$うめブロ(中略)
国中に煙が立っていない百姓の貧を思い、三年間免税したという話は有名である。即ち「国の中に煙立たず、国みな貧し。いまより三年にいたるまで人民の課役を赦せ」とのりたまわった。
 三年間の減税を行ったのは、仁徳天皇が初めてではないかと思われる。
 三年間も免税したので民のかまどは賑わいにけり ということで「自分はもはや豊かになって心配がなくなった」といって皇后を顧みて語ると、皇后は「宮垣が崩れても修理せず、宮殿が壊れ、衣服が露にぬれる始末なのにどうして自分が豊かになったといえるのか」と反問された。
 天皇は「天が君主を即位させるのは、百姓のためなのだから、君主は百姓を本とするのだ」と諭されたということです。


衆議院選挙があるようで・・・

また同じ事を繰り返さないことを願います。

失われた30年と言われないように、


日曜日、朝日新聞でアイスランドの事を書いてました。
日本と同じように捉えるのは無理があるかもしれませんが、閉塞感のなか、民衆が立ち上がる瞬間が、書かれていました。
政治家自身が、「もう駄目だ」と思った瞬間かもしれません。

2、3年おきに政権が代わるのがいい事なのか、いまの日本にその波を乗り越える力があるのか、
どうなんでしょうか。

かたや、その頃ネット上では、朝日新聞の日曜欄の相談コーナー「性欲が強すぎて困ります」の回答に対しての激論が行われていました。


ネットしか情報源がないのが、不安になってきました。。。


「◯◯がブログを一時休止」
とか、
「◯◯女子の特徴とは」
って情報で、満たれててもいいのでしょうか?



って、ついクリックしてしまうのはナゼ?
最近間が悪い出来事が多くて・・・

いつも間が悪いかもしれませんが(・・;)


今日も、某市会議員の奥様から電話があり、

ドレッシングの注文だったのだが、

「さっきブログ見たんだけど、ウメィドレの赤も出したの?」

「あぁ、はい・・・。」

「じゃぁ、聞いてからまた電話しますね」

(怒ってるだろうかな?)


その後の電話では、
「日曜日は大丈夫だった?私も、書類渡してって言われただけだったから・・。」

「いや、選挙で忙しいから、仕方がないですよ。なんとかなりましたから、大丈夫です」


これもそのうち某市会議員が読むでしょうが・・・・


ちょうど今日書こうと思っていた「逃げ出した猫」の話も、何人かの方を傷つける、いや、不快にさせるかもしれないので、封印します( ̄_ ̄ i)


それでも当たり障りのない事ばかり書くのは性に合わないので、
個人特定されたり、迷惑のかからない範囲で、書いていきたいと思います。


話は変わって、最近の「優駿」誌上にて、寺山修司の特集をずっと組んでまして、
もう全部書き写したいぐらいの衝動に駆られるのですが、
せめて一部抜粋させて下さい。

(私の競馬ノート)1983年1月号より
「金曜日には鷲がとぶ」
線路工夫がやってくる日
 恵子は、はじめからジョンヘンリーの単勝に貯金を全部投入するつもりだった。ジョンヘンリーは九億七千九百万を稼ぎだした「世界最強の馬」である。
 敗けるはずがない、と恵子は信じていたのだ。
 
 だが、恵子がジョンヘンリーに魅かれたのは、他に理由がある。彼女の父は、鉄道の線路工夫で事故死したが、そのことがジョンヘンリー(という名の黒人労働者)の境遇に、あまりにもよく似ていたのである。アメリカ南部には、ジョンヘンリーという名の黒人がいっぱい、いると言う。
 しかし、恵子の知っているジョンヘンリーは、ニューヨークからニューオリンズへ向って走るロックアイランド線の、トンネルで働いていた鉄道線路工夫のジョン・ヘンリーのことである。恵子が、

