それでも意味はあると思うかい、どう思う?


最近やたらとうめの話題が多くなったり、さらにこんな唄をUPすると、なんかいい事でもあったんか?とか、気持ち的に落ち着いてるのか?とか思うかもしれませんが、特に何もありません。悩みも迷いも、ないです。


同時並行で、携帯からはMisiaの「あの日のように」や、中島みゆきの「タクシードライバー」が流れてますので・・・・


(君がいなくなった部屋はまだ君の匂いを残してて、時々はっとしたり、する)

(笑っているけどみんな本当に幸せで笑いながら街の中歩いていくんだろうかネ
忘れてしまいたい望みをかくすためにバカ騒ぎするのはあたしだけなんだろうかネ)


今日はどうでもいい話ばかりです。
いつも通りとも言えます。


アメーバニュースに、「恋愛依存型のオンナ」なる記事を見つけ、読んでいたら(時々はこういうのも読みます)

●解説:彼氏依存型

「恋は盲目」が座右の銘。学名は恋愛原理主義者。世界観が極めて狭く、リスカや過食嘔吐などメンヘル傾向も強い。男に騙されやすい不幸体質。男女を問わず毛嫌いされるタイプともいえる。SNS遭遇率:65%

原理主義そのものを馬鹿にしている感じがして、イラッとしました。

恋愛原理主義者とはなんぞや?と逆に調べたら、うめブロの記事が3番目に出るくらいだったので、そんな言葉はないと言えば、ないのですが、、、
恋愛至上主義のWikipedia解説もうさんくさく、原理主義=過激派と、勘違いされるような気がしました。

無理矢理まとめると偶像崇拝や、世俗的価値観を認めないのが原理主義で、依存度は関係ないと思います。

そしてあまり色々書くと、「お前は恋愛原理主義者なのか?」

と突っ込まれそうなので、この辺にしときます。


今日は家で飲んでる事が、大体想像がつくと思います。

久しぶりに、コルク式のワインを。。

普段使わないワインオープナーの使い方を忘れて、コルクがめちゃくちゃになってしまいましたが。

「シャブリ」を、一人で。

オイスターバーに行った気分で・・・・


1600円ぐらいの、そんなに高くはないワインなので、ご了承ください。

コストパフォーマンスは、あまり考えません。

この間、焼酎のノンアルコールビール割りについて、語ったら、
「それって、逆に高くつかんか?」

といわれ、
「たしかに、ビールよりは安いですが、第3のビールよりは、高いです、、」

世の中にない、いろんな組み合わせを発明し、軽く普及したらいいなと思っているのですが、焼酎のノンアルコールビール割りも、あまり普及しません。

ちょっと前には、「食べるチューハイ」と称して、この時期だったら、甘夏とかの皮を剥いたものに、氷と焼酎をぶっかけてスプーンで一気にかき込む。というものを開発したのですが、何人かに言ったら、却下されました。

「皮剥くのが面倒なんだよね」

本当はそういう作業が大事なんですが、なかなか現実は難しいようです。

甘夏以外でも、パイナップルと、ウイスキー。
桃と、ブランデー。ぶどうと、ワイン!(この辺りは、どちらでも可)

コンセプトは、果物がより美味しくなり、お酒がより飲みやすくなる。



アルコール以外でも、いろいろ発見してます!


カルピスの牛乳割り。
最近はカル牛とか呼ばれて、一般的になっているらしいですが、20年以上前に発見しました(実は元祖は自分ってのは、たくさんありそうですが)
その他にもまだ普及してないものも、あります。

フルーツ牛乳の、牛乳割り。

コーヒー牛乳の、牛乳割り。


豆乳の、牛乳割り。



おやすみなさい。

第一部終わり
今日もうめの話。


近くの梅農家さんに
「今から草刈りか?この間、肥料やってたけど、草の上から撒いたんか?」

「はい」

「半分草に肥料やってるようなもんだな」

「そうですね・・・」

その2、3日前の話。


「草はどれくらい刈ったらいいですか?」

「最悪地面と枝の間にネットが通ればいいです。柔らかい草は無視して下さい」

「固い草は全部刈るんですね?」

「木の下だけは。あと、背の高い邪魔な草は刈って下さい」

「背の高いというと?」

「背丈ぐらい」

「腰ぐらいの高さは?」

「無視して下さい」



工場にて

Mさん「今年の草も、ものすごいですね」

うめ「草に肥料やってますから」

Mさん「Dの奥の背の高い草は、刈って欲しいですね」

それを聞いていた別のMさん「そんなに高いん?」

Mさん「近くにいても分からないぐらい」

Mさん「子供たち連れてきたらかくれんぼできるね」

別のMさん「かくれんぼは無理やな。だれも見つからん」

Mさん「迷路作ってあげるから、それで遊んだ方が面白いで」

うめ「行方不明者が出るからやめて下さい」

3人のMさんの会話でした

$うめブロ

この間から、ハウスを借りて、うめを干しています。

その感想。


うめを干すのにかかってた、人件費、50%削減。

品質、2割増し。

日々の天候による、精神的ストレス、半減。

あくまで、今時点での感覚です。

一年は大げさな表現ですが、

2年で元を取ります。

またフライング発言・・
$うめブロ
最近、毎日生理落果で落ちた梅の写真ばかりとっているような気がします。

落ちすぎな気もするし、ちょうどいい気もするし・・・

$うめブロ


あと、葉の色が薄いのが気になります。

額を見ないように!



