「午前九時の独り言」 北川悠仁
「誰だって自分を認めてほしくて
誰だって自分を分かってほしいけど
まずは自分自身が認めてやり分かってやる事さ

嘘はつかない方がいい
自分を偽らない方がいい
分かってはいるけれど
そんな日々を重ねたりもしている

汗かいてべそかいてわらっていこう
みじめにくよくよ生きたりするもんか

どこかの親が自分の子供を傷つける
どこかの子供がじぶんの親を傷つける

どこかで少女の自由がうばわれてる
どこかで少年の心がゆがみはじめている

政治家のおじいちゃん
大きな力を手にした権力者諸君
自分の地位や名誉や金のためではなく
どうかこの国を考えて下さい。

あの戦争が終わり50年
今や当たり前のように平和な国だと思っている
なぜあの戦争が起きなぜあれだけの人が死んだのか
先生その根本をもっと深く教えて下さい

ラジカセの中から平和とは想像する事と求める事から始まると

そして「愛こそはすべて」と歌うあなたの声に涙があふれた


悲しき時代の嘆きの歌さ
悲しき世代の希望の歌さ

母さんあなたにもっと愛してほしかった
母さんあなた任もっと触れてほしかった

僕は自分の愛する人に

母のような愛を求めてしまいます。

中略

ただの僕の独り言さ
ただの僕の独り言なんだよ。」


ケータイから見ている人はすでに読むのを諦めているかと思います。
おそらくPCから見ている人も・・・・


今日からうめの剪定が始まりました。


早い農家は年内に終わらせてたりしますが、
ウチでは11月に開始するなんて、前代未聞です。
たいてい年明けからですので・・・。

一応予言しときますが、
そのうち皆な年末ぐらいから開始するようになると思いますよ。
$うめブロ
上が剪定前で、下が剪定後です。
$うめブロ
よくわかりませんよね・・・

実はまだ葉っぱが青々としてるので、
粗切りといって、徒長枝(いたずらに長く伸びた枝)のみを切ったところです。

本剪定は、来月あたりから開始です。

初めて剪定をする人には、これをやってもらいます。
複雑な作業ではありませんが、将来の樹の骨格を作る作業でもあるので、
悩む時も多々あります。
$うめブロ
主枝先端を作り替えたり(先端が弱ったり、重さで少しずつ垂れたりしたとき、更新する必要があります。)する時には、枝の出ている位置、他の主枝との位置関係、風向き、等々・・

$うめブロ
結局一番根元を主枝に

最初に粗切りをするのは、梅農家のセオリーではありますが、

本来の考え方でいえば、

先ず先端の枝を決めて、

その枝を切り戻し(その年に伸びた枝を、半分から三分の一程度に切り詰めること)、

次にその先端と競合する枝を間引き(その年に伸びた枝を、根元から切ること)、

亜主枝候補一番手、二番手、三番手を決めて、順番に切り戻し、

側枝を一番手から順番に競合しないように切り戻し、

その過程で、徒長枝を間引き(主枝先端以外の太い枝はすべて落とします。競合するので)・・・


要するに先端を決めてから、根元まで順番に切っていかないと、先端が枯れていたり、虫に食われているのに気がつかずに、大事な枝を落としてしまう可能性があるのです。

上の写真の、樹によっては数百本の徒長枝を、三本だけ切り戻して、あとは間引くという事です。
三本というのは、主枝の数です。


もう読んでいる人はいないでしょう。(・_・ 三・_・)


ここからが本題です。


「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」

という言葉があるように、

梅は毎年剪定を必要とし、

そして剪定が梅栽培のすべてといっても過言ではありません。


あくまで独り言です・・・・・



強い剪定をすれば樹勢は強くなり、

枝をたくさん残した、弱い剪定をすれば、樹の勢いは衰えます(主に落葉果樹)


一般に、植物、特に果樹は、樹勢が強ければ(元気があれば)栄養生長(幹を太らせる)、
樹勢が弱くなれば、生殖生長(実を付ける)に傾きます。

樹が弱りかけると、子孫を残すという、当然といえば当然のことです。

実をたくさん付けるとどうなるかというと、
次の年、もしくは翌々年、実を付ける事も出来ないほど樹が弱くなってしまいます。



肥料のやり方で、樹が弱らないよう(隔年結果を防ぐのも含め)、味が良くなるよう、バランスをとるのが、一般果樹の考え方です。



梅の場合も当然肥料の年間配分は、考慮しますが、
どうもそれをあまり気にしすぎて、礼肥に配分をおきすぎ、結果栄養成長に傾きすぎている樹が多いような気がします。誤解を恐れずいうと、花芽分化の時期に、肥料をやったほうがいいのか、という疑問ですが、やや本題からずれてますね。


