前回のブログで、「秋山さん」なる謎の人物が出てきましたが、

秋則さんの間違いです・・・

頭の中は秋山の事ででいっぱいなのでしょうかね?

昨日は柴田大知の男泣きを聞いていてこみ上げてくるものがありました。


同い年なんですね。


調べてみると、年間十数回しか騎乗できない年があったり、

不遇の時期を乗り越えて18年目の勝利。

アナウンサーは、「人間関係のトラブル」とお茶を濁していましたが、

師匠に反対された結婚を押し切って、破門にされたようです。



同い年の有名人て、あんまりいなかったりします。


思いつくのは、海老蔵、安室、菅野ぐらい。猪子寿之氏も同い年ですね。


今日は、一昨年に見にいった弘前の桜の話題を書こうとしてます・・・

今でこそ、さくらの枯れ枝や病気の枝を切り落とす弘前公園方式の管理は全国に定着し各地で取り入れられているが、その昔は「さくら切るばか、うめ切らぬばか」という言葉のとおり、長い間さくらの枝は切ってはいけないと言い伝えられていた。
 

 弘前公園も当初は、この言葉のとおり、さくらの枝を切るのはご法度であった。ある日、実家がりんご農家を営む作業員が、りんごの木の剪定と同じ感覚で枯れたシダレザクラの枝をバッサリ切り落とし、丸裸のようにしてしまったという。この作業員は当時の公園管理事務所の工藤長政所長に大目玉をくらい、こっぴどく叱られた。
 
 ところが翌年、驚いたことにこの切り口から、新しい枝が勢いよく飛び出したという。木はやがて元気をとり戻して再び大きくなり、花を咲かせはじめた。この件がきっかけとなり、工藤所長はさくらと同じバラ科のりんごの木の管理技術を取り入れ、さくらの枯れた枝を剪定し、蘇生させる手法を編み出したのであった。


 しかし当時弘前大学に赴任した生物学の石川茂雄教授が、この剪定に異議を唱えた。「弘前公園の職員はさくら切るばか、うめ切らぬばかのことわざをしらないのか」「このままでいけばさくらは枯れてしまう」と発言。この発言は報道され波紋を呼んだ。その後石川教授と工藤所長は、さくらの選定を巡って、新聞紙上で激しくぶつかりあうことになり、しまいには両者の対決がテレビ中継されるほど一大センセーショナルを巻き起こしたという。1973(昭和48)年の話である。
 

 時は流れて、弘前公園の樹齢100年を超える多くのさくらは、今も見事な花を咲かせている。

 (津軽ひろさき検定 公式テキストより)



自分で撮った写真を圧縮してupするのが面倒くさく、上記の写真を見てもらえたら分かるかと思いますが、桜のスターマインという表現がぴったりな、ものすごい花が特徴です。


一緒に行った友人が「一日かけて写真が撮りたい」と言ったのをうけて、
「「じゃあ、その間、近くの温泉にでもいってるよ」

と言っていたのに、黒石つゆやきそば、横手やきそばなどの屋台街を見つけて、

予定変更したのは言うまでもありません。


自分の唯一の才能は、美味しいものを見つける嗅覚だと、
最近改めて思います。
そして、どこへ行っても旬食材を頼まないと気が済まないのは、
直しようがない性癖だと思います・・・


このとき、弘前、盛岡で見つけたお店にはいつか必ず、再訪したいです。

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まともな写真もありました。
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この大胆な剪定!!

こういうときなぜかいきものがかかりの曲が流れているのは、デジャヴでしょうか?

