帰り際、咲いていた花を見つけて、
(名前なんだっけ?)
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もう少しで出てきそうで、出てきません・・・・

(たしかちゃんとした和名があって、メジャーな名前だった気がする)

植物名がわからないと、ずっと気になって仕方がありません。



仮設信号機が赤だったので止まったつもりが、停止位置を過ぎて、信号が見えない位置に停止。

2分ぐらいたって、いつ発進したらいいか分からない事に気がつく。

幸いに、後ろから来る車がいなかったので、バックして事なきを得ました。

2、3日前には、国道へ出る交差点で、何か書いたりしてるうちに、ふと前を見たら、前の車がいなくなってて、信号はすでに赤、という事も・・・・


大した事ではありません。いつもの事です。

そのときは後ろに車が止まってましたが・・・・



むかーしからある植物だったんだけど・・

(コデマリ)という声が聞こえ、さっそく調べてみると、
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根本的に、色が違いました(>_<)

(黄色、じゃなくて、なんて色だったかしら)


・・・山吹色?

そうでした、八重山吹でした。


・・・日曜日、昼過ぎから、台風のような暴風が吹いてきて、

夕方、心配になって見回ると、
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・・・一歩間違えば、大変な事に・・・・


飛んでいたコンテナをとりあえず戻したのですが、風のせいか、そわそわがおさまりません。

風に乗ったのかどうかは不明ですが、自分自身も北の方まで飛ばされていき・・・・


翌朝、また一個コンテナが道路まで、飛んでいました。。。。

「風があまりにも強かったので・・・」

迷惑ばかりかけないようにしたいです。
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とにかくその科白は「昔々」で始まり、「悲しい話だと思いませんか」で終わる。

昔々、あるところに少年と少女がいた。少年は18歳で、少女は16歳だった。たいしてハンサムな少年ではないし、たいして奇麗な少女でもない。どこにでもいる孤独で平凡な少年と少女だ。でも彼らは、この世の中のどこかには100パーセント自分にぴったりの少女と少年がいるに違いないと固く信じている。
 ある日二人は街角でばったりとめぐり会う事になる。
「驚いたな。僕はずっと君をさがしていたんだよ。信じてくれないかもしれないけれど、君は僕にとって100パーセントの女の子なんだよ」と少年は少女に言う。
 少女は少年に言う。「あなたこそ私にとって100パーセントの男の子なのよ。何から何まで私の想像していたとおり。まるで夢みたいだわ」
 二人は公園のベンチに座り、いつまでも飽きることなく語りつづける。二人はもう孤独ではない。100パーセント相手を求め、100パーセント相手から求められるということは、なんて素晴らしいことなのだろう。
 しかし二人のあいだをわずかな、ほんのわずかな疑念が横切る。こんなに簡単に夢が実現してしまっても良いのだろうか、と。
 会話がふと途切れたとき、少年がこう言う。
「ねぇ、もう一度だけ試してみよう。もし僕たち二人が本当に100パーセントの恋人同士だったとしたら、いつか必ずどこかでまためぐり会えるに違いない。そしてこの次にめぐり会った時に、やはりお互いが100パーセントだったら、そこですぐに結婚しよう。いいかい?」
「いいわ」と少女は言った。
 そして二人は別れた。
 しかし本当のことを言えば、試してみる必要なんて何もなかったのだ。彼らは正真正銘の100パーセントの恋人同士だったのだから。そしておきまりの運命の波が二人を翻弄することになる。
 ある年の冬、二人はその年に流行った悪性のインフルエンザにかかり、何週間も生死の境をさまよった末に、昔の記憶をすっかり失くしてしまったのだ。彼らが目覚めた時、彼らの頭の中は少年時代のD・H・ロレンスの貯金箱のように空っぽだった。
 しかし二人は賢明で我慢強い少年と少女であったから、努力に努力をかさね、再び新しい知識や感情を身につけ、立派に社会に復帰することができた。彼らはちゃんと地下鉄を乗り換えたり、郵便局で速達を出したりできるようにもなった。そして75パーセントの恋愛や、85パーセントの恋愛を経験したりもした。
 そのように少年は三十二歳になり、少女は三十歳になった。時は驚くべき速度で過ぎ去っていった。
 そして四月のある晴れた朝、少年はモーニング・サービスのコーヒーを飲むために原宿の裏通りを西から東へと向い、少女は速達用の切手を買うために同じ通りを東から西へと向う。二人は通りのまんなかですれ違う。失われた記憶の微かな光が二人の心を一瞬照らし出す。
 彼女は僕にとっての100パーセントの女の子なんだ。
 彼は私にとっての100パーセントの男の子だわ。
 しかし彼らの記憶の光は余りにも弱く、彼らのことばは十四年前ほど澄んではいない。二人はことばもなくすれ違い、そのまま人混みの中へと消えてしまう。
 悲しい話だと思いませんか。
            *
僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきであったのだ。

(村上春樹 4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子にめぐり会うことについて)



