青い玉 | 生きるために不必要で大切なもの[Rental Heart Cafe self-cover]

青い玉

041227


 それはボールの形をしていて、表面はゴムのような素材で、透明で海の色をしていて、弾みそうではないけど、指で軽く押すとしばらくへこんで、また元に戻る。
 まるで食べられそうにないけど、あめ玉のようで。まるでかたくないけど、宝石のようで。よく見ると液状のものが入ってるから、やっぱり食べ物かもしれない。
 それは我が家(文化アパート)の居間の、木目調テレビの上のカゴの中に、裸でかれこれ2~3年はほったらかしになっていて、僕はテレビの前を通るたび「きれいだな、でもなにもの?」って語りかけてた。
 その日に限って素直だった僕(高校生の僕は訊ねることが嫌いだった)は、すぐ隣の台所で米を研いでる母に訊いた。
「ねえ‥‥この青い玉なに?」
 母はいたずらっぽい目で
「お・ふ・ろ」と答えた。
 なんだか僕はそれっきり馬鹿らしくなってしまった。

 昨日、銀座のアロマショップで、偶然、その青い玉を見つけたんだ。
「ん?」
 透明な箱にはバスオイルって書いてある。
「バスオイル?‥‥入浴剤?」
 財宝の謎を解き明かす気分。

 あれから何年経ったんだろう‥‥。

 青い玉を“バス”に入れると、それはしばらく浮かんでいて、ツルッとむいた葡萄の皮のように、だんだんとシナシナになって溶けていく。中からはとてもいい香りの油が滲みだしてくる‥‥。
「はは~ん、こういうこと」
 オイルは一瞬で僕を若返らせた。(気がした)

 そして僕は考えた。

 あのときの母のいたずらっぽい目に、どうして、もっとはしゃいであげなかったのかな。
 母は青い玉を箱から出して、きっとそこに“飾って”いたのに、どうして、もっと愛でてあげなかったのかな。
 そんなことを考えた。

「‥‥ごめんね」

 失った時間をとりもどせない。
 失った存在がよみがえらない。

 僕はいつしか、おとなになってしまったけど、僕はいつしか、こどものように泣いてしまった。



No.0121
041227