まさに透明になったりする超能力?」

「違うよ。うーん…、生きてることは生きてる。ただ、この世でではないだけだ。」

「あ……、これはまた曖昧ね。そうだ!地下鉄で私を助けてくれたんだよね?」

「原状復帰させてやったんだ。俺を見ていなかったら、君は元々降りていたはずだったから。」

「でもCCTVを見たら、私ひとりで降りていたわよ?これはどうやって説明するの?」

「映像を操作した。俺が撮られては困るから。」

「おおっ!可能性ありね。いくら幻覚でも、これくらいは設定しないと騙せないわ。でなければ幻覚から覚めてしまうんじゃないの?」

「俺たちは今、まともな会話が出来てないと思うんだが?」

「いいえ、ちゃんと出来てるわ。お陰様で、私は自分の内面をよく覗いて見ているから。」

「君の内面?」

「うん。私が言うの。『私は本当に…、寂しかったな。家にばかり閉じこもっていないで恋愛でもしろ』とかね。」

   今度は甲1が笑った。声を出していないので、微笑みに近かった。ヨンウォンは、自分でも気付かぬうちに、引き寄せられるように上体が前に出た。テーブルが遮って近づくのに限界はあったが、近づくことは出来た。甲1の上体も前のめりになったからだ。たとえほんの少しではあったが。

「お腹がすいたわ。ラーメン食べる?」

   余りにもだし抜けな言葉だった。なので甲1は、訝しげな表情になっただけだ。ところが彼の表情のせいで、ヨンウォンは誤解して狼狽えた。

「ち、違うの。決してそういう意味じゃないの。私がいくら欲求不満でも、幻覚とどうこうしようと思うほど変態じゃないわ。むやみやたらに自分から行く女じゃないって。」

「何の話だ?」

「だから…、何よ、幻覚さんは私の無意識だから、騙せないから誤魔化さずに言うわ。『ラーメン食べて行きますか?』は、セックスアピールの意味なのよ。」

「俺もラーメンが何かは知ってるよ。けれど、そんな意味があるとはね。」

「死神だけでなく、外国人達もよく知らないと思う。韓国人だけ分かる隠語だから。」

「隠語、隠喩法……、俺達には難しいよ。」

「元々は『ラーメン食べますか?』ではなくて、『ラーメン食べて行きますか?』が正しいの。ラーメン食べて行けって言って家に連れ込んで、ラーメンは無いって言うのが順番なの。でも、もう入ってきてる人に、家にぎっしり置いてあるラーメンを食べようって言うのは、私が今、凄くお腹がすいてるってことなのよ。純粋にラーメンでも食べようって。はっ!自分が情けない。こんな幻覚の前でも空腹を感じるなんて。」

「どういう意味なのか、さっぱり分からないよ。」

「本当にお腹が空いたってこと。他に意味は無いから、額面通りラーメン食べようよ。」

「食べなさい。俺は行くよ。」

   甲1は座ったままだったが、ヨンウォンはすくっと立ち上がり、甲1の手を掴んだ。テーブルのせいでお尻が後ろに下がって、おかしな格好になった。

「だ、だめ。行かないで。私も食べないから。まだ行かせたくない。もう少しだけ一緒にいて。」

「俺は死神だ。今でもちょっと、怖がってはどうだ?」

「私は人間の方が怖いわ。」

「こうやって触るなという意味だ。」

   甲1の手だけ、無体化された。ヨンウォンの手は重量のせいで下にどんどん落ちて、テーブルに当たった。

「あっ、本当に汚らしそうに跳ねのけるのね。私の幻覚を、私の思いどおりにするだけなのに、それもダメなの?私が現実で、何某の男の手を掴んでるんじゃないじゃない!」

「しっかり掴んでるじゃないか。今、現実で。」

「幻覚さん本人は、自分が本当に現実だと思ってるの?」

   甲1は自分の手を見た。無体化から有体化に戻っていた。たまに非現実を感じたことはあった。自分が本物ではないという感じがいつもあった。甲1が手を下ろして、ヨンウォンの顔を見た。

「いや。」

   殻だけが残ったような虚ろな表情。聞かなければよかった。幻覚が現実じゃないのは否定出来ない事実なのに、それは当たり前のことなのに、幻覚にすら自らを本当の現実ではないと言わせたのは、何故かとても酷いことをしたような気がした。ヨンウォンは心が重かった。彼女の無意識が、その存在を拒否されたようだった。


其ノ二に続く