弘前公園には、樹齢100年を超える桜がたくさんあり、今も元気な花を咲かせています。

常識を破って、一歩先へ進んだ、一つの事例でした。
「奇跡のリンゴ」が映画化されると聞いて、主演誰だろうと、まず思い浮かんだのが、
阿部サダヲでしたが、

デジャヴか、
偶然か。
って他にいませんよね。



本の中のエピソード・・・


秋山さんが半ば自然農法を諦めて、岩木山で首を吊ろうとした時、

月夜に照らされた、秋海棠(リンゴの原種)の樹を見つけます。(ちゃんと調べたら、ドングリでした)

(この山の中で、肥料も農薬も無しで、こんなにもたくさんの実をつけている)

そのとき、自然農法の神様、福岡正信の著書「自然農法・わら一本の革命」の

「この世には何もないじゃないか」

という言葉を思い出します。


福岡さん自信も、病気を得てから、死の恐怖に直面し、夜中に野山や港をさまよった末に、

ふと、「この世には何もないじゃないか」と、吹っ切れて、自然農法に目覚めます。


すべてが科学で説明できないため、宗教的にも思えますが、

ともあれお二方とも確信を得て、道を歩み始めます。


実は僕自身、農業を始めたきっかけをいろいろと語った事もありましたが、

中学の時に読んだ上記の本が、ずっと心に残っていて、今でもバイブルのように毎日めに入るところに置いてあったりします。

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もちろん今の自分に、これ以上語ることはできず、ひとかけらのこだわりも持ってはいませんが、いつか夜のうめ畑で、何かを見つける事ができるのかもしれない、あるいは、見つけたつもりになるかもしれません。


そして今重要なのは、悟りよりも、実践です。


さっそく、放浪してきます!



文章も方向性も、ぶれ過ぎですかね・・・・


農薬、化学肥料は体に悪いから、というよりも、

樹にとって、一番良い方向を、見つけていきたいです。

今日、「特別栽培を始めた動機は何ですか?」

と聞かれ、「・・・その方が、いいものができるから、と思っています」

と答えた気持ちは、持ち続けたいです。



宮沢賢治 農民芸術概論
序論

……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である




「幸福とは幸福をさがすことである」(ジュウル・ルナアル)
「仕事に追われてると、いやな事とか考えずに済むの。 だから毎日予定を入れてるんだ」


特別親しいわけでもなかった知人が何年も前に何気なく言ったその一言を、なぜか時々思い出します。


本当にそういう事があるのかな、と。


きっと無心になるというのは、難しいものです。




「辛いことがあった時には、梅の樹に会いに来るんです。こいつらだけは、逃げたりしないだろうって」


半年ほど前に、地元新聞の取材で、冗談で言ったつもりが、しっかり記事になってました・・・



『プライベートで(笑)』と、フォローしなかったのが悪いのですが、

「いつも真顔で冗談を言うから、わかり辛いんですが」

とか、「どこまでが本気でどこまでが冗談なの?」と、よく言われるので、今後気をつけます・・・。


「これから冗談を言います」と前置きをするようにします。



このブログも、ほとんどそんな感じですので、気になさらぬよう。。。。。





もちろん仕事で煮詰まったり疲れたり、どうしたらいいか分からない事は、しょっちゅうですが、逃げ出したいとかあんまり考えた事がないので、辛いという感覚とはちょっと違うようです。


あんまり何も考えていない、というと身も蓋もなさすぎですね。



そんなわけで今日も、前置きが長くなりましたが、

少し歯車が狂って、
というか、

自分の見通しが甘く、いけると思っていた事がNGになる可能性が出てきて、今のところ代替案が無い、という状況の中、


前記の言葉を思い出し、実践してみました!


実を言うと、今日どうしてもしなくてはいけない事ではなく、連休の間にでもやってしまえる事だったのですが、

ウメの顔を見たくなって。


でもやっぱり、こういう時は、簡単な問題も解けませんね・・・


問1 Yくんは今、A地区にいます。300メートル坂を登ったB地区にユンボがおいてあります。B地点からさらに700メートル登ったC地区にユンボをおいて戻ってくるまでの、歩く距離を出来るだけ少なくしたいと思います。A地区に置いてある車を使う事ができるとして、最短で何メートル歩けばすむでしょうか。


今日出てきた答えは、5300メートル!



