なぜ?
「なぜ?」って、おもむろにあなたが聞いた。
僕は答えられなかった。
あなたは答えられない僕を分析しはじめた。
なぜ?‥‥なぜなんだろう。
「なぜ?」って、そしてまたあなたが聞いた。
僕は答えられなかった。
あなたは僕を追いつめるように問いただした。
なぜ?‥‥なぜなんだろう。
本当にわからなかった。
だいたい理由なんかあったのかな。
人間の行動には必ず理由があるっていうのを、
何かの本で読んだような、読まなかったような‥‥。
そんなことを考えた。
結構な時間がたった。
僕は罠にはまった獲物だった。
もうずいぶん前に立ち向かう気力をなくしていた。
でも、考えることはやめなかった。
爪は隠したけど、誇りは捨てなかった。
また時間がたった。
どうやら、あなたの興味の対象は僕でなくなっていった。
未だ、僕は答えられなかった。
なぜ?‥‥なぜなんだろう。
あなたが笑っている。
少し、窮屈じゃなくなった。
僕は明らかに圧力から解放されつつあった。
突然、確信が生まれた。狭い隙間に生まれたへんな確信。
あなたの饒舌さにくらべれば、とても幼稚な確信。
理由があった。いっぱいあった。
おいしいから。珍しいから。お腹がすいたから。生きるため。
理由があった。いっぱいあった。
ご飯を食べる理由がいくつもあるように。
僕は探していたんではなくて、選ぼうとしていた。
自分の形にこだわっていた。
あなたに認められるくらいの“理由”、
自分を美しく見せるために必要な“理由”を。
でも選びきれなかったんだ。
あなたが手強かったから。
だから答えられなかったんだ。
あなたが僕を追いつめたんではなく、
僕があなたから逃げた。
だから答えられなかったんだ。
「なぜ?」って、もうあなたは聞かなかった。
答えが出たのに。答えが出たのに。
ただ、その答えは答えられなかった理由でしかなかったけど、
それでもう許される気がしていた。
帰り道にもう一度、自分に聞いてみた。
今度は声に出してみた。
ひとり、ふらふらと歩きながら。
「なぜ?」
声が団地の壁にはじかれる。
「なぜ?」
僕はそれっきりしゃべれなかった。
やっぱり、理由は見つからない。
少し泣きそうだった。
No.0008
040906