 年がら年じゅう働いて
 ある日ばったり死んじまった

 と唄われた、アメリカの無名者の象徴、ジョン・ヘンリーの名をはじめて知ったのは、民謡歌手オデッタの唄によってだった。
(中略)
 十一月二十八日、ジャパンカップの朝、恵子は、金山に二百七十万円の「全財産」を渡して言った。
「これで全部、ジョンヘンリーの単勝を買って頂戴」
(中略)
恵子が、自分で買わずに金山に頼んだのは、いわば、判断を托したのだ、と受けとることもできる。
 買ったことにして、二百七十万円をそっくりポケットに入れておき、レースが終わったあとで返してあげたら、恵子も助かるし、生活も今まで通りでいられるのだ。
(中略)
 万一、ジョンヘンリーが勝って、金山がその馬券を持って帰らなかったら、二人の生活は不信によって引き裂かれてしまうことだろう。金山は、さんざん迷った末、恵子と「心中」するつもりでジョンヘンリーの単勝に二百七十万円全部を投入した。
 俺は、と金山は思った。
 金にして二百七十万円分、恵子を好きなのだ、と。

レースの結果は、書くまでもない。
(中略)
「男には意味がある。どんな男だって、その一生には意味がある。もし、愛情という嘘がこの世に存在しないなら、男には秘密でさびしい意味しか存在しないであろう」 ウィリアム・サローヤン




「人生は競馬の比喩だ」と寺山は言います。
「競馬は人生の比喩だ」ではありません。

ジャパンカップでいえば時間にして、150秒足らず。
その間、どれだけの駆け引きや予期せぬアクシデントがある事でしょう・・・
そしてそれは必ずしも騎手の思うようには行きません。
・・・一瞬一瞬、あの時こうしておけば・・・の繰り返し・・・
そしてその中で自分で流れを作るんだという意地・・・。
流れに乗ってあわよくば、という希望・・。

「強い馬が勝つんだ」
「いや、勝った馬が強いんだ」
「結果がすべてではあるけれども、そこで語られるドラマもあるよね」


あなたは、一生懸命、生きていますか?

もちろん、自分に言っています。
$うめブロ
紅葉を見に行った時に撮った、赤く染まった男の子の画像で、お茶を濁します(^_^;)
どこの子かって? 知りません。

そして、どこがうめブロかって?

うまを、うめに変えてみてください(;^ω^A
12月9日に、岡崎藤川国道一号線沿いに、
道の駅がOPENするとの事で、
売り場作りに行ってきました。

ある程度、予想通りだったのですが、
事前に、日曜日に行くって言ってあったのにも関わらず・・・


某市会議員の事ですが・・・。

「誰もいないんですが?」
って電話したら、
「電話はしたのか?」
「どこに?」
「書類に書いてある」
「さっき受け取った書類のことですか?」

面倒くさいやり取りが苦手なので、すぐに電話を切る。


「丸栄で加藤先生の展覧会が今日までだから行ってらっしゃい」

と母。

小学6年生の担任の先生で、粉引の作家でもある方だ。

学生時代の思い出と言えば、
先生との確執しか思い浮かばないぐらいの先生ぎらいだが、
唯一、一年間ちゃんと学校に通ったのは、小学6年生のときだけ。

生徒を押さえつけるような事はしない先生でした。

教室のロッカーに隠れて早弁(給食)が見つかった時も、
「おまえ、中で屁こいたか?」

って言われたぐらいで、怒られなかった気がする。

余談ですが、その頃は絵描きになるつもりでいました・・・


今の自分の画力やセンスの無さからは、誰も信じないでしょうが・・・・

ちょうど6年生の時にオーストラリアの姉妹都市から交流に来た使節団に、
僕の描いたお寺の絵が贈られたので、多分未だにオーストラリアの学校へ行くと、
飾ってあったりするかもヽ(;´Д`)ノ


確かにその頃は写実的な絵を描いてましたが、
中学校になると、写生大会で描いた絵を他のクラスの子たちがこぞって見に来るぐらいな
独創的な絵を描くようになってました。

「なんで校舎が紫なの(笑)」
みたいな・・・・

中学の時の美術の先生のせいにするわけじゃないですが、
授業を聞いていないという理由だけで(大した理由かもしれませんが)
明らかに故意に成績を落とされたり(本当に文句を言いに行った)、
そんなこんなで、デッサンの時の絵も、だんだんと、

「これ蛭子さんのマネ?」

と言われるようになっていきました(・_・;)