剪定の話に戻りますが、結論だけいうと、

「一本の樹に、生殖成長部分と、栄養成長部分を、分けさせ、

樹を弱らせずに、実をたくさんつける為の、剪定をする」


自分の中では、その役割を樹に伝えてあげることが、剪定だと思っています。



僕の梅の師匠が、こんな事を言っています。

「梅の樹は、寡黙なようで、おしゃべりなんやで。」

こんなことも言っていました。

「男と一緒や。立たんようになったら、もうおしまいや。」


「冷静と情熱のあいだ」が、うめの剪定という事です。


いつも書いたあとで、下手したら半分ぐらい消したり修正したりするのですが、

今日はそのままです。。

そしてupしようとしたら午前2時から8時のメンテナンスに入ってて、午前二時の独り言ってタイトルにするはずが、本当に午前九時の独り言になってしまいました(-。-;
携帯を変えてまだカメラの使い方が微妙です。
8月末に替えたばかりのタイヤが、もうすり減ってますが・・・

$うめブロ
って写真を撮ろうとしたら、知らぬ間にカメラが切り替わり、
$うめブロ


これで、いつも自分がどんな顔でにらんでるかがよくわかりました・・・



映画「男はつらいよ 幸福の青い鳥」より


寅さん「人を捜してんのか?もちろん若い娘だな。失恋したか」

長渕剛「なんでそんな事わかんすか・・・」

寅さん「幸せな男が、団子とビール一緒に食うかぃ?」




・・・一途な男は往々にして、恋多き男と呼ばれます(>_<)


最近、毎朝のようにコンビニスイーツを食べています。

酒を飲まなくなったからなのか、元々どちらでもいけるのかは、

まだ不明です・・・。


一つだけ言いたい事は、

もっち◯◯とか、もち食感◯◯なんて、

作り手も本当に美味いと思って作ってるんですかね?

口の中でサラッと溶けるのが、

美味しいお菓子の条件だと思っていましたが、最近は違うんですかね。


洋菓子でモチモチ感が求められるのは、

雪見だいふくだけで十分です!


甘さの引き際を、大事にしてほしいと、思いました。
無鉄砲? よく言われます。
がむしゃら? 言われたことはないです。
◯◯馬鹿? 言われてみたいです。


$うめブロ

過去の携帯の写真をまとめてマイクロSD経由でPCに取り込むのに、1時間・・・・

あちらへ移し、こちらへ移し、

最後はローカルネットワークまで使って・・・



また今度にしようかと思いつつ、

書き出したら、眠気もなくなってしまって、

ダラダラと書くのでしょう(´・ω・`)



「まぁ、大きくなって!」

って、この歳で一日3回も言われまして・・・・

十何年も会ってない方ならともかく、

5、6年ぶりですよ・・・



大人ってなんでしょうかね?

男らしさってなんでしょうかね?

まだまだ、年相応の、様々なものが足りないのを強く実感。




$うめブロ
今日は珍しく画像が多いです。


京都といって思い出すのは、

嵐山で桜の切り株からカブトムシを探したり、

宇多野の病院に入院していた伯母の見舞いに行くと、

「結核病棟だから、子供は待ってなさい」と、

冬の病院の裏山で、冬眠中のクワガタを探したり、


どこ行ってもそんなんばっかりしてたんでしょうね(;^_^A

$うめブロ
昔、地層から化石を見つけようとしていた山に、
上ってみると、
化石が見つかりそうな地層など、どこにもなく・・・・


子供でしたから・・・


$うめブロ
久しぶりにお墓参りに行ってきました。

母が、植芝家代々之奥津城という文字を見つけ、

「植芝盛平さんのお墓だよ」
と言っていましたが、
(たしか本物は田辺にあったような)


ただ、お墓の由来や本当の場所なんて、

ご先祖様にとっても、我々にとっても関係ない事でしょうけど。



お墓の近くには大きなクヌギの木がたくさんあり、虫が集まりそうな樹液の痕もたくさん見つけ、

夏に必ず来る事を誓ったのでした。


虫が好き、化石が好き、というより、

何か探すのが好きなんでしょうか?

