素人が、機械翻訳と辞書を頼りに

整えたものになります

誤字、解釈違いご了承ください

 

 

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ここ数年、僕は時々、より大きな無力感を感じることがありました。
僕はずっと、業界に携わって来て、お金を稼ぐことや、
有名になることよりも、それにふさわしい
尊厳を得ることが最も重要だと思っています。
演技の業界が社会の重要な一部であり、
人間の精神文明の一形態であると認められていることが
僕は尊厳そのものだと感じています。
皆さんは今、俳優といえば、巨額の利益と浮ついているイメージがあります。

自分のできることに精一杯やる以外、僕にこの状況を変える力はありません。
ロマン・ロラン(フランスの小説家、評論家)が言ったように、
世の中をありのままに見て、愛することがどれほど難しいかを
今ようやく気づきました。難しすぎます。

ここ2年ほどは、バラエティ番組にも出演しています。
もともとあまり慣れていなかったのですが、
中劇で学んだ古い考え方により、撮影しているときはしっかり撮って、
撮影していないときは目立たないように、自分の生活を送って、
俳優としてのミステリアスさを保つべきだと思っていました。
後になって、時代が変わり、演技だけでなく「プロモーション」も必要で、
より露出する必要があると気付きました。
視聴者の中には、僕のイメージがはっきりしないと感じる人もいて
おそらくそれは僕が演技以外の露出が少なくて、
人の心に響く「個性」が足りないからかもしれません。

今、多くの芸能人が知られているのは、必ずしも演技が理由とは限りません。
演技だけでなく、外見、身長、体型、ユーモアのセンスや

面白さなども評価基準となります。

これらは僕の得意分野ではありません。
撮影のときにできる限りいい演技をしようする以外は
目立ちたがらず、後ろに隠れるのが好きです。
それは僕の少年時代の経験が関係しているかもしれません。

北京舞蹈学院附中に合格した年、僕は寮暮らしで、両親は故郷にいました。
ちょうどやんちゃな年頃で、親元を離れて自由を味わえることも
北京に行きたいと思った理由の一つです(笑)。
僕達の学校は閉鎖でしたが、よく友達と一緒にこっそり遊びに行ったり、
インターネットをしたり、買い物に行ったりして、とても楽しかったです。

一度、壁を乗り越えて山に登り、頂上に着いた時、
担任の先生から電話がかかって来て、『どこにいるの?』と
と尋ねられました。
僕は『山登りに出かけた』と答えました。
先生は、『気を付けて、帰ってきたら教えて』と言ってくれました。
とても優しい声だったので安心しました。
学校に戻ると、先生がすぐに父に電話をかけて
これ以上放っておいたら、この子はだめになる と伝えました。

父はその時すでに仕事をしていなかったので、すぐに北京に来ました。
しばらくすると、それから間もなく母も来て、二人は学校の近くの
農村の家を借りて、僕をしっかり見守ってくれました。
平日は学校に通い、週末は教養科目の講習を大学受験まで続けました。

先生からのあの電話がなければ、今の僕は違う自分になっていたかもしれない、
と 思うようになりました。
成長の軌道が変わってから、僕は、迪哥(杨迪ヤン・ディ)が

冗談で言っていたAIのような、皆さんがよく知っている、

真面目で厳格で理性的な人間になりました。
実際、僕は今のようにイベントやバラエティに出たりする
今の傾向にはあまりなじめないんです。

しかし、社会環境の要求に抵抗することはできず、受け入れるしかありません。
現在、映画やテレビドラマの制作量は非常に多く、
誰もがすべてを見ることはできません。
誰かが関心を持ち、ドラマを見るのには理由があるでしょう、
その演技が確かにとてもよいという、極稀な偶然によるもか
またはバラエティの名場面があったり、ネット上で話題になったり、
ステッカー(LINEスタンプみたいなもの)があったりするかです。
すべての要素が合わさってこそ、知名度が上がり、
俳優としての選択肢が広がるかもしれません。


 张新成参加综艺《我们的客栈》


バラエティに出たばかりの頃は緊張しがちで、演技よりも疲れる気がしました。
僕は生真面目な性格で当時は新人意識もあり、ゲームにも真面目に取り組んで
役に立ちたいと思っていたが、かえって力が入りすぎていたようです。

後に、僕は確かにそんなに面白いことを言えるタイプではないので
無理はしないと思うようになりました。
話したい時は話して、話したくないときは話さない方がリラックスできます。
「プロモーション」は必要かもしれませんが、
自分を完全に変えることはできないので、最終的に折り合いをつけて
大まかなバランスを保つことにしました。

僕がもうすぐ撮影する《艰难的制造》の中の主人公のように、
彼は仕事をする過程の中で多くの社会の規則に触れ、
やむを得ず、自分を改めるが、彼が心の中で
最も大切にしているものは変わらないのです。
王陽明の言う「知行合一」はとても難しいと思っていますが、
もしいつか本当にそれができるようになれば、

人は自由になれるのかもしれません。
(知行合一:「知識」と「行い」は一体であり、
   知って行わないのは、未だ知らないことと同じである)


この間、大学の友達と集まりました。その時は、まだ寒かったので、
温泉付き別荘を貸し切り、7、8人の男がお湯につかり、
とてもハイな音楽をかけて、いろんな笑い話や
大学時代の話をしました。
長く浸かっていると、ちょっと気分が良くなり、
みんな思いっきり笑っていました。
子供が泥の中で転げ回るような、単純な喜びに似ています。
いつも考え事をしているけれど、たまには、はしゃぐのも楽しいですね。


 

 

 

少しでも张新成の事を、知って貰えたら

との思いだけで、翻訳しました。

長くて、心折れかけたけど無気力

最後まで読んでくれた方が一人でもいたら

嬉しいなと思う限りです☆

しかし、张新成って知識人過ぎて

アルベール・カミュとかロマン・ロランに

王陽明とかの、知らぬ「名言」が出て来るので

(私が無知過ぎなだけとも言うが)

なかなか、辛いっす(笑)

え?これって、皆当然に知っているものなの?

 

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