お隣と、春先の肥料の量が倍以上違うのもあるでしょう。

崖の上から定点観測をしているのですが(画像では分かりにくいので割愛)

原因は・・・

いまのところ、

新芽がしっかり伸びているので、

実をつけながら、

$うめブロ
先端は延ばす、
$うめブロ

という当初の目論みは成功したのか、

それとも、もっと実を付けても大丈夫なのか?


・・・書きながら、画像を確認してたら、上記の写真の先端の伸びが、止まっていることが発覚しました。この木は植え替え4年目なので、実を付けるより、せめて1メートルぐらいは先が伸びてほしいのですが、ちょっと無理そうです・・・


元気に伸びている芽は
$うめブロ
先端が赤いのです(品種によっても違いますが)


しかも、ここにネットを張る予定はまだ先なので、手で収穫しないといけません。

さぁ、人手を確保しなければ・・・

そして葉が薄い問題は、写真のように先端がしっかり伸びている証拠だと、今のところは思っていますが、もう少し様子見です。



畑から幹線道路まで、2Kmぐらい細い一本道が続いているのですが、


畑から帰るときの話です。

ビーグルっぽい犬を放牧しているスクーターとすれ違い、
左に寄り停車して道を譲ったはずだったのですが、

突然犬が怖がって逃げ出しました。


主人を置き去りにしたままなぜか2Km追いかける事になり(野生動物だったら、道の脇に逃げるのですが、その手段を彼は知らなかったのでしょう)幹線道路に出ても、必死で逃げる彼は対向車にも気がつかず、その車が止まらなければ、確実に引かれていました(・_・;)


こんなとき、どうしたら良かったのでしょう?

答えは、まだ見つかりません。
その犬が、その後主人と出会えたかどうかも、わかりません。

きっともう二度と、散歩コースには選ばないでしょう・・・・
一昨日でしたかね
肥料を撒くのは雨の前後がいいって話になった時に、

「まぁ世の中には、雨の降る前に洗車をする人がいるぐらいだからね」
と言われて、
(僕は雨の中洗車しますがなにか?)

と言えなかったのは、なぜでしょうか。。。。

理由をいうのが面倒だったからということにしといて下さい。


この前たまたま、喫茶店にてビックコミックオリジナルを数年ぶりに手に取ったら、

「MASTERキートンReマスター」が連載開始!となっていて、勝手に運命を感じていたのですが、

ネットで調べたら第5話とのこと。


音楽にしろ、小説にしろ、いろんな人に影響を受けまくっていますが、
キートンは、特にいろんな人からの影響が積み重なり、出会った作品です。


ネットから勝手に引用。

トレメイン直美「太一君、夢をかなえた人の本をいっぱい読んで得た結論があるの。彼らの共通点は、あきらめないこと。あきらめなければ、人は絶対、夢をかなえられるって」

平賀=キートン・太一「大切なことを忘れていたのは……僕のほうだったんですね……」




五十数歳の太一が、5歳の太一から、教えられた事。
今日は、「お鍋一つでできる、二郎風ラーメン」

$うめブロ

・・・本当の事を言うと、6時前にコンビニで、新登場のお好み風ビフカツ重を買って、食べたあとで30分ほど歩き回りながら考え事をし、結局何もせずに帰りぎわスーパーでチャンポンを探しまわるも3軒目であきらめ、久しぶりに二郎でも・・と思い麺などを購入。
家に帰ったあとで時間がかかる二郎ラーメンは後日とし、冷やし担々麺に変更。
麺をゆでながら「やっぱり汁なし台湾ラーメンに変更」8時頃汁なし台湾ラーメン完食。
キリン「澄みきり」6缶パックを飲みながら、ちょっと物足りないなと、上記メニューを考案。

材料によるので、レシピは書けませんが、麺のゆで時間が6分と書いてあったら、豚角切り(シチュー用)水から8分、麺5分、キャベツ3分、もやし1分半ぐらいの感じで逆算し入れていったらいいと思います。


・・・・・考え事の中身は、無償の愛について(;^ω^A

そろそろうめの事を考えなさいよと、言われそうですが・・・・・・・・・



2008年7月記す

前にあなた、(見返りを求めない愛なんて、存在しない)みたいなこと言ってたよね」(出口のない迷路の話参照)

「うん」

「わたしは違うと思う。だって、愛してる人には、何でもしてあげたいって思うもん。その人が喜んでくれるだけで、嬉しくなっちゃう」

「それこそが見返りなんだよ」

「なんで?」



「喜んでもらえて(嬉しい)、(愛してる)悦びを感じてる状態のときって脳内麻薬が盛んに分泌されてるんだ。もっと人を愛したいっていう時は、脳が快感を求めてる状態だと思う」