「あなたは若い頃に、ちゃんとした恋愛をしてこなかったんだね」

「確かにそうかもしれない。でも、ちゃんとした恋愛ってなんですか?100かゼロか、どっちかでではないんですか?」

「きっと何もかもわかっているような顔をして、何もわかっていないんだ」

「そうですね。何も分かっていない。人の気持ちも、自分が何者なのかも、何のために生きているのかも。他の人たちはみんな、何のために生きてるのか分かってるのですか?そんなことすら分からない」
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2年前に植え替えたサクラ。


品種はよくわかりません。


園内に2本平行してあった道を、一本にしてあいだの防風林を伐採し、5本のウメを植えました。
(2.5aぐらいは広がった?)
サクラやカエデなどいろんな品種を前の持ち主の方が植えていたようで、
すべて切ってしまうのは忍びなく、せめて一本だけは残したいなと。。。

風流も何もなく、

そのサクラたちが植えられたときの思いなど考えず、

いかに多く収穫するかしか考えていませんが・・・

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こちらは受粉樹です。

一見ものすごい数の実がついていますが、
この樹は芽が伸びるのがいつも遅くて、
貯蔵養分が底をついてしまうようで、毎年生理落下でほとんどの実が落ちてしまいます。

ですが今年は芽がいつもの年より早く伸びているので、もしかしたら生理落下が少ないかもしれません。
ちょっとだけ、期待します。

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こちらが、南高梅です。

葉っぱの伸び方がが全然違うのが分かるかと思います。

ウチは受粉樹が2割以上入っているので、

ミツバチが飛ばないような年でも、受粉の心配はあんまりすることがないです。

その代わり、上記の受粉樹が南高の半分くらいの収量しか期待できないとしたら、

大体・・・南高だけの場合に比べて1割ぐらい減収する事になります。(受粉樹の割合25%*50%)


この春、受粉樹に南高を高接ぎすることで、将来的にその一割を、5%ぐらいに減らせたらと、机上の計算をしています・・・。

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受粉樹だと思っていたら、どうやら南高らしい、という樹があり、
目印のテープを外したはずが、ちゃんと外せていなかったようで、

南高に南高を接いだって・・・

と、せっかく接いだものを、惜しげもなく切った画像です。



なんだか今日は、普通に、「うめブロ」ですね。

画像も多いし。


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携帯よりPCのほうが、画像のUPに相当な時間がかかるのはなぜでしょうね。


今日は芸能ネタを書くはずだったのに、、




・・・毎年、「ようけなっとるなぁ!」

と言われますが、

単純に枝数が少ないので、そう見えるだけです。

そしてサイズが伸びないというのもあります、、、




今年は、というか、

今年も、いろんな意味を含めて、50点くらい。


まだまだ、


「これでいいv(^-^)v」って思う事は、

ないです。


毎年平均、5tぐらい穫れたら、ちょっと嬉しいかもしれないですが。



だいぶ、甘めに見積もって、50点くらい。



そして、減収のリスクの話を引き合いに、

原発のリスクの話を書くつもりでいたのですが、

さっきコンビニで、レッドブルを買うか迷っていたら、
サントリーストロングゼロドライなる商品が発売になっていたので、
しかも2本まとめて買うと30円引きなんてセール中というのもあり、

迷わず2本(4本でないところが最近変わってきた)買ったので、


もう少し続けます・・・・


前回の原子力村の記事は、

表面的な事しか考えてなかったなという反省もあり・・


もうちょっと踏み込んで考えると

利権は構造としてあとからついてきたもので。


いや、


利権は構造として元々あったところに当てはまっただけで。

(ここで昔のバインダーを引っ張りだす・・・)

学生生活4年間で、25枚(50ページ)しかないのに、まず、驚愕。

いくつかの、レポートの下書きと、
授業のノートで・・・
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上の画像は英語の授業で生涯で唯一書いた英作文ですが、生涯で唯一、先生からの評判が良かったものです・・

だいぶ話がそれました。


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卒論に、東海村で起きた臨界事故の事を書いたのを覚えていて、引っ張りだしました。

◯◯時間で書いたわりに、当時は達成感があったのです。


時間がなかったというより、タイピングに自信がなかったので、このノートを元に、妹にPCで清書してもらったのを、確認もせずによくも提出できたものだなと今さらながら関心します・・・・



補足すると、政治学ゼミで、どんなテーマでもいいというので、

原子力がテーマではなく、事故の背景に、日本人の本質があるのでは?
というものでしたが、井沢元彦の「言霊」のパクリです(出典を明らかにすればOKとのことだったので)

朝日新聞の記事を発端に言霊の話に持っていくとこだけが、オリジナリティです。




長すぎて、もう読んでいる人はいないと思うので、逆にもう少し書きます。



結論的なことを言うと、「起こって欲しくない事は、言わないし、備えないのが無難」

ということです。


避難訓練さえ、地域住民の「不安をあおる」という理由で、行ってこなかったのですから。



中身はほとんど引用なので、あくまで十数年前から、こういう事を言っている人は確実にいた、というぐらいに思ってもらったらいいと思いますが、一部抜粋しますと、


ーこれまでの事故で、当局は常に事故の影響を過小評価してきたー
ー備えると、危険があるように受け止められる。それを恐れて、原発を進める当局や電力会社は「絶対安全」のみを叫び、「備えなければ憂いなし」の構えをとる(森永晴彦、原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ)ー
ー一日、米大統領「同様の事故が起こらないよう国内の関連機関に安全性の再点検を指示した。エネルギー省や原子力規制委員会(NRC)などの政府機関は、日本で起こった事からできる限りの教訓を学びとり、それをもとに米国のシステムを分析し直して国民のために万全を期す必要がある」としたー

1999年の出来事ですから!