話がだいぶそれましたが、結局個展(二人展)には行けず・・・・

間に合わないわけではなかったのですが・・・・


今日は久しぶりにウチ飲みをしてるので、ちょっと、

いや、

かなり長くなります・・


第二部(どこかで昔書いたものの焼き直しを、加藤つながりのこじつけで)


加藤唐九郎氏について


「永仁の壺事件」というのがありました。

彼は人間国宝第一号に認定されるような人だったのですが、
若い頃作った永仁(鎌倉期)の年号の入った壺が重要文化財の指定を受けた後で、実は彼の作ったものだったことが発覚したのです。

人間国宝はもちろん、美術界から追放させられました。

壺が作られた意図はともかく、それほどの技術を持っていた人なのです。

「写しをやらないと職人はダメなんです。そして、それが自分のものになった時、はじめて個性が出てくる」
古い友人の白州正子さんはこう言っていますので、たしか本人の言葉だと思います。


ちなみに晩年の77年には自らの創作作品「茜志野」を完成させていますが、白州正子さんは、
「あれは駄目、品がない」と手厳しい。

創作がどんだけ難しいかと言う事ですかね・・・。

すべてにおいて、

きっとそうです。

なるべく全部見るようにしてます。
動作、目の動き、等々。
批判をするつもりではなく、
勉強のために。



そして今日からさりげなく、販売開始してます。
$うめブロ
ウメィドレ赤!

必然的に、今後ウメィドレは、ウメィドレ白に変更です。
まだHP等、何も変えていない状態ですが・・・

たまに、「ウチの商品は全部オリジナルだ」

みたいな事をいいますが、

ウソです。

「全部模倣です」
$うめブロ
29日付け紀南新聞より抜粋。

太地町立太地中学校(小坂康夫校長)は27日、来年度の入学説明会・体験入学を開き、町立太地小学校6年生26人とその保護者が参加した。小坂校長と宇佐川彰男教育長は、2学年の修学旅行先として米国かリフォルニア州ロサンゼルス周辺を考えていることを語り、来春入学後に保護者とじっくり話し合っていきたいとした。
 同町には捕鯨文化とともに移民の歴史があり、「郷土を誇りに思う心の育成」として、小学校で「くじら学習」、中学校で「移民についての学習」に取り組んでいる。
 小坂校長は「太地からオーストラリア、アメリカのロサンゼルスやサンフランシスコ、あるいはカナダへ多くの人が働きに行き、太地の街に多額のお金を送って太地の町を支えてくれた。中学校ではその移民について学習する計画。移民の現地学習として、君たちが2年生になった時、修学旅行ではアメリカへ行きたいと考えている」と児童に説明。保護者に対しては入学後に話し合っていきたいと話した。
 ロスへの修学旅行は、中学校の現1年生が2年生になる来年から実施したい意向で保護者説明会を数回開いてきたが、安全面を心配する保護者の同意を得ることができなかった。宇佐川教育長は「移民の人たちが現地でどのような苦労をしながら太地の人との交流を深めてきたかという歴史を勉強してほしい。今日は皆さんに予告としてお知らせし今後、保護者の皆さんが子供たちを送り出そうと決意したら連れて行きたい」とあいさつ。旅費については生徒一人当たり約30万円かかるが、保護者負担はこれまでの修学旅行先である東京方面と同等の6万6000円とし、残りは町が負担すると説明した。



久しぶりに新聞を読んで、涙が出ました。
あまりにも話が大きいと、なかなか理解が得られないでしょうが、この教育長は、かなりの覚悟かと思います。
「予告」と「決意」の言葉にそれが現れています。

「行かせてやろうじゃないか」って保護者は、少ないのでしょうが・・・

photo:01


早くも充電プラグが折れ曲がり、
接触不良になる前に、
ビニール補修用テープで補強しましたが、時すでに遅し・・・

充電はできるものの、PCとの同期が出来なくなりつつあります>_<

わずか二週間で。
えっ、どんな風に使ってたかって?

プラグ差しっぱなしでずっとポケットに入れてましたが、何か?


すいません、appleが全部悪いわけではないようで(ノω・、
photo:02


先週見に行った、ツツジ
よく見ると、モミジでしたべーっだ!


これは自画自賛なうめの理想図。
いつか無剪定を実現したいです(*^_^*)
photo:03


上から見た図でした。

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