「それが見返りなの?」

「そう。脳が常に、快楽を欲しがってる」



「快楽好きで悪かったわね」


「そんな下ネタにすぐに取らないでよ」

「・・・・」



「そのときに味わったシアワセな気持ちを、また感じたいって脳が要求してる時、人は無償の愛に走る。それが期待できなくなったとき、愛は終わる」

「すぐに終わることばっかり考えるんだから」

「永遠の愛なんて、信じない。でも最近は、愛には大きさとか、深さがある気がしてきた」



「それは、あるでしょう」


「虐待されて育った子供は、脳の偏桃体が過敏になってて、すぐに人の顔色を伺うようになる。いつ怒られるかとビクビクしているんだ。
愛し、愛されて過ごしてきた人は、おそらく偏桃体が大きいような気がするよ。タクシーの運転手の勤続年数によって、記憶をつかさどる海馬の大きさが、正比例して大きくなっていくみたいに」



「それを調べて、愛の大きさを測ろうなんて思ってるの?」


「ウチの子供なんかは、もちろん虐待なんてされてないけど、きっと愛情に飢えて、しかもそれに慣れてしまっているんだ。でもたくさんの愛情に満たされたら、人のこともっと愛せるようになると思う」



「あなたの子供がそんなに病んでるように思えないけど?」


「まぁ、ものの例えだよ。次に、深さについてだけど、」



「すぐにそうやって、物事を分類分けして、まとめだすんだから。『ダイスキだよ』って、抱きしめてもらってたら、それで充分なの!!」


「はい・・・」




参照(2008年1月記す)

平井堅作詞作曲 Life is

自分を強く見せたり
自分を巧く見せたり
どうして僕らはこんなに
息苦しい生き方選ぶの?

目深にかぶった帽子を
今日は外してみようよ
少し乱れたその髪も
かわいくて僕は好きだよ

風におどる枯葉 濡れた芝生のにおい 君と寝転んで見上げた何もない空

答えなど どこにもない 誰も教えてくれない
でも君をおもうと この胸は 何かを叫んでる

それだけは真実(後略)




「世間では、『無償の愛』が存在するように言われているよね?」

「無償って事は、『見返りを期待しない』ことでしょ?けっこうあるんじゃない?そういうのって」

「仮に見返りを期待しない、真の愛情、ってものが存在するとして、<裏切られてもいいから、愛する>人の気持ちわかる?」

「親子の間では、そういうのありそうだし、思い込んだら、そうなるんじゃない?」

「一方的な、思い込みが愛ならいいけどね」

「まぁ、そういう姿って、美しくはないかもね」

「単純に、一方的に与え続ける行為だけを切り取ってみたときには、奉仕とも呼べないよね。エゴというより、作業だよ」

「無償の労働がないように、無償作業も、自己満足かも。誰かの評価を期待してるのかもしれないね」

「だから、愛は、対等で、見返りを求めあうのが、『愛』だとおもうんだ。」

「たしかに、男女で例えると、裏切られても、蹴飛ばされても、相手の心が離れても、愛してるなんて、逆に恥ずかしい人かも」

「うん、一方通行は、<信じてる>を通り越して、脅迫みたいなものだよね。大体、向こうから愛されてると思われて、成立するものでしょう」

「でも、行き場のない『愛』は、どこへ行っちゃうんだろう?」

「出口のない迷路みたいな事言うね。・・・・。自己愛か、涙に代わるんじゃない?」

「さすがにそれは、引くかも・・・」

「もし神様からの真の絶対的な愛を受けたとしても、裏切る人がいるかも知れないし、そのかわりに神様が、罰を与えるとしたら、<無償の愛>なんてないことが証明できるんだけどね」

「うーん、何らかの罰があるのかもしれない気がしてきたけど、やっぱりかなり引くわ・・・」





太宰治 「パンドラの箱」より

献身とは、ただ、やたらに絶望的な感傷でわが身を殺す事では決してな

い。大違いである。献身とは、わが身を、最も華やかに永遠に生かす事

である。人間は、この純粋の献身に依ってのみ不滅である。しかし献身

には、何の身支度も要らない。今日ただいま、このままの姿で、一切を

捧げたてまつるべきである。鍬とるものは、鍬とった野良姿のままで、

献身すべきだ。(中略)

この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞

いたほうがいい。蔓は答えるだろう。

「私はなんも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るようです。」



5年経っても、同じような事ばっかりいってますね・・・・



ただ、今になって少し考えが変わってきています。


無償の愛は存在すると。



ただ純粋に信じて、待ち続ける。


親子でも、そうじゃなくても。


ただ好きだから。


そして、(愛とは何か)とか、(裏切りとは何か)なんて、定義付け自体が、あんまり意味のないことかもしれません。



「答えもないような事ばっかり考えてて、一体何になるん?」


先日の、「求道すでに道である」ではないですが、

答えも理由も、行き先も、なくてもいいんじゃないかと。


今、はっきりと言える事。



答えも、行き先も、ありません。

ただずっと、冷蔵庫にキャベツがあったから。