こんな事も(多分オリジナル)

ー何事につけ、政府(行政)側は情報を隠そうとし、国民も、それに対して実に鈍感である。事に至って始めてマスコミが一斉に騒ぎ立てるが、しばらくすると又、何事もなかったかのように静かになるー


批判ばっかりしたくはないですが、

そのうちに、忘れられ、置き去りになっていくんだろうと思います。


原発反対か?

と聞かれると、そうでもなく、

運用に問題がないように、管理ができるのであれば、

将来的には、必要になってくる可能性もあるだろうし、

できるだけ冷静に見つめたい。というぐらいです。




本当に、ここだけの話、正直にいうと、

再稼働にどんだけ盛り上がって反対しても、今まで使っていた電力を、返す事もできないし、

それが感傷ならば、やがて冷めるのだろう。何事もなかったかのように10年後暮らしているのかもしれない。と思います。


そんな諦めもありつつ、菅さんが言っていた、原発段階的廃止は間違ってはいないと。


この夏も、そんな話題が出てくるとは思いますが、

再稼働に反発するよりも、代替エネルギーを育てる方にエネルギーを使った方がいいと思うので、

長々と、とりとめもなく書きましたが、消さずにUPします。



右ではないにしても、やたら左ではないといううめブロです・・・


リスクの話ですが・・・・・


端的に・・・(自分でも半笑い)

「起こった事に関しては、取り返しがつかない。想定していなかったというのは詭弁で、考えが足りなかっただけ。本気で取り組むつもりがあるのなら、何十年かかっても、理解を得、信頼の構築に務めつづけるだけ」
おとつい、以下のようなことを書こうとして、途中で諦めた自分に喝を・・・・

「原子力村の問題も、

TPP問題も、

おんなじことなんだよね¥¥¥¥¥


要は利権の巣ですよ。


何十兆という金をつぎ込んで、


どれだけのものを生み出しているのか。


それでも、

必要なんです。

って言う。


資源のない国ですから、仕方ない。

そして結局は利権の恩恵から、逃れる手段もない。




取り返しがつかなくなる前に、

Aさん、もう、一本。」
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「俺が次に病院に行くのは、入院するときか、死ぬ時だ」

と、嘯いてから一週間後。



2メートルの高さから転落。


左手のひらと左ヒザ外側、左足小指・・・・


頭から後ろ向きに落ちたのに、ちょうど受け身をする体勢に回転してて、


そのまま消毒作業。

現場写真
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上から見た図
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ちょうど、黄色いペンキ当たりに手がつき、体はホースの向きだった気がします。


昔、花火が爆発した瞬間と同じ、


あるいはそれ以上の(あっ、終わったな)感。



昔あれほどケガばかりしていたのに、最近は大ケガをする事もなくなりました。

慎重になったのでしょうか?



昔のケガは、リカバリー不可能な無茶で、

最近は、リカバリー可能な無茶に変わった気はしますね。

そして単純に、骨などが丈夫なだけかもしれません。

骨折はいままで一度もないので。


もともと運動神経はないですが、反射神経だけは発達しているかもしれません。


不器用なネコぐらいでしょうか・・・


皿とかコップとか、落としても割ったりせず、
足か手か、何かが出てきて、割れるのだけは防いだりします。
一回、ズブロッカ飲んだあとで、皿を割ったのとか、何回か割ったことはありますが。


そして中身はたいていこぼれてますが・・・


思えば思考能力よりも、反射神経だけで生きてきた感はありますね。


「お前は何か行動に移す時、考えてから動きだすのか、考えながら動くのか、教えて欲しい」

と、昔の会社の社長に、会社を辞める時に聞かれた事があります。

「判断は瞬間ですが、動きながら修正してます」

と答えたのですが、実際は、「動いてから、考える」
のかもしれません・・・・

そして、近しい友人でさえ、

「何かにつけていちいち理由を考える」

と思っているでしょう。


でも、自己分析はやめます。


なぜなら、


長くなるからです!!



あーいえばこう言う自分も、何でも素直に言うとを聞く自分も、

どちらも本当の自分なんで。



そしてなんだかんだ言いながら、

夕方頃には歩けなくなってきたので、

素直に病院へ行き、

「骨折も脱臼もしてないよ」

といわれ、帰ってきてから

ますます動けなくなってきて、

(本当は折れてるんじゃないのか?)


と、疑いながらこのブログを終わります。

電撃移籍のWBCキーマン糸井嘉男の超人伝説「俺はケガにも気づかない(笑)」