そういえば、街へ出ても、

山へ行っても、川なんか特に、探して歩いてますね。


砂浜へおいておけば、一番じっとしているかと思います。

ヒスイ海岸なんかには連れて行かない方がいいでしょうヽ(;´Д`)ノ
ウチに帰ると、なんだか体中がかゆくて、

お風呂に入るためにパンツを脱ぐと、


じんましん状に赤くなっていました(´_`。)

今では手の甲とかも痒いです。


過去には、何年か前にネットを敷くために畑を這っていた時に

おそらく毛虫か何かにやられたことはありますが、

今回は心あたりがありません。


ラーメンアレルギーでしょうか・・・

下半身中心なので、画像はありません(><;)



昨日は昨日で、ウチに帰ると、何やらガサガサ音がしまして、

探してみると、スズメが飛び回っていました(・・;)

写真を撮ろうと追いかけ回したのですが、

途中でかわいそうになって、窓を開けて逃がしました。



昨日はみかんを積んだ軽トラのおじいさんが

じわじわと本線に出てきたかと思ったら、

本当に直前に、


5メートルぐらい手前で飛び出してきまして、

我ながら、よく避けきったなと(;´▽`A``


実はその前々日に、ブレーキの利き方がおかしく、

あわててブレーキパッドを交換したばかりで、

もしそのままにしていたらと思うと、

ぞっとします・・・・


これも当然画像はありません!


松浦亜弥 「ホームにて」

スガシカオのカバーですが、こっちの方が断然好きです。

「昨日 父親の インクの匂いがする 手で殴られたあとが グズグズと痛むのです」


別に父親が印刷工をしていたわけではないですが(自分は昔していた)、

インクの匂いのしみついた手を想像しただけで、涙が出てきますしょぼん


そしてこのインクを、梅酢に置き換えて一人でニヤけたりもしています( ̄∀ ̄)


泣ける歌といえば・・。
中島みゆき「ファイト!」


「ファイト 戦う君のうたを 戦わない奴らが笑うだろう」
$うめブロ
朝焼けと、
$うめブロ
夕焼け。

いつもながら、昔の写真です(><)


最近、ipadのソフトバンク3G契約が切れて、

youtubeで音楽が聴けなくなったので、久しぶりにCDを借りに。


ちなみに一週間ほど前に契約が切れた理由は、


「テザリング?やりましょう!auで・・」


です。

今となっては、月末まで延ばしておけば、という場面が何回もあり・・・

詳しくは後日、。



ミスチルの「しるし」、「Over」が入っているCDを探したのですが、

熊野のWAYにはそんなのはなく、結局翌日新宮でベスト盤を全部借りることに。



本売り場を見回ってみると、

村上春樹の「1Q84」が文庫版になっていたので、迷いましたが、結局買わず。

理由は・・・

「ノルウェイの森」より抜粋。

永沢という男は、くわしく知るようになればなるほど奇妙な男だった。僕は人生の中で数多くの奇妙な人間と出会い、知り合い、すれちがってきたが、彼くらい奇妙な人間にはまだお目にかかったことはない。彼は僕なんかはるかに及ばないくらいの読書家だったが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手に取ろうとしなかった。そういう本しか信用しない、と彼は言った。
「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。人生は短い」


村上氏に失礼ですかね(笑)



新しもの好きのようで、かなり保守的です。

新刊って、今まで小説に限らず、ほとんど読んだことないですね。

みんなが読んでるとか、みんなが聴いてるから、

とかを気にしない人です。




というわけで、今さらミスチルだったりもします・・・。


CDを借りるだけで、どんだけ理由付けするねん!!


って怒られそうですが(-"-;A




この先も、あまりに長すぎるので、読むのはやめて下さい(笑)

(以下心の声)

時間のフィルターを通して、それでも残っているものに、

本当の価値があると、何事に関しても、思っています。

うめもそうありたいと(うめの話題はここだけ)・・



人間関係に当てはめるのは、苦しいですが、
人の評価ってそういうものだとは思います。




・・・文章を書くのは難しいですね。

読み手によって受け取り方も違うし...


例えば、しるしをyoutubeでかければ、

・・恋でもしてるんかな?とか思うでしょうし、

Overなら、

あぁ、ふられたんだなとか。



内容が常にネガティブですいません・・・。


でも、楽しい時にも、それが終わるのを想像したり、

辛い時こそ、何かに光明を見つけられたり、

しませんかね?

常にどちらの感情も、共存しているんで・・


常に死ぬことを考えてるって言ったら、

病院行けよ、とか言われそうですが、

たぶん一番最後まで生き残るタイプなので、心配無用です。

予想外に、鈍感でポジティブなので!


死は生の対局としてではなく、その一部として存在している。


ノルウェイの森で、村上春樹は、こう書いていました。



寺山修司は、こう表現しています。

「生が終わって死がはじまるのではなく、生が終われば死も終わる。死は生につつまれていて、生と同時にしか、実存しない」




「死をちゃんと意識することが、精一杯生きること」

と、思っています。


どういう風に死ぬべきか、

と、

どういう風に生きるべきかは、


自分の中ではイコールなんですが、

あぁ、普通は違うんですかね?