20センチほどの槙の切り株を軽い気持ちで起こそうとして、簡単にキャタピラが外れ、工具を取りにA地区まで下りたり、あまりに根が太く、結局掘るのを諦めてチェーンソーを取りに戻ったり。

もちろんカギさえ持っていれば、車で移動すれば済んだのですが・・・



さらにヒドい事に、携帯カメラのシャッターの位置を完全に忘れてて、

スリープボタンを押して、何度も画面が消えるたびに「壊れたかな?」とつぶやいていました。$うめブロ

2年前に一足先に開通した、みえ御浜かんぼIC。舗装工事をするはずだったのですが、ほどほどで諦めました。
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っていう絵本があったはずなんですが、

まぁ、それは置いときまして。

昨日は久しぶりに傘を持って電車(正確には汽車)で、熊野市まで。


傘を持ち歩くと必ず忘れるので、どんなに雨が強くても、傘は差さない主義です。


昨日はさすがに、ずぶ濡れで庁舎まで行ったら、変な人と思われそうなので、傘を持っていきましたが。。。


・・・中学の時、部活でキャッチボール(ハンドボール)をしてる時に、

ものすごい夕立が降ってきて、

グラウンドにいたみんなが避難する中、示し合わせたかのように平然とキャッチボールを続けた4コマ漫画家と同じ名前の友人は、元気にしているでしょうかね?


いまだに雨が降る中、梅をひっくり返し続けたり、雨避けにかぶせてあるシートをはがしたり、

周りの皆さんに相当迷惑をかけているかも・・・・

口癖は、
「まだ、大丈夫」
「もうちょっと、我慢しましょう」

「雨、降ってますかね?」



元々、間食とかをしないのですが、食生活が不規則すぎて、

(夕食って、なんだろう?)

という疑問が湧きつつあります。


17時か18時に、コンビニ弁当を食べ、

21時か22時頃に、本格的な夕食(夜食というのでしょうか?)


そして今日は、色々あって、昼を取り損ね、夕方コンビニへ。

ミートソーススパ、おにぎり4個、あと弁当を、というのはさすがにどうかと思い、
ちょっと前から気になっていた、店内調理の揚げたこ焼き、モンスターエナジー。

食べながらカロリーが気になって、合計してみたら・・・・


2000近く(^o^;)


今夜は、夜食っぽく、ラーメンか何かにしときます・・・


もともとカップラーメンは認めておらず、

あえていえば、カップやきそば、うどん、そばは、普通に食べます。

カップヌードルは、別格として、アリだと思います。


育った環境で、食の嗜好も左右されるようで、ウチの息子に昨年の話ですが、バーベキューの買い出しの時に、

「マルちゃん正麺食べてみろよ!これは普通に美味しいで」

と、勧められて以来、マルちゃん正麺も認めています。



今日午前中は、大変な事があったのですが、

「救助に行ってきます」

とトラックを借りて、畑まで走りながら、
鼻歌を歌っている事に気がつき、

あらかじめけが人はいないのは分かっていたというのもあるのですが、

自分の不謹慎さに愕然としました・・・・

風邪を引いて、ぐっすり寝たので、ものすごいいろんな夢を見ました。

かけない事もたくさんあるのですが・・・


ダニが体中についてきた話、シカをどこかへ連れて行く話、法然上人の話。

法然上人?「南無阿弥陀仏を唱えれば、救われるのです」

目が覚めたら、CBCラジオから、そんな声が聴こえてきました。


なぜ夢を見るのか?

寝ている間に、脳が記憶の整理をしているためだと言われます。前の日に起こった事を、ランダムにつなぎ合わせているので、通常ではあり得ない事も起こります。

現実では絶対にないような恋愛関係が夢の中では成立するのは、潜在的願望の現れというよりは、寝ている間、ノーガードになっている様々な断片が、無作為につながるためですが、夢を見る事で、思いがけない発想が生まれるという可能性も捨てきれません。


ダニやシカは、最近本当に起こった出来事です。

昨日、新人の子がダニに刺されたという話を聞いたのもあるかもしれません。

柵を張った畑の中に、シカが住み着くようになり、昼間にも出てくるので、猟師の方に、すでに2頭、穫ってもらいました。

どのような最後だったかは、表現力がないので、書けませんが、シカの腹にたくさんのダニがいて、逃げようとすごい速さで動いていて、びっくりしました。

40kほどのそのシカを看取ったあとで、軽トラまで運ぶのに、二人で引っ張ったときの重さだけは覚えています。

それは2週間ぐらい前の事なのですが、昨日、ちょっとした荷物を持つ時に、手首の筋が痛くて、落としそうになった時に、あのとき痛めたのかな?と思ってしまいました。


かわいそう、と言ってしまえば簡単なのですが、こちらも生活がかかっているという側面もあります。今までのシカの食害を金額に直したら、直接の被害と、対策にかかった費用、被害がなかったと仮定した場合の収穫量との比較をすると、年間100万では済まないと。

いや、金額の話ではないですね。生きるために様々なことを犠牲にしているというだけです。毎日肉や魚を喜んで食べていることは疑いようがありません。
そして直接シカやウサギを殺すのは躊躇しても、ダニや蚊は必死になってつぶしたりするのです。

「あなたが殺したそのシカも、ダニも、同じ一つの命なのですよ」

・・・法然上人の影響をかなり受けていますね・・・


そして今日は久しぶりにたらこクリームパスタを作りました。
前にレシピを調べて、作ったのを、何となく覚えていて。


基本的にパスタは苦手です。レシピ的なものも苦手です。

麺をゆでながら、ソースを作って、合わせてから塩こしょうで味を整えて、みたいなのがうまくできません。極端な例を出すと、食べ始めは味が薄いなと思っていても、だんだんとソースが染みてきて、結局味濃いじゃん!ってなりかねません。
具と麺を合わせて食べてちょうどいい味にするのか、具は別と捉えるのか?のバランスも、これは目分量でいつも作るので自分が悪いのですが、失敗したなと思う事のが多いのが現状です。

そういう理由もあり、パスタはいつもオリーブオイルと塩こしょう、ベーコンと鷹の爪でできるオイル系ばかりです。ベーコンはブロックばかり買います。オイル系は、途中で味が染みる心配はないので。

・・・まぁ、吉野家が具の量を増やし、ご飯の量を減らしただけで、本気で憤る人間なので、スルーしてもらって結構ですが・・・

そしてコンビニパスタには、必ずおにぎりをつけますが、なにか?



何がいいたいかわからないまま、第二部へ。



ちょっと前に、(苦役列車)と(ツレがうつになりまして)を立て続けに観ました。

どちらも、思った以上に面白くて。


最近、西村賢太が気になってまして、動画配信で本人の出演映像を色々見まして。
原作を読む気はありません。

彼の生き方が好きなんです。


「本気で人を殴ると、自分のこぶしも同じくらい痛いんだよ」


そんな暴力映画ではありませんので、誤解のないようにお願いします。


ツレうつに関しては、宮崎あおいと「スギウラさん」の印象が強すぎて…


「うつ」に対しての勝手なレッテル貼りは問題だと思いますが、何にでも「うつ」や病気だとレッテルを貼り過ぎる傾向も気になります。
誰でも、多かれ少なかれ、問題を抱えて生きてるのに。


分かっているつもりではいます。特別な病気ではない事は。


そんな気持ちと、誰かの支えと、ごちゃごちゃな感想です。



「やさしさ」とか、「愛」について、語ったらきっと突っ込まれますね。
「あなたの言っているのは、辞書に書いてある愛とかやさしさの事だ」

って。

「いわゆる快楽なるものは、実は迷いや誤解にすぎないのであって、たのしくもなんともない。むしろそれは、人間をしばりつける重荷なのだ。」(武田泰淳「快楽」より)



自分の中では、ポジティブなんですけど、ネガティブって言われても仕方ないでしょうか?



永遠なんてない事も、死ぬときは一人だろうということもひっくるめて・・・

前を向いて。


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なかなか、受粉樹の芽が出ません。
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一つの節に三つ実がついているところも・・・
普通花は、ふたつずつつくのですが。

やっぱり、生理落下で落ちるでしょうね・

$うめブロ
南高は、これだけ葉っぱが出ています。


風邪を引いた理由?
苦役列車より
「おれはこの何年も、布団なんかで寝た事はないんだ。タオルケットの一枚でもあれば、十分寝られる。」

気がつけば、外気温は2℃でした。