31歳で「介護人」の仕事をしているキャシーが静かに語りを進めていく。
子どもの頃を寄宿学校ヘールシャムで送ったキャシー、そこで親しくなったルースとトミーとの友情は現在まで続いている。ヘールシャムでの仲間内でのひそひそ話やいざこざは、普通の子どもたちの生活だ。でもその世界は学校から外へは広がらない。
何かが語られていない。
それは唐突に読者に明かされ、ときどき出てきた「提供」「介護人」という言葉の意味に衝撃を受けた。
そこから、この本が放っている色合いががらっと変わって見えてくる。
以下ネタバレあります。
『わたしを離さないで』をこれから読もうとしていらしたら、ここから下の文章を読まずに本を読むことをおすすめします。
現在のキャシーは、あと少しで介護人の仕事を終えて提供者となる。
ヘールシャムを出てコテージでの生活のあと、介護人となったキャシーは提供者となったヘールシャム時代の知り合いにときどき出会う。提供を終えて弱った姿に、近い未来の自分を見るのだろうか。
介護人とは提供者の面倒を見てのちに提供者となる人のこと、提供者とは臓器を人に提供するためにつくられたクローン人間のこと。
生まれたときから決められた運命をキャシーたちは受け入れていく。
介護人となってからルースとトミーに再会し、提供を遅らせようとしたこともあった。でもそれは自分たちの無力さをつきつけられるだけの結果となった。真剣に愛し合っているカップルが提供を遅らせることができるなんて、ただの噂だった。
クローン人間をつくった「外の世界の人」の多数はキャシーたちをちゃんとした人間とは思っていない。ちゃんとした人間であってはならないのだ。もしそうなら、臓器を使うなんてできなくなるから。魂を持っていて、友達や愛する人を思いやったりする存在であるはずがない。
「そうじゃない」と思いながら、「外の世界の人」である私はその考えを責めることができるだろうか。大事な人を救うために、キャシーたちを犠牲にするべきではないと本心から思えるだろうか。
提供者たちにもできるだけいい環境で過ごしてほしいと考える「外の世界の人」の少数の運動は今では押しつぶされ、ヘールシャムは閉鎖。
ヘールシャムの運営者たちは複雑な思いを抱えながらもただ手を引けばいい、キャシーたちは提供を遅らせることなど到底できないと知り取り残される。味方だと思っていた人たちとの決して埋められない溝。
今後提供者たちはより劣悪な環境へと追いやられていくだろう。
大事な人を救いたいという思いはむしろ尊いものだけれど、そのために別の生命を産み出し犠牲にするのは人間のエゴでしかない。この2つは絡み合いながらどちらかが突出しないようバランスを取り、その結果私たちの世界ではクローン人間の製造は禁止されている。今後も変わることはないと思う。
この2つに決着をつけるほど、現代の技術と、もしかすると私たちの精神もまだ発達していない。