今日は、ちょっと持ちきれないほど買い物をしてしまいました。。

レジ袋を今までほとんど買った事が無いのですが、今日は抵抗も無く5円で購入。

なぜ抵抗が無くなったかというと、例えば資材屋とか、ホームセンターで同じような袋を買おうとしても、5円では買えないという・・・今年もちっちゃい話で終える予感・・・


一週間ほど前の話・・・

レンタルビデオ店で、「俺はまだ本気出してないだけ」を発見。
新作シールでキャッチコピーが隠されて、
「◯来のことは、考えないようにしています」の、
◯の部分が気になって、思わず借りてしまいそうに。。。


そういえば、ちょっと前にも、「桜姫」だったか、同じように一文字読めず、シールを剥がしたい衝動に駆られ、結局借りて後悔したことがありました。。


その直後スーパーの鮮魚コーナーにて、半額シールに隠された「×××しお刺身」を発見したのがずっと気になってたのです。。。

そして今日、そばコーナーの隣にあったパック入りのとろろを見て、頭の中が山かけで一杯になり、上記の写真になったということです。。。

そして×××は結局、「まぐろづくしお刺身」だったことが判明しました。。。

手前から、めばち、本マグロ、ビンチョウ、きはだ。。。


そして今年最後のお酒は、中国産白ワインです。

中国産というだけで顔色を変える人もいるかもしれませんが、


例えばステーキには、高級和牛よりも赤みの柔らかいアンガスビーフのが美味しい、と思うだけで。。。


地元産が一番とか、ウチの梅が一番とか、言えよって感じですが。。。

そして題の意味は、



今日の夕食は、インスタントの天ぷらそばと、半熟卵のおにぎり。

今日のお昼と全く一緒・・・

午前中に買っておいた物を置きっぱなしで食べそこね、
昼過ぎにコンビニに寄ったときに全く同じ物を買ったという。。


どうしても食べたかったのか、記憶喪失かわかりませんが、三食同じ物でも、苦にはなりません。



ここからが本題↓



一週間ほど前。
久しぶりに新幹線に乗り、たまたま実家のすぐ近くの景色が見えて来て、

何年か前にも車で普通に実家の前を通りながら、「あぁ、ここ実家なんだけどね」
「寄らなくていいの?」って突っ込まれた記憶がよみがえり(;^ω^A


(別に帰りたくないわけじゃないんだけど、わざわざ帰る時間を作るのが)


ちなみに、名古屋から東京方面へ向う時の最初のトンネルの手前です。右手あたりに見えます。

新幹線なので、あ、トンネルだ!って思った時にはもう遅いって話ですが・・・


東京駅につく手前で、地図を見ながら、(地下鉄よりも、歩いた方がいいかな?だいぶ時間に余裕があるし)実際2時間近くも時間があったので、歩く事に。
(八重洲口から日本橋方面へ・・・)

ん?日本橋?

三重テラスがあるとこじゃないか!! 
危うく通り過ぎるところでした・・

実際地図で見ながら目の前を二回通り過ぎても、分からなかったのですが(´・ω・`)


いろいろ言いたい事はあれども、ウチの商品が一つも並んでいないのが現実でして・・・

これは深く受け止めたいと思います。


そんなこんなで、三重にも実家にも愛着が無く、郷土愛なんてわかっておりませんが、


「かぞく」とか、
「しょくたく」とか、
言葉にするだけで、

文字を読むだけでも、

目が潤んでしまうのはなんででしょうかね?


「ふるさと」って誰にでもあるのですかね?



・吉本隆明さんが、最晩年に
 いちばんくり返し言ったのは、
 「沈黙」ということばではなかったか。
 
 とにかく、「ことばの幹と根は沈黙なんです」と、 
 何度も何度も聞いた。
 そして、「沈黙」というのは
 「自己問答なんじゃないでしょうか」と。

 じぶんがじぶんに問いかけ、じぶんがじぶんを疑い、
 じぶんがじぶんに教えられ、じぶんがじぶんをたしなめ、
 じぶんがじぶんを励まし、じぶんがじぶんと交わる。
 問答の材料は、他人から受取ってきたものもあるだろう。
 聞きかじりも、読みたての智恵や知識もあるだろうが、
 それを、ひとり、自己問答することで、
 じぶんの考えが生まれてくる。
 ぼくはそんなふうに受取っていた。
 
 矛盾が矛盾のままであることも、いくらでもある。
 解決や正解といったものから離れていってしまうことも、
 いまはあえて棚上げにしていることもあるし、
 さらなる熟成を待たねばならないこともある。
 じぶんのこころのなかで、さんざんやりとりされる問答。
 それが無言のうちにこころのなかで行われている。

 自己問答があったか、つまり沈黙の時間はあったか。
 そこを経ている考えかどうかで、ことばの根がわかる。
 ぼくが、よく人のことばにうたれるときに、
 「あの人、それについてさんざん考えてきたんだよ」
 と思うことが多い。
 たっぷりの沈黙を根に抱えていることばは、生きている。
 
 ぼく自身が、ツイッターなどでおしゃべりをしたり、
 ささっと答えを知ろうとして
 お気軽にネット検索をしたりしているとき、
 せっかく溜まってきた沈黙が、蒸発しているのかもね。
 いつ自己問答をするか? いまでしょ!
 自己問答の時間は、どこにあるか? 独りのときでしょ! 
 ネットにもつながっていない「ひとりの時間」を、
 もっとたくさん持ちたいと思います、来年はもっと。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
少なく語って、少なく力になれたら、強くなれると思うよ。 


題の意味は、昨日久しぶりに読んだ、ほぼ日刊イトイ新聞「今日のダーリン」がツボにはまって、引用しようとしたらアーカイブが無いらしく、自分の言葉で書こうと試みつつも、ネット検索したら出て来たのでそのまま載せたところです。

「お気軽にネット検索をしたりしているとき、
 せっかく溜まってきた沈黙が、蒸発しているのかもね。」


今日、「年末に帰るかも」なんて、言ってしまったという・・・
MacでもWindowsでも使える、無料Officeソフトをダウンロードしたのですが、

言語を日本語にする事が出来ず、わけが分かりません・・・・


とにかく説明のしようがない状態です・・・


ちょっと前にも、急いでる時にadobeのバージョンアップが立ち上がって、

時間がなかったので読まずにインストールしたら、

元々あったPDFデータも全く読めなくなってしまいました。。

すべて英語表記なので、どう戻したらいいかわかりません・・・

SAVEとか、CANCELすらも、怖くてできないので。


さっき、「アレルギーとかないんですか?」

と聞かれ、「大量に食べない限り、何でも大丈夫」

と答えたのですが、

英語は一切受け付けません(-"-;A


中2で止まってますので、今さら覚えるのも難しいでしょうか。


写真は特に関係ないです。
一昨日あちこちで虹が出ていたのですが、

山が虹に見えた気がしただけです。


こういうのに目がないんです。

ウマヅラハゲですよ!

いや・・・


いろんな人や動物に例えられますが、馬だけは無い気がします。

馬は大好きなんですが、馬刺も大好きです。


今日はいつもよりもさらにとりとめないですね・・・


今日は偶然にも、2件のいわゆる「炎上」ブログなる物を読みました。ちゃんとそういうコメントを目にするのは実は初めてだったかもしれません。


一つは最近話題らしいタレントの話。まぁ今回は割愛。。。


もう一つは、こちらです。


いろんな考えもあるでしょうし、言いたい事もありますが、一つだけ。

「生きることはエゴ」だと。


前回の矛盾の話と違うのは、感情を左右するのには、育った環境もあるというところぐらいでしょうか。


今日は、待たせるのが嫌いな、せっかちな男の話を書くはずでしたが・・・
コンビニで、レッドブルを買おうとしたら、
ふと目に入った、KAGOMEトマトジュース。
福島県産。
$うめブロ


いろんな意見があるでしょうが、
誰がなんと言おうと、買います。


最近全然やってないTwitterですが、昔こんなツイートがありました。

ある美術館に入った電話「あのう、私達福島県民なんですが、◯◯美術館さんにツアーを組んでもいいですか」と...他所で嫌な思いをしたのだろうと悲しくなった。◯◯は翌週、いわきの代理店を訪れて「是非きてください」と...。

復興支援を叫びながら、東北産の物は毛嫌いする、
放射能=悪ととらえたら、そんな気持ちになるのかもしれません。

放射能=悪は、当然だとは思うのです。

ただ、福島=放射能、ではないので。

喜んで、福島の桃も買います。


原発容認派だからというわけではありません。

そして、安全基準を満たしているからとゆう理屈とも、あんまり関係ありません。


もともと原発懐疑派で、震災後は今更そんなに騒ぐなよ的傍観者で、もう人の手に負える状況じゃ無くなってると分かりつつ、それでもいつか何とかなるんじゃないかと思っている。

矛盾だらけですね。


いったい人は、矛盾をどうやって解消するのでしょうか?

エネルギー問題も、構造的なことを言うと、矛盾だらけです。
そして日本が石油を買う事で、辛い思いをする人たちもきっといるはずで。


そしてあっさり結論(極論)ですが、理屈ではなく、結局好きか嫌いかの問題で。
ただ自分は、福島産トマトジュースが好きだから、買うのです。

矛盾を、整理して解決しようと思うのが間違いなのかもしれません。


(ここに余計な例えがありましたが、投稿前に削除しました)


強くなる事は、人を傷つける事かもしれない。

優しさとは、人をダメにする事かもしれない。

しあわせとは、未来への不